第10話 高速チューブ電車

「あの歯車はなんなんだ?」


上半分だけが確認できる巨大な歯車だ。


近くの家の10倍は高さがあるだろうか。何百メートルとありそうな大きさだ。


「あぁ、昔の動力源だったかな。今はろくに使われていないはずだよ。」


少年が答える。


「今は、観光名所として使われているんじゃよ。近くでお土産も売っているぞい。」


紳士が補足してくれた。


素顔になってからというもの、紳士というよりもお爺さん的な喋り方が強まっている。


普段はこっちのしゃべり方とみた。


タキシードやあの疑似生体ユニット?の仮面も、キャラ付けやマーケティングも入っていたのではないか?


だとすると、商売熱心なことである。



町に横たわる巨大な歯車は、今もゆっくり動いているように見えた。




少しして、町の馬車停に到着した。


町の馬車停は、乗ってきた馬車停よりだいぶ大きいものだった。

地方のターミナル駅ぐらいのイメージが近いだろうか。


降り場は、2階だての広く長い建物に隣接していた。

建物の材質は石レンガのままだが、この建物の中になら、ショッピングモールがあっても驚かない。


俺はユーロ紙幣を支払い(支払額は少年が教えてくれた)、馬車の梯子を下りた。



町からは、揚げ物と機械油のにおいがした。


どこかでお祭りでもしているのだろうか、活気あふれる街のにおいだ。



バシュッ!シュフーーーーーーーーーー


後ろから、巨大なタイヤに穴をあけたような音が鋭く響いた。


振り返ると、トーテムポールの足や頭から白い煙か湯気が出ている。



「機械に"息継ぎ"させてあげてんだよ。」


先に降りて、建物の方にいた少年が、そこから教えてくれた。


「この町はガス収集機能があるからな。 ここでなら"息継ぎ"しても問題ないんだ。」


トーテムポールの上には特に屋根もなかったが、どうやってガスを回収するのだろうか。