第22話 アシュレイ視点
オレはアシュレイ。ここアミエル領シュタンの街にある教会に暮らしている。
元々オレは、隣の領地に住んでいた。いや、浮浪児というやつだったから住んでたって言うのか?
ともかく。オレは物心ついた時から親というものはいなかった。オレを育ててくれたのは同じスラムに暮らす兄ちゃん姉ちゃんだった。
親に捨てられたヤツ、親が死んで行き場が無くなったヤツ。売られそうになって逃げてきたヤツとか、みんな事情は色々だった。大人もいたが、大体酒を呑んで寝てるだけだ。今にして思えば、どっから酒持ってきてたんだ?
オレ達は力を合わせて生きていた。
デカいヤツらは日雇いの仕事をしたり、オレみたいなガキはゴミを漁って使えそうなもんや食いもんを探す。
だが仕事はいつももらえるもんじゃないし、ゴミだって収穫がない事が多い。そういう時には大体盗みをしていた。
まあいつも捕まってボコボコにされるんだが…。まだ傷跡は残ってる。すげー痛かったし苦しかった。でもオレよりチビだっているんだ、やめる訳にはいかない。
そんなスラムにはたまに、やたら身なりのいいヤツが来る。そういう場合、見た目が良いやつを選んで無理やり連れて行く。
中には「美味しいお菓子あげるよ」と言われて自分からついていくヤツもいたが。
美味しいお菓子…だと!?実を言うとオレも、釣られそうになった事がある。
だが兄ちゃんが「絶対駄目だ!ついて行ったら奴隷商に売られるぞ!!」と言って止めてくれた。女の場合は娼館、という場所に売られるらしい。
当時オレにはよく分からなかったが…兄ちゃん達がオレ達を守ろうとしてくれているのは分かった。だから美味しいお菓子は泣く泣く諦めた。
姉ちゃんが言うには、オレは整った顔をしているらしい。カガミなんて見た事ないから、自分の顔なんて分からん。でもまあオレはいつも傷だらけの顔してるからか、あまり相手にされないんだけどな。
身なりが良くて偉そうなヤツは貴族で、オレらみたいなのを人間と思ってないとか。この辺りの治安が悪いのは、領主がクソで税金がアホみたいに高いせいだとか。
いまいち理解できなかったが、とにかくそういう奴を見かけたら逃げるようにと散々注意された。
そんなある時。いつもと変わらないはずのオレ達の日常は、一瞬にして崩れ去る。
「ここか。汚いし匂う。このような場所に住む者などいるのか。」
「はい、旦那様。家の無い者達が生活しております。」
その日やってきた大人は、いつもより綺麗な服を着ていた。だがその身体は醜く膨らみ、ガマガエルのようなヤツだった。その隣のヤツは若くて黒い番犬みたいだ。
そんな対照的な2人組にみんな興味津々だったので、隠れて見ていた。
「ふん…国から指摘されなければ私自らこのような掃き溜めに足を運ぶ必要などなかったものを。
使えそうな子供などは捕まえて売っておけ。その他は…全て始末しろ。その為に傭兵なんぞを雇ったのだからな。
私は屋敷に戻る。げほ…ここは空気が悪すぎる。私の領地にこのような場所は必要ない。今後この土地は立ち入り禁止とする。」
「…畏まりました。」
「…マズい!」
ガマガエルが帰った後、厳つくて武器を持った男達が何人か現れた。そして一緒に様子を見ていた兄ちゃんが、小声で言った。
「全員逃げろ!このままじゃ売られるか殺されるかだ。別の領地に逃げるんだ!
チビ、一緒にこい。ここはもう駄目だ!」
「え、え?」
兄ちゃんの言葉に、みんなが走り出す。オレには何がなんだかさっぱりわからなかった。
なんで、ここを出る?じゃあオレはどこに行けばいい?
「リーダー、どこかで落ち合おうか?」
「そうだな、じゃあ——…!逃げろ!!!」
「え?きゃああっ!!」
姉ちゃんの腕を、大男が掴んだ。よく分からないが、あの男は敵だ!!
「アニキー。早速捕まえたぜ。こっちガキ共がわんさかいるぞ。」
「あ?とりあえず全員縛っとけ。選別は後でする。」
「あいよー。」
アニキとかいう、スキンヘッドで無精髭の男が来た。なんで!?なんでオレ達の日常を壊す!?その汚ねえ手を離せ!!!
