36.僥倖―3『喧噪へのいざない―3』

「お忙しいところ、お呼び立てして申し訳ありません」

 数日の後、ジヴェリ機械製作所を訪れたハーランを出迎えたのは社長のモルトだった。

 いつもと同じ気軽な気持ちでやってきたハーランは、事情がわからず途惑ってしまう。

 先日、基地にて自分がうけとった伝言は、間違いなくミーシェルからのものだった筈。

 いや、もちろん、何か色っぽいことを含め、少女が個人的な用件で誘ったのではない事くらい百も承知だ。

 なにしろお越し下さいと請われた先が少女の勤める会社なのだ。デートだとかそんなものではけして無い。

 だから、ハーランは、二人の共通の――飛行機に関する相談か何かがあるのだろう、そう考えていたのだ。〈ドラゴン・チェイサー〉絡みだったら嬉しいんだがな、などと期待もしながら。

 それが、フタを開けてみれば自分を出迎えたのは社長のモルト。

 しかも、そのまま、まずはこちらへ、と応接室まで案内された。

 と、すると、ミーシェルの誘いは、本当に『社用』だったのか?

 それにしたって、何もかもにが『今更』すぎる。なぜ『今』だ?

 頭の中に『?』の数を増しながらハーランは建屋内を移動する。

 そして、「どうぞ」と応接室のドアを開けられ、息を呑みこんだ。

 はじめてそこへ通された時、その部屋は『応接室』という名の物置だった。

 足の踏み場もないくらい、乱雑かつ山積みにされた物品で占拠されていた。

 それが綺麗に片付けられて、本来の用途にふさわしいたたずまいになっている。

 いや。いや、驚くべきはそこではない。

 ハーランが思わず息を呑んだのは、そんな応接室内に置かれたソファーやアームチェア――合わせて四脚の椅子のすべてにミーシェルやクラムをはじめ、社員だろう男たちが腰かけ、明らかに彼のことを待っていたからだった。

 なぜか、そのほぼ全員の顔や腕に切り傷、すり傷、打撲によるものだろうあざ――ちいさなケガがあちらこちらにあるのが見てとれて、かつ、揃ってすこし疲れた顔をしていたのだが、まぁ、それはこの際ひとまず置いておこう。

 勧められた椅子に腰をおろし、事情を知っているであろうミーシェルに、ちらと視線をはしらせてみたら、慌てた様子で目を逸らされたから、つまりはそういう事なのだ。

 とまれ、

「ハーラン・デュリエル少佐殿」

 ごほんと一つ咳払いをして、モルトが用件をきりだした。

 初対面でもないのに、やけに形式張った言い方をする。

「本日は少佐殿にお願いしたいことがあって、当社にお越しいただきました。本来であれば、こちらから出向かねばならないところ、逆にご足労お願いしたのは他でもありません」

 と、そこで一拍おいて、

「我が社が現在つくっている〈ドラゴン・チェイサー〉のことはご存知ですな?」

 ずばりと言った。

 形式上、質問のかたちはとっているものの、話の持っていき方からして、先日の試験棟の一件をクラム、もしくはミーシェルから聞いているのに違いない。

 が、

 さすがに、『はい、知っています』とアッサリ答えるワケにもいかず、ハーランは、グッと言葉に詰まった。

「いや、別にお答えいただなくて結構」

 そんなハーランに、取りなすように手をふってみせると、

「お願いというのは、その〈ドラゴン・チェイサー〉についてなのです」と、モルトは続けた。

「我が社が現在製作中の〈ドラゴン・チェイサー〉について、少佐殿がご存知であるとの前提でお話しいたします。

「私どもジヴェリ機械製作所は、次回のシュナイダー杯に出場すべく、現在、〈ドラゴン・チェイサー〉を鋭意製作中であります。まだ出来上がってもいないものを自賛するようで何なのですが、かなり期待できるものになるだろう――社員一同、そう確信しとる次第です。

「ですが、私どもは飛行機をつくることに関しては誰に引けをとるとも思いませんが、それを飛ばすことに関しては、やはり素人」

 そこまでを言って、モルトはハーランの目を見据えるようにしてお願い事を口にした。

「その私どもに足りない部分を少佐殿に補っていただけないでしょうか? というのが、本日、ここまでお呼び立てした理由です」

 ハーランはパチパチと目を瞬いた。

「つまり……、パイロットの目線で、製作中の機体の問題点なり要望を言え、と、そういうことですか?」

 相手の言葉を頭の中ではんすうし、その上で理解した内容を逆に質問として返してみる。

 はたしてモルトは頷いた。

「その通りです。私どもではわからない――実際に飛行機を操縦する人間からの意見が欲しいのです」

 頷きながら拳を握り、ぐぐっと身体を乗り出してきた。

 乗ってくれとまでは申しません。危険はないし、お時間も都合がつく時だけで結構です。さしょうではありますが、謝礼ももちろんさせて頂きます――どうか、協力をお願いできませんか? と。

 モルトは鋼の妖精ドワーフで、ドワーフ族の平均身長はヒト族のそれよりも二〇センチほど低い。

 椅子に座っていてもそれは変わらず――だから、ハーランはモルトに見上げられこそすれ、その逆はないはずだった。

 しかし、今の彼は、モルトの短躯がにわかに巨大化し、自分にのしかかってくるかのような圧迫感すらおぼえている。

 相手の迫力から逃れるように背中をそらして距離をとると、ハーランはミーシェル、それからクラム、同席している他の面々に順に視線をめぐらせてみた。

 皆おなじだった。

 クラムを除いた全員が、社長のモルト同様身を乗り出し、固唾かたづを呑んでハーランの顔を凝視していた。

「あ~~」

 いよいよ追い詰められた格好のハーランは頭をかいた。

 本当に、ここの社員はどいつもこいつも、とんだ機械馬鹿ばかりだと思っていた。

 顔見知りというだけ、パイロットというだけの理由で、段取りや根回し等いっさいの手順をすっとばし、人を呼びつけて、いきなり自社で作っている飛行機をより良い物に仕上げるのに協力しろと言う。

 ハーランを依頼の対象とするにあたって、彼が王族であり、軍人であることなど、まったく考慮していないだろうことは明白だった。

 ただただ純粋に飛行機が好きな機械馬鹿たち。

 と、

 それは俺も同じか、と思いあたって、おかしみをおぼえるのと同時にハーランの肩から力が抜けた。

「わかりました」

 気がつけば、返事がするりと口をついて出ていた。

「お引き受けしましょう――喜んで」

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