第6話 オニーサマってどんな人?
エリック・フォンティーヌ公爵の長男、ガンディス・フォンティーヌ。
フォンティーヌ公爵領の一部にギルマン子爵領があり、その領主となっている。本当はギルマン子爵と呼ぶのが正しいのだろうけど、フォンティーヌ公爵の嫡子なのでギルマンの名は使われず、名前からそのままガンディス子爵と呼ばれているそうだ。
人任せにしがちな上流貴族の中では珍しく自ら経営管理に携わっている他、ワイズ王国との取引も頻繁に行っているらしい。なかなかアクティブなオニーサマだ。
さて、そんなオニーサマからの手紙とは?
『三日後の午後、そちらに行く。そのつもりで用意するように。なお、父上には伏せること』
何だ、コレ。
こっちの都合も聞かずに用件のみ。さすがにぶっきらぼう過ぎない?
「すっごい命令口調ね」
「わたくし宛てですからね」
「それでも失礼すぎるわよ」
何だかアイーダ女史が軽く見られてる感じがして、ちょっとムカツクわー。
それとも私自身が軽く見られてるのかな?
むう、と口を尖らせていると、アイーダ女史がふっと目元を緩ませ、この手紙が来た経緯を教えてくれた。
三カ月前に旧フォンティーヌ邸で執事長に会ったとき、私なりに上手く立ち回れた、とは思っていた。
だけどそれは、私の予想以上だったようだ。執事長はなかなか素晴らしい報告を公爵にしてくれたらしい。
やったね。何となく気持ちが通じた、とは思ってたのよ。
で、そのときにその報告を一緒に聞いていたオニーサマが非常に乗り気になり、
「それだけ成長したんなら本邸に戻して役立ってもらった方がいいのでは?」
と主張したそう。
だけど、公爵は
「とにかくあの領地内に閉じ込めておけ」
と頑なに首を縦に振らなかった、とのことだ。
あの古いお屋敷に入ることはどれだけでも認めてやるから、そこでおとなしくしておけ。とにかく決められた領域から外に出るな、と。
「まだ本邸には戻りたくないよ」
引っ込んどけ、的なコメントは非常に腹ただしい。だけど、まだあのお屋敷の探検をしていないことの方が重要だ。
何か起こりそうな場所を放置してイベントを進めると、後で泣きを見るんだからね。二度と行けなかったりするし。
そう思いながらはっきりと否定の意思を表すと、アイーダ女史も「そうですね」と頷き、溜息をついた。
「それについては時期尚早とわたくしも考えておりますが、とにかくガンディス子爵が一度自分の目でマリアンセイユ様を見たい、と」
「会いたいって言わないとこがミソだね」
大公と繋ぐための道具、ぐらいにしか思ってないんだろうなあ。
だけど分かりやすい分、扱いやすいかも。
「だけど私が使える、と思えば協力してくれそう」
「まぁ……そういうことになりますね」
「父上に伏せて、とあるし。上手くいけば公爵に頼みづらいことをお兄様に頼めるかもしれないわね」
ガンディス子爵にとって『役立つ』とはどういうことか。そこから考えれば、この兄貴を上手く引き込めるかもしれない。
今後のことを考えれば、これは重要なミッションになるわね。
* * *
「……という訳だから、ガンディス子爵について教えてくれる?」
例によってアイーダ女史もヘレンもいない頃を見計らってやってきたセルフィスに、真っ向から聞いてみる。
「下着からとんでもない方向に話が行ったものですね」
「ちょっと、バカにしてる? 本当に大変なのよ、こっちは!」
ガッと両手で自分のおっぱいを持ち上げて谷間を見せつけると、セルフィスは照れもせず半目で私を見返した。
「動機はアレですが、まぁまぁいい嗅覚をしています」
「……全然動じないから、ツマンない」
パッと両手を離して口を尖らせる。
一年経ったけど、セルフィスはいつも一段高いところにいて、私を見下ろしている感じ。
照れたり焦ったり、そういう慌てた感じのところを見たことがない。それは何かムカつくのよね。
私のことを何だと思ってるんだろう。
「ちゃんと、私が女に見えてる?」
「勿論ですよ」
「本当かなあ。いつまでも小さいマリアンセイユじゃないのよ?」
