第4話 さあ、初舞台よ!

 リンドブロム闘技場。古くはリンドブロム聖女騎士団の選定のため、騎士や魔導士がしのぎを削っていた場所。

 今でも大公家を楽しませるために、ときおり模擬戦闘が行われるらしい。


 小学校の校庭ぐらいの円形グランドとすり鉢状の観客席。円形グランドの周囲には魔道具が埋め込まれており、不測の事態に備えてシールドが起動している。半球状の透明なドームが覆っていて、南中高度の観測者になった気分。小学校の理科の授業を思い出すわ……。


 って、こういうどうでもいいことはちょこちょこ思い出すのに、肝心の『リンドブロムの聖女』のことはおろか自分自身のことは殆ど思い出せないのよね。

 『知識』は思い出すけど『経験』が全く出てこない、という感じかしら。

 まぁ、困ることもないので別にいいんだけど。


 闘技者が登場する出入口は北と南にあり、東には大公一家が座るロイヤル席がある。謁見の間と同じように大公、大公妃、ディオン様、シャルル様と並んでいた。

 大公家の方々から少し離れた右手には、上流貴族八家の当主がずらりと顔を揃えている。

 ガンディス子爵、プリメイル侯爵、アルバード侯爵。そこから少し離れてヘイマー伯爵を始めとする伯爵家の方々。


 お兄様は相変わらずムスッとしてるわね。大丈夫、もう慣れたから怒ってるとは思ってないわ。私がヘマをしないかと心配しているのよね。

 若き当主、プリメイル侯爵はニコニコなさっている。エネルギッシュなザイラ様の弟とは思えないほど穏やかな方。私にも優しく挨拶してくださった。

 アルバート侯爵は「若い頃めちゃくちゃモテただろうなー」という感じの、いわゆるイケオジ。ニヒルな笑みを浮かべてらっしゃる。


 ヘイマー伯爵は鬼みたいな顔をしているわね。確かディオン様の婚約者になる順番、本来はこの家だったのよね。申し訳ないとは思うけど、大公殿下の命令なんだし仕方ないじゃない。私を恨むのはお門違いだと思うわ。


 他の四人の伯爵家の当主は驚いたような表情で私を見ている。

 やだ、私があまりにも美しかったから?

 ……なーんてね、冗談です。この格好のことでしょ?


