38.僥倖―5『喧噪へのいざない―5』

 かくして、ハーランは多忙になった。

 けしてそれまでがヒマだったわけではないが、モルトの――ジヴェリ機械製作所の依頼を引き受けてからは、以前にも増して多忙になったのだ。

 軍務では、相も変わらず〈ガーディアン〉戦闘機の熟成に手を焼き、

 ひんぴんと姿をあらわす国籍不明機による領空侵犯の阻止任務に追われ、

 そして、休日はジヴェリ機械製作所を訪ねて、終日、缶詰めとなる。

 ゆっくり身体を休める暇も無い、文字通り飛行機漬けの毎日である。

 しかし、それはハーランにとっては、むしろ望むべき生活、日常で、

 多忙であっても本人としては充実した、満足できる日々ではあった。


「ちはぁ~~ッす!」

 およそ軍人……、いやいや、それ以上に王族らしからぬ挨拶の言葉を軽薄……、もとい、陽気に口にしながら、ハーランはジヴェリ機械製作所――その試験棟に足を踏み入れた。

 と、

 戸口をくぐると同時に、その顔一面にニンマリと笑みが描かれる。

 建屋中央部に置かれている実物大の飛行機模型を目にしたからだ。

〈ドラゴン・チェイサー〉

 なミーシェルをたばかり、はじめてここを訪れた夜とおなじく水銀灯に照らしだされたそれが、でんと鎮座ましましていたからだった。

「くふ……ッ」

 喉の奥から、呼気とも笑い声ともつかぬ音をもらすと、ハーランはモックアップのすぐ脇にまで歩を進め、その木肌を片掌でスリスリ撫でさすった。

〈ドラゴン・チェイサー〉製作への協力を請われてからというもの、もう何度も何度も間近に接しているというのに、およそ飽きるという事がない。

 もはやルーチンと言うか、何をするにもまずはモックアップを心ゆくまでたんのうすることからジヴェリ機械製作所におけるハーランの時間はスタートするのだ。

『……いいねぇ。実に良い』

 いとおしむような手の動きと模型を見つめる視線の熱さ、にんまりと『U』の字に持ち上がった唇が、雄弁に心の内を代弁していた。

 知らない人間が見たら……、いや、知っている人間であっても多少は引いてしまいそうなそんな状態で、徐々に徐々に機首の方から機尾の方へとゆっくりゆっくり時間をかけて移動していく。

 ジヴェリ機械製作所が製作に取り組んでいる〈ドラゴン・チェイサー〉は、単発単座の固定翼式飛行機械としては格段に大きなものである。

 なんなら巨人機と呼んでもかまうまい。

 全長、全幅がハーランの見知るかぎりのどの現用機よりも各一メートル程は大きいのに加えて、降着装置がポピュラーな尾輪式ではなく前輪式となっているため、地上にあっては機体が地面に水平に――人間の目線では上からのしかかってくるような高さにまで持ち上げられていて、結果、『大きい』感が強調されているのだ。

 しかし、そこからニブさはいっさい感じない。

『巨体』という単語から連想されるなところは欠片もない。

 全身が運動に適した筋肉で引き締まっているスポーツ選手のように、どこまでも精悍さ、高性能さを感じさせるデザインであった。

 ジヴェリ機械製作所の手になるモノだけでなく、〈龍を追う者〉全般としてはむしろそれで当然なのだろうが、設計主務者たるミーシェルと親しくしている身としては驚かざるを得ないほどの鋭利さ剛直さだ。

 いっそ、『戦闘的』と形容しても良いかも知れない。

 戦闘機パイロットたるハーランの琴線を刺激してやまない部分だ。

 推進式――機体後方にプロペラを配する形式のため、機首は槍かやじりのようにとがっている。

 空気抵抗低減のためだけにデザインされたは、(当たり前だが)内部ががらんどうであるから、スマートとされる液冷エンジン搭載機よりも更にシャープ。

 まるでつるぎか槍の切っ先にも似て、立ち塞がる空気の壁を穿うがち貫いていくべくぎすまされている。

 どこまでも高速発揮を追求した飛行機械らしいいかにもさである。

 ハーランの掌が、磨きあげられ、光沢さえ有するほどにすべらかにされた模型の木肌を撫ですすむ。

 パイロットが――乗り組むこととなる操縦士席コクピット

 地表からだとほとんど二階の高みにあるようなそこを唇の端をさらに上に持ち上げ眺めた後に、視線を機尾の向きへと少し流して機体の横腹に設けられてある開口を見る。

 

 後の世――飛行機のエンジンがレシプロからジェットに置き換わった時代ではそう呼ばれる事となる部位であり機体構造は、しかし、もちろんハーランが撫でさすっているこの機体にとってはそうではない。

 デザイン的にそれを連想させても役割的には似て非なるものだ。

 ミーシェルがデザインした〈ドラゴン・チェイサー〉は、大直径の空冷エンジンをそれが生む空気抵抗の大なるを考慮し、機首から機体中央――コクピットの後方に置いた。

 それによって空気抵抗を低減させることは出来たが、一方でエンジンが発する熱の処理をどうするかという問題が生じた。

 エンジンの前方に機首部、それからコクピット部と、冷たい外気と接して温度を下げるには邪魔な『フタ』が立ちふさがることとなったからだ。

 液冷式エンジンであれば機体のどこかにラジエターを設置すればそれで良いが、空冷式エンジンはそうはいかない。

 どうしたってエンジンを外気に直接さらす必要がある。

 オーバーヒートを防ぐため対策を講じる必要があった。

 その結果もうけられたのが、コクピットのやや後ろの位置からはじまる機体左右への張りだし――冷却用外気の取り入れ口というワケだった。

 そして、これがたまたま偶然なのか、それともミーシェルの天与の才能か――苦慮の策、あるいは後付けといった感なく、この機体であれば当然こうなるだろうと納得できる具合にマッチしていたのだ。

 設計図面を見せてもらってハーランも気がつき、そして、驚いたが、〈ドラゴン・チェイサー〉の機体を真上から見た場合、

 機首からコクピット部までの横幅は、ほぼパイロットの肩幅プラス程。

 コクピット直後から機尾までがエンジンの幅と二段構えになっていた。

 一言で言うなら凸凹の『凸』の字を前向きに、横に倒した感じである。

 つまりは、搭載するエンジンの直径が大きいことを逆手にとって、コクピット部までのスリムな機体前半――その細身からはみ出してしまう、いわば差分を冷却用外気取り入れ口としてミーシェルはデザインしてのけたのだった。

 まぁ、それであってもエンジンを十分に冷やすのには曝露面積が足りない。

 牽引式配置のようにはエンジン正面をすべて外気に晒せないから仕方ない。

 離陸後すぐにエンジンが焼き付いてしまうよりはマシだろう――ハーランは誰をという事ではなしの慰め気分でそう思っていた、の、だ、が……。

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