「…………ええ」
しばらく間を置いたあと、口の端を上げ、意外なほど爽やかな笑顔を見せる。
「あなたはマユで、わたしの主ではありません」
「それは何回も聞いた。じゃあ、何よ?」
「マユは――マユですよ」
何じゃそりゃ。
どうやらまともな返答は聞けそうにないので、私は諦めて話題を元に戻すことにした。
「で、ガンディス子爵ってどんな人?」
「なかなか優れた剣士でいらっしゃいます。創精魔法の使い手でもありますが、自分の傷を癒すのみですね。魔物討伐ではむしろ大剣を振るった武勇談の方をよく耳にします」
「ふうん……」
「性格は、豪快で短気。まぁこれは、幼少時に母を失った憤りをすべてマリアンセイユ様にぶつけた短絡さにも表れているとは思いますが。内気なマリアンセイユ様がビクビクする様を見て、苛ついていたご様子でした」
「年の離れた妹に冷たいわね、オニーサマは」
「即断即決。領地経営でも自ら采配を振るうカリスマ領主――というのは表向き」
「えっ」
急にセルフィスの声色が変わる。思わずグイッと身を乗り出すと、セルフィスはその金色の目を細め、ニヤリと笑った。
「経営については奥方に投げっぱなしという噂ですね」
「奥方……」
「ザイラ様というお名前のプリメイル侯爵家の令嬢で、ガンディス子爵の四つ上の幼馴染です。ガンディス子爵はこの奥方に頭が上がらないとか」
「へぇ……」
姉さん女房なんだ。ヤリ手の女社長って感じなのかな、ザイラ様は。
「じゃあ、完全に尻に敷かれてるの?」
「ええ、実は。ザイラ様のすごいところは、それを表には一切出さない、ということですね。すべてはガンディス子爵の思う通りにしたまで、ときちんと子爵を立ててらっしゃる」
「ふうん……できた奥さんなんだ」
「幼少からお互いを知っている、気心も知れている仲ですしね。婚約はお互いが幼いうちに決まったそうですが、ガンディス子爵がザイラ様がいい、と駄々をこねたからと聞いています」
「へぇ……」
「やはりお血筋でしょうか」
平民のオルヴィア様でなければ嫌だと言った公爵と同じように、か。要するに、ベタ惚れってやつなんだね。
こういうのを聞くと、ちょっと可愛いとか思っちゃうよね。
外ではエラそうに肩で風を切って歩いているのに、奥さんの前ではデレデレしてるとか。
ぶふふ、と忍び笑いをしていると、セルフィスが
「ただし、ガンディス子爵の武勲は本物ですよ」
と眉間に皺を寄せた。
まるでナメたらアカン、と注意された感じだ。
「最近ですと、ギルマン領に増えた鹿を討伐するのに自ら腕を振るっていたと聞きました」
「鹿?」
「増えすぎると草木を食べ散らかしてハゲ山にしてしまうんですよ。適宜、数を減らさないと」
「へぇ……領主ってそんなことまでするの?」
「しませんね。ガンディス子爵ぐらいでしょう。ですが民には人気ですよ。命令するだけでなく、領主自らが民の生活を守るために体を張っているのですから」
ふうん、オニーサマはなかなか熱い人なのね。
で、そんなオニーサマが外で心置きなく暴れられるよう、しっかり家を守ってるのがザイラ様、と。
「ですからそちらの方面で褒めてあげることがコツかもしれませんね」
「なるほどね」
大剣しょった豪快なオニーサマか。鉄巨人みたいな感じかなあ。
何となく、悪い人ではないような気がする。
だってさ、プライドばかり高くて自分の欠点をなかなか認められない人って、いるよね。
でもそうじゃなくて、自分の得意なことと苦手なこと、ちゃんと分かってるっていうんなら。
ザイラ様あっての自分というのを認めて、仲良くやってるっていうんなら。
それはそうと、ちょっと気になったので
「……セルフィスも褒めてほしい?」
と聞いてみる。
セルフィスは
「いえ、全然」
と即答し、
「マユはマユらしく振舞っているのが一番です」
とまたもや謎の返答しか寄越さなかった。
……これは多分、褒めてはいないよねぇ。
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