「マリアンセイユ公爵令嬢。お召し替えの時間は十分にあったと思うのですが」


 案の定、ディオン様が「やれやれこのお嬢さんは」というような目で私を見ている。世間知らずが場違いな格好で闘技場に現れたな、と思っているのだろう。


「ええ。ですがまずはこの衣装でやらせて頂きますわ」

「……そうですか。で、そちらの方々は?」


 これ以上言っても仕方がないと思ったのかさらっと流され、またもや胡散臭そうな目で私の後ろにいるヘレンとアイーダ女史に視線を移した。

 まぁ、それも無理はないわね。アイーダ女史はヴァイオリンを持っているし、ヘレンはというと食事を乗せるようなワゴンをガラガラと押して現れたのだから。


「魔精医師のアイーダ女史と、メイドのヘレンです」

「確かに万が一のことを考え医師の付き添いは認めていました。……が、なぜメイドを?」


 ドレスを着替えるためにはメイドが当然必要だから、ヘレンが付き添う許可は貰っていた。

 でも、通常は控室まで。それが闘技場にまで一緒に付いてきたのが不思議だったのだろう。


「わたくしは模精魔導士ゆえ少々小道具が必要になります。ですから補佐をお願いしましたの」

「ヴァイオリンは?」

「それも必要なのです。大丈夫です、魔法を披露するのはわたくし一人ですから」


 布がかけられたワゴンを手で指し示し、お辞儀をする。

 ディオン様はあからさまに訝しげな顔をしていたが、隣のシャルル様が 


「まぁ、いいんじゃね……ですか? 面白いものが見れそうですし」


と、明らかに馬鹿にしたような口調でまたもや私をジロジロと見た。

 今、言い直したでしょ。大公子なら礼儀作法を勉強してきなさい。


「ありがとうございます」


 シャルル様に向かって会釈をすると、彼は「フン」と鼻で笑った。それに伴い、彼を取りまく魔精力がぐにゃりと揺れる。

 随分、自分の力に自信があるようだ。これじゃディオン様が気の毒ね。

 あと、どうやら私もナメられているわね。私から魔精力が全く感じられないものだから。


 スコルが言っていたわね。強い魔物ほど魔精力オーラを上手に隠せる、と。

 それは魔導士も同じじゃない? 自分の魔精力をきちんと体内に収めることが、制御できてるってことに繋がるんじゃないの?

 だてに二年間、籠ってた訳じゃないのよ。私の実力、嫌ってほど見せつけてやるんだから!



   * * *



 観客席に会釈をし、くるりと後ろを向く。扇を一度ドレスの腰布の下にしまい、ヘレンから五本の木を「大」の字に組んだ道具を受け取る。

 一本の長さは50㎝ぐらい、だから目の前に持ってくると1mぐらいの大きさ。元に向き直ると、木の大の字の向こうに呆気にとられたような大公家・上流貴族の方々の顔が見える。


 視線をアイーダ女史に投げかけ、頷く。

 アイーダ女史はすっとヴァイオリンを構えると、一瞬だけ目を閉じ、すぐにカッと見開いた。

 なお、ヴァイオリンは貴族令嬢の嗜みだそうです。そして、アイーダ女史の数ある特技の一つだそう。私は早々に諦めちゃったけど。


 ヴァイオリンが、優雅な円舞曲ワルツを奏で始める。舞踏会でもよく使われる、リンドブロムの貴族なら誰でも知っている名曲。

 それに合わせ、木の枠組みを両手で持ちながらステップを踏む。


『万物のー、肉体のみなーもとー♪』


 曲に合わせ、呪文を唱える。楽器はダメだったけど、歌声は綺麗だと褒めてもらえた。自信を持って堂々と歌う。

 まずは完全詠唱。しっかりとコントロールして、響かせたいところ。


『どこまでーも強ーくー……どこまでーも育むー、大地のー、めーぐみー……。その導きたるーはー、高潔ーなるー女神の足おーとー……。たゆたうー魔の精なーる力よ、盟約の言の葉によりー………我の下に、現れーよ、我に集いてー……力となれー! “シィ=ディカ=トォプ=ヒィア!”』


 手にしていた大の字の器具が土に覆われる。両手を大の字の左右部分に置き換え、さらに土を纏わせていく。

 やがてそれは、1.2mほどの土の人形に。相手に見立て、軽やかにダンスを踊る。

 1・2・3、1・2・3。あくまで美しく、あくまで優雅に。ドレスの裾を翻し、白いレースを揺らめかせて。


 ゼロから土の魔法で何かを造形するのは難しいし、美術的センスが要る。だけどこうして木の枠組みを用意してコアにすれば、そこまで集中しなくても形を作ることができる。しかもこうしてダンスを踊っていれば、いやでも相手は人形に見える。


 やがて曲はゆっくりと速度を落としていく。しっとりとした曲調になり、土の人形がホロホロと崩れていった。合わせて、私の表情もどこか寂し気に。

 魔法の力で木の枠組みに引っ付いていただけだから、引っ込めればただの土に戻り形が無くなっていく。それを自分の周囲に振りまくだけ。


 闘技場の地面に、私が出した土によって新たに円形が描かれた。私を中心として、直径二メートルほど。

 木からすべての土が落ちたところで、枠組みを後に放り投げる。すかさず扇を取り出して右手を水平に伸ばした。左手も伸ばし、そのままその場でくるくると独楽のように回ることで、辺りに小さな風が巻き起こる。


 アイーダ女史のヴァイオリンが前奏曲プレリュードを奏で始めた。


『万物の精神の源……我に集いて力となれ! “フィソ=デ=ソゥナ=ディモ!”』


 今度は簡易詠唱。土でできた環にそって風が生まれ、上空に昇り始める。私を中心とした、小さな竜巻に。そして土が舞い上がり、砂嵐となって私の姿が周りから見えなくなる。

 これは一種の目隠し。ここからは生着替えを敢行です!


