40.僥倖―7『喧噪へのいざない―7』

 ジヴェリ機械製作所の〈ドラゴン・チェイサー〉は、推進式にエンジンを配置している。

 すなわち、プロペラが機尾にある。

 したがって、地上にあっては犬がお座りしたような格好となる牽引式のエンジン配置機――尾輪式と異なり、ランディングギアは前輪式のものとなる。

 離陸、着陸の地上滑走時にプロペラ端部が地面に接触、破損しないよう、クリアランスを確保するため脚の長さは長くならざるを得ないし、その構造上、小さく、簡便にできる尾輪と較べて前輪は大きく、複雑なものとならざるを得ない。

 更に言うなら、離着陸時――特に離陸時に、規定値を超え、機首をおおきく持ち上げようものなら、それが原因でやはりプロペラ端部が地面に接触してしまう。

、この機体の垂直尾翼は十字形にならざるを得ないし、地面側にはプロペラが地面にぶつからないよう補助輪をつけなければならない、というワケだ)

 膝を折り、目線の高さを下げたハーランは、機体の下方へ突きだした垂直尾翼――その下端に、チョコンと取り付けられてある小さなタイヤを見つめてそう思った。

 離着陸時、機首上げ姿勢にある機体の角度が許容範囲を逸脱した時、プロペラ下端が地面に接触するより先に、いわばつっかえ棒としてそれを防ぎ、もってプロペラが破損することを防ぐ安全装置だ。

 しゃがんだままの姿勢でチョコチョコ足を動かし、ハーランは機体の後ろへといざって移動する。

 そして立ちあがって目線を元の高さに戻せば、なるほど〈ドラゴン・チェイサー〉の真後ろからの姿は、尾翼が上下左右に突き出た十字形になっていた。

 左右方向の水平尾翼はともかく機体の安定や操舵のためだけならば、垂直尾翼は上方への一枚のみで事足りるのだが、プロペラ保護目的の尾輪の取付金具として、地面側に尾翼が追加されているからだ。

(前輪は前輪で大きくて重いし、大馬力エンジンを得たメリットを少なからず降着装置がころしてるよなぁ)

 ミーシェル、クラム、モルト――ジヴェリ機械製作所の面々よりも上策の工夫は、多分ないだろう。

 少なくとも自分には思いつかない思いつけない。

 けれども、そこを何とか出来ればもう少し……。

 どうにも、もったいない。惜しいはなしだ――そう思いながらハーランは、きびすをかえして、ようやくの事、〈ドラゴン・チェイサー〉のモックアップから遠ざかる向きへと足を踏みだした。

 これでしてからすぐのウォーミングアップが終わり、いよいよ仕事に取りかかる心構えがととのったのだ。


「おぅ、今日はなんか新発見はあったかい?」

 ハーランが試験棟の建屋中央――〈ドラゴン・チェイサー〉モックアップの傍から壁際の一画へと移動すると、ぶっきらぼうな口調で声をかけられた。

「いやぁ、何もないですね」

 すこし視線をさげて返事をする。

 話しかけてきたのはモルト――日々、自社が手がける〈ドラゴン・チェイサー〉のエンジンから一馬力でも多くパワーを絞りだそうと頭を捻り、手を動かし、試行錯誤をくりかえしているドワーフだった。

 背丈ほどもある工具箱の影になっていたので気づかなかったが、折りたたみの机を前に、どうやら一服つけていたところのようだ。

「親爺さんの方はどうです? 更なるパワーアップの手立てなり、その手がかりなりが見つかりましたか?」

 ハーランはモルトの背後――壁際に突っ立っているハンガーに上着をかけ、その代わりにそこから飛行服を手に取りながらそう訊ねた。

 もちろん、空を飛ぶワケではない。

 そうではなくて、今日、ハーランに依頼されてある確認項目が、コクピットまわりの操作性であり、そこからの機外視界の確認でありであったため、実際にパイロットがそこに座ってみようという事になっていたからだった。

 この時代、与圧や耐G等、後の世に較べればパイロットが身にまとう飛行服は、そこまで装具まみれではない。

 が、

 そうは言っても、地上で着こなしている服よりは、やはり厚手で着ぶくれたようになるため、実際に操縦士が機内でおこなう作業、また環境は、飛行服を着た上でなければわからない。

 それで現地にてハーランは着替えをおこなっているのだった。

 まさかに往来を飛行服で移動することなど出来ないから、仕方ないといえば仕方はないが、どうにも面倒ではある。

(ま、着慣れた服じゃあるけどな)

 服の脱ぎ着をおこないながら、ハーランはそう思っている。

〈ドラゴン・チェイサー〉は(たとえスポンサーや技術陣に国家の色が濃かろうと)建前上は民間機である。

 しかし、発揮可能な最高速度――数ある飛行機械の性能指標の一つに過ぎないにせよ、軍用かつ現用機をも上まわる高性能機となれば、それをあやつる者の装具もそれに見合ったレベルでなければならない。

 結果、どこからどう調達したのか、ジヴェリ機械製作所が〈ドラゴン・チェイサー〉パイロット用に準備していた飛行服は、ハーランが部隊で着用しているものとまったく同一。

 部隊記章等が無いだけの空軍制式の飛行服だったというワケだ。

 そして、これまたどこをどうして調べたものやら、服のサイズはあつらえたようにピッタリ。

 先見の明、と言うより、いつから自分を巻き込む気でいたんだよと、つい苦笑してしまうハーランではあった。

(……まぁ、いたずらに勘ぐることなく素直に考えるなら、〈ドラゴン・チェイサー〉試験でパイロット役をつとめるのは、おそらくクラムだったのだろう。それが急遽、ハーランに代わったが、さいわい二人の体格、背格好がよく似ていた――サイズが丁度であったのは、きっと、そういう事であるのに違いなかった)

 とまれ、

「うんにゃ」

 ハーランの問いに、ゆるゆるとかぶりを振るとモルトは言った。

「いろいろ考え、あれこれ試しちゃあいるが、なかなか思った通りにはいかん。難しいわい」

 エンジンのチューンナップに試行錯誤をしているものの、結果はいまひとつ芳しくないと答えたのだった。

 それに対して、そっかぁと応じながらも、

「でもま、親爺さんなら大丈夫だろ。焦らなくても、じきにアイデアが降りてくるさ。俺はそう信じてるよ」

 いつの間にか定着した『親爺さん』呼び。

 ジヴェリ機械製作所社長、凄腕機械職人のモルトに、慰めだけではない言葉を返しながら、ハーランはついと視線をながして、とある方を見た。

 そこには巨大な円筒形――鋼製のベンチの上に据え付けられた〈ドラゴン・チェイサー〉のエンジンが、文字通り、ドラゴンの心臓よろしくうずくまっていた。

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