2話その7

とある異世界でこんな伝説がある。


攻撃を相手にも移す呪われた女がいると。


彼女は確かに存在し、その力で異世界を思うがままに生きてきた。


そんな彼女の力を利用しようとした者も沢山いたが、彼女の性格を良く思わず挫折する者が多かった。


しかしある日を境に二人の王子と共に彼女は行方不明になってしまった。


最初は異世界中が混乱した。ほとんど無敵の彼女が殺されるのは有り得ない事であり、何者かが道連れ覚悟で殺したとか、毒殺とか色んな噂が流れた。


次第に彼女の話題は少なくなっていき、とうとうそんな強力な力を持った者は架空の存在ではないのかと思う人が沢山現れた。


こうしてどんな小さな悪も許さない異世界転生者アリスこと宮田桃香みやたももかは異世界にすら否定され、一切の形跡を残さず人々の記憶からも消えていった。





「いや〜やっぱりみんながいないとマジで俺無能だわ〜」


士は嬉しそうに自虐していた。


「自覚あるならもっと勉強しなさい、能力の応用力に関してはあんたがこの中で一番なんだから」


「俺や副山は単純な能力だからな、戦いの幅が広い榴咲は凄いよ」


彼の自虐ネタに彩愛と宙は頷いていた。


異世界犯罪対策課の三人は女子高生殺人事件から数日後、ファミリーレストランに行っていた。


宙はハンバーグを食べ、彩愛はサラダを食べているが、士はドリンクバーで色々な種類の飲み物を満喫していた。


士曰く、ラーメンのように手間がかかる料理以外は大抵作れるので、外食で極力食事をするのがもったいないと思っている社交性皆無人間だ。


「そういえば士、あんた店長の前で馬使ったんだって?」


「しょうがないだろ、余裕あったし間に合ったからよかったけど、急がないとヤバかったんだって」


急いでいたとはいえ、お馬さんを店長に見せてしまった事を士は思い出した。


「ギリシャ神話の海神ポセイドンが創った世界で初めての馬の死体か…俺もバイク買おうかな」


「何故そんなもの持ってるかは理解できるけど、馬の死体がバイクにはならないでしょ」


宙の言うように士の乗る白いバイクはポセイドンがデメテルに送った元初の馬の死体を改造したものであるが、彩愛の言うとりバイクにはならないと思うが。なってるけど。


「それにしても異世界党の事もあるのに、あの転生者いじめ報復なんてしやがって、三人も犠牲を出しちまった」


面倒くさそうに言うが、士の表情は後悔の念に駆られていた。


「でも異世界麻薬の中毒者の対処をしている時に来られていたら、もっと面倒な事になっていたわよ」


「そうだけど、どんなクズでも人間なら守るって決めたのなら、出来るだけ犠牲を出したくないんだよ。まあ所詮は理想だけどな」


彩愛の言葉に痛い所を突かれてしまい、士はため息を吐きながら落ち込んだ。


「解決とは事件が発生しなければ起きない現象だ。俺達は必ず後手になってしまうが、ベストを尽くしている筈だ」


「切矢さん…ブロッコリー残すんすね…」


「俺はブロッコリーは苦手なだけで残したわけじゃない」


宙の言葉で立ち直ってきたのか、士は微笑みながら冗談を言った。


宙はブロッコリーを食べた瞬間、ほとんど表情が変わらない宙の顔が何処か嫌そうに見えた。


「とにかく、異世界麻薬による暴走で被害が出るより前に先に始末できるように、社長達には頑張ってもらわないといけないよな」


「今の私達に出来ることは何もなさそうだし、しばらくはのんびりできそうね」


「だが転生者や麻薬による暴徒がいつ出るかはわからない、油断しすぎるなよ」


「それは勿の論っすよ」


「手伝いはするけど、私はなるべく戦わないから、男達はキビキビ働いてよね」


三人は決意を固め飲食を終えると会計を済ましに行った。





「もしもし和也かずや、お前の親分の次郎(じろう)だよ」


桐谷きりたに先輩、いくら異世界人の情報隠蔽とはいえこちらも限界はありますからね」


「大丈夫大丈夫、町全域をネットワークで監視している俺と市長の和也がいれば、中世市なかよしでできない事は何もない」


エデンコーポレーション最上階でフランクに電話で話すダンディな男こそ、エデンコーポレーションの社長、桐谷次郎きりたにじろうだ。


ちなみに彼の電話相手は中世市の市長、藤田和也(ふじたかずや)である。


「そんで、メシアに頻繁に通ってた奴らの個人情報なんだが」


「顔写真だけでかなり苦労はしましたが、先輩が目星をつけた十人全員特定しましたよ」


「ナイスナイス、さすが俺の子分」


「そういう関係は学生までって正志まさしさんと決めたじゃないですか…」


正志という言葉を聞くと、次郎は何処か寂しそうな表情になった。


「あいつのことを信じていれば、今頃こんな事にはならなかったんだがな」


「先輩は悪くないですよ。日本が戦争するかもしれないなんて誰であっても信じないですよ」


「だがあいつは一人でも国を守ろうと一人で戦った!そんなあいつを親友である俺は見殺しにしたんだぞ!」


「自分を責めないでください!悪くのは全て…異世界党の連中なんですから…!」


次郎と和也、二人の声色には怒りがこもっていた。


「はぁ、はぁ、すまん取り乱した。いつもながら情報協力ありがとう、明日から異世界党が捨てた者をこちらで対処していく、和也は隠蔽工作を頼む」


「了解しました。ではまた」


次郎は電話を切ると深くため息をついた。


「次郎、もしこんな平和な時代で戦争をしようとしている奴らがいたらどうする?」

「そうだな、俺も変な噂を信じるほどにボケて来たのかな?」

「今度大きな仕事があるんだが、失敗したら政治家生命完全に終わるわ。そん時はこの町だけでも頼む」


名前だけでも過ぎる友の声。


思い出ではなく自らの罪として声は脳内で反復する。


怒りがある、憎しみがある、しかしこの行いを復讐にしてはいけない。


友が守りたかった世界を守るため、一切の過程や道徳を消し去り、異世界党を滅ぼす。


これは友との約束であり、いい年こいたおっさんの止まった時間を動かすための戦いなのだから。






榴咲士は寝ようとしていた。


彼は寝る前には自分が描いた女性の絵が入ったファイルを枕元に置き、気分次第では全裸になる。


普通とは違う事をしているが、睡眠という行為自体にそれほどの覚悟はいらない、目を閉じて意識を失くせばベットだろうと人が話したようとどこでも眠ることは可能なのだから。


しかし士は自らのおかしな顔を見なければならない風呂よりも、睡眠の方が嫌いだった。


寝ないといけないのはわかっているので、ベットに入り目を閉じる。


今日は戦う日じゃないことを祈って。



真っ黒な世界、そこにいるのは士ただ一人、ではなく一人の女性が立っていた。


短くて柔らかいブロンドヘアーに胸以外に無駄の無い体型、そして艶容で凛々しい王子様のようなボーイッシュな容姿ではあるが、右目だけはブラックホールのように底無しの闇になっていた。


この巨乳王子様系女子が何者なのかは士自身わかっていない。


ただ彼女の姿はまるで自分の負の部分であるかのようで、士は嫌いでしょうがなかった。


「今日はこの日か…最悪だな」


「そう?僕は君の活躍をいつもどおり褒めようとしていただけなのに」


「いっつも言ってるけど、人様の夢の中に出てくるお前は一体何者なんだ?」


「その答えなら毎回言っているだろ、ただの他の世界から来た転生者だと」


「じゃあいつもどおり名前に住所、あと胸のサイズ感度その他諸々全部無理矢理言わせる」


「毎回言っているけど、人間が神に勝つなんて不可能なのさ」


「いつも通りの神様気取りか…転生者特有のイキリっぷりだな!」


士が激しい殺意を剥き出しにすると、全身がドス黒い泥に包まれ、瞬時に蝙蝠の化け物の姿になった。


「今日こそあんたの正体吐かして、俺の夢から出て行きな!」


「だから無理だって、でも子が親を超えることをエモいと言うんだよな?それはそれで面白い」


殺意を纏いながら突進してくる蝙蝠の化け物に彼女は微笑むと、彼女の全身が白い光に包まれた。


光が収まると、大きな鼻と耳にエメラルドのような緑で綺麗な目、手は人間のようだが足にはひづめのようなスパイクが付いている、動きやすそうな体型で全身真っ白な豚の特徴をとらえた化け物が姿を見せていた。


豚の化け物は殴りかかる蝙蝠の化け物の拳をいなすと、彼の腹部に強力なカウンターを入れた。


怯む蝙蝠の化け物に豚の化け物は蹴り付けたが、蝙蝠の化け物はすぐに防御体制を取った。


だが蹴りが当たった瞬間、ひづめが一メートル伸びまるで杭のように勢いよく押し出されると、蝙蝠の化け物は後方へと飛んでいった。


蝙蝠の化け物は転がりながらもすぐさま体制を立て直したが、豚の化け物の手に現れた魔法陣から大量の魔弾が機関銃のように撃ち出され、蝙蝠の化け物は全力疾走で魔弾から逃げ回りながら、豚の化け物へと近づいていった。


豚の化け物は蝙蝠の化け物との距離が二メートルほどになると、魔法陣を消しファイティングポーズをとった。


逃げ回った時の速さを加えた蝙蝠の化け物の拳を豚の化け物は避けると、彼にローキックを入れた。


それを蝙蝠の化け物が飛んで避けると、そのまま豚の化け物にドロップキックを放った。


豚の化け物は後退あとずさりはしたが倒れることなく前を向くと、蝙蝠のは豚の化け物の目の前に来ており、彼女を何度も殴りつけた。


豚の化け物は防御体制をとり、蝙蝠の化け物の拳を何度も受けた。


蝙蝠の化け物が無我夢中で殴っていると、いきなり股間に激痛が走った。


豚の化け物は蝙蝠の化け物に金的を入れ、大きな隙ができた瞬間、彼の胸に生々しい手を当てると魔法陣が現れた。


「最近の相手が格下ばかりで鈍ったね」


豚の化け物が力を込め魔法陣から出た光が蝙蝠の化け物を貫通すると、黒い体が灰のように薄れて崩れていき、榴咲士の姿に戻った。


士の左目は徐々に光を失っていき、口から血を吐きながら漆黒の空間で倒れてしまった。


「必ず生きろよ。僕は生きている君のことが大好きだからさ」


豚の化け物が優しい声を掛けたが、胸と口から出血が止まらず、大の字で倒れている士に届くことは無かった。





「はぁ…はぁ…あぁクソが!」


荒々しい息をしながら士は目を覚ますと、深夜にも関わらず苛立ちを声に出さずにおられなかった。


約五年前、初めて転生者を殺した日から定期的に金短髪巨乳ボーイッシュ自称神転生者女が夢の中で現れた。


この五年でわかったことは、彼女は転生者であること、自分を神と言う痛いやつなこと、魔術と士の能力とは反対の数字を増やす能力を持っていること、そして士よりも強いこと。


彼女がいなければ戦闘技術はここまで上がることは無かったので、無駄なことではないだろう。


しかし一矢報いれた事は何回かあっても、彼女を倒した事はこの五年で一度もない。


初めて転生者を殺した日以来、夢に現れる彼女のせいで士に安眠は訪れなくなった。


絶対に勝たなくてはいけない戦いの中、彼女という高い壁が、士が弱者だという現実を突きつけしまう。


異世界転生者を倒せるのは自分達しかいない、しかし彼女に匹敵する異世界転生者が現れてしまえば、果たして勝てるのだろうか。


自分だけでなく、知人や世の中が壊されるかもしれない不安が彼女と戦う度に士を蝕んでいった。



榴咲士、彼の能力の元手はギリシャ神話の冥界の王妃ペルセポネ。


彼の上っ面は鬱陶しいほど満開だが、心の底には冬のように冷たくて暗いものが潜んでいた。

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