 ……とは言っても、そんな艶めかしいものじゃないわよ。緑のドレスの上に羽織っていたストライプの布を取り、腰につけていたバッスルを取り外す。そして中に忍ばせていた袋を取り出すだけ。


 バッスルは本来ドレスの下に身につける型だけど、今回はヘレンにお願いして外付けにしてもらったの。もともとあった濃い緑のドレスに白に緑のストライプの布を巻き付けてレースで縁取り、ギャザーもふんだんに入れて豪華さをアップ。そして同じ生地で外付けバッスルを作り、その内側にはヒップラインを美しく見せるために布や綿を詰め込みます。


 でもそれは、謁見の間での挨拶が終わるまで。控室でその中身をこの魔法実技に使う小道具の袋に入れ替えてもらってたの。羽織っていた布と外付けバッスルも取り外しやすくしてもらってね。


 なお、この緑のドレスにも仕掛けがあります。一見するとシンプルなAラインドレスですが、実は内側はワイド幅のズボンになっているの。表は一枚布で隠してあるから分からないけど、これでどれだけ動いてもめくれて足が見えることはないし、自由に動くことができる。


 あとは腰の左右にポケットを作ってもらって物を入れられるようになってるの。さっき扇を仕舞ってあった場所もここね。ドレスってハンカチを入れるポケットも無いから本当に不便だなあって前から思ってたのよ。

 これらの仕掛けを、ヘレンは一週間で仕上げてくれました。もう本当に感謝!


 バッスルの中に忍ばせてあった袋の中身は、金木犀の花びらを詰めた袋と紙の扇が一本、魔燈マチン、小瓶に入った水。魔燈と小瓶はポケットに仕舞い、紙の扇の柄で風の魔法陣を描く。今はさっき詠唱した風の魔法が効果を発揮しているから、私の場合はこれを引っ込めないと魔法陣は起動しない。その時間差を利用した仕掛け。


「……よし!」


 布の扇を右手に、紙の扇を左手に持つ。砂嵐のスクリーンとなっていた竜巻を消し、直後に魔法陣を完成させて術を発動。


「おおおおっ!」

「あ、ドレスが!!」

「いったいどうなってるんだ?」


 視界が開けて、大公殿下が子供のように目をキラキラさせているのが見えた。嬉しくなって、思わず笑みがこぼれる。

 反応は上々ね。大公妃や大公子たち、貴族の方々も一体何が起こってるんだ、というような顔をしているのが分かる。

 

 目の前の小型の風の魔法陣から再び小さい上昇気流が発生。隠し持っていた金木犀の花びらを散らせると、風に乗ってふわふわと宙に舞い上がる。爽やかな香りが闘技場を満たし、それが観客席にも届く。


 実はそのうちの一部の花は、糸で結んで左手の紙の扇に繋がっている。全部で5本、魔法陣からの風に煽られて上にまっすぐに伸びている。

 観客が金木犀の花びらに気を取られている間に、脱いだ布とバッスルを後ろに蹴り出す。


 基本的に後ろに投げたり蹴ったりしたものはヘレンが回収してさっとワゴンに片付けてくれるというシステムになっています。

 ヘレン、黒子の役割までしてくれて本当にありがとう!


 右手の布の扇で仰ぎながら風を操り、その身に纏わせる。ヴァイオリンの曲は三拍子のメヌエットに変わっていた。曲に合わせ再び金木犀の妖精になったつもりで軽やかに踊る。


 いつの間にか、観客席の大人たちがリズムを取っているのが分かった。

 ノッてきたようね。 ショーとしてはいい感じだわ。

 さあ、この勢いで次に行くわよ!

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