「姉ちゃんから離れろっっ!!」
「だめっ!リーダー、早く逃げて!」
「…っ!行くぞ!チビ!!」
「!!?姉ちゃん!姉ちゃん!!」
オレは大男に掴みかかろうとしたが、兄ちゃんに止められてしまった。そのままオレ達は路地を走り出す。
「兄ちゃんなんで止めんだ!姉ちゃん捕まっちまったぞ!?このままじゃショーカンとかいう場所に売られちまうんだろ!!?」
「……っ今は逃げろ!お前はステータスが高い。絶対逃げられる!!」
オレのステータスは、みんなに比べて高いようだ。魔力と知力はやや低めらしいが…。
だけど、逃げるならみんな一緒がいい。オレだけ逃げてなんになる!?
逃げてる途中で、何人も捕まってるのを見た。しかもいつも酔いどれてたオッサン…なんで血塗れになって倒れてるんだ…?
少しずつ、人数が減っていく。
今はもう、オレと兄ちゃんしかいない。
「!!やべえ!チビ!走れ!!」
「へ」
突然兄ちゃんに塀の向こうに投げられた。チラッと見えたあれは…番犬っぽかったヤツ!
「兄ちゃん!兄ちゃん!!」
くっそ!この塀、自力じゃ登れねえ!いつの間にかオレは、1人になっていた。
「逃げろチビ!!」
「にいちゃん…!」
塀を叩いてもびくともしない。向こう側で何か話し声が聞こえたが…それもついに聞こえなくなった。
オレは、涙をボロボロ流しながら仲間を呼んだ。
「にいちゃあああん!ねえちゃあん!!ガリ!ハゲ、ほっぺ、タコ…みんな…。」
オレ達は名前が無いヤツばっかりだ。だけど、名前は付けずに特徴などで呼び合った。
兄ちゃんは、名前を付けるのはここを出る時だって言ってたんだ…。
どれぐらい、そこにいたんだろうか。
ここにいたらすぐ捕まると思っていた。だから動かないで、じっとしていたのに。
1人は嫌だ。みんなと一緒にいたい…例えドレイになっても…。
逃げ始めた頃は昼だったのに、もう周囲は暗い。いつもだったら、そろそろみんなでくっついて眠る頃。
でももう誰もいない。
「……行こう…。」
兄ちゃんも姉ちゃんも、何度もオレに逃げろって言ってた。
だからオレは、逃げないと…ひとりぼっちは嫌だけど…他にも逃げ延びたヤツがいるかもしれない。
オレはその日、夜通し歩き続けた。
どこに向かえばいいのかなんて見当もつかないけど、とにかく足を動かし続けた。
そしていつの間にか夜が明け、オレはどこかの街にいた。…なんかみんなオレを見てヒソヒソ話してる?
ふと周囲を見渡すと、オレがいた町よりキレイだな…。ゴミは少ないし、みんな笑顔だ。
なんだかオレは、自分が惨めに思えてきた…。ボロボロの服を着てガリガリで、全身も傷跡だらけ…ボサボサの頭に薄汚れた身体。それに多分臭い。あの町じゃあどこにでもいるガキだった。
「ねえそこのキミ…って待って!」
突然ふくよかなおばちゃんに話しかけられて、思わず逃げた。また殴られると思って…。
しばらく人目を避けて歩いていたら、いい匂いがしてきた。…あの店かな?
いつもだったら迷わず盗もうとしていた。でもなんだか…ダメな気がする。しかし最終的にオレは空腹に勝てず、そろりと店に近付いた。
「ん?…あっ坊主!」
見つかった!!
に、に、逃げなきゃ!どっちに!?
「待て待て、お前さんそのナリは…おわっ!」
!思わず突き飛ばしてしまった!なっなんで抵抗しないんだこのおっさん!?
どうしようどうしようどうしよう!!逃げなきゃ、いやおっさん血ぃ出てる…!
あの酔いどれのオッサンみたいに、動かなくなったらどうしよう…!?ええっとえっと!
あ
「た、助けて!」
「んん?あらまあアンタ!どうしたんだい!?」
オレは隣の店のおばさんに助けを求める事にした。捕まるだろうけど、この際どうでもいい!殴られるのには慣れてるし!
そんでもってその後オレは警備隊のおっさん達に捕まった。あん時はまあ、人生終わったと本気で思ったなあ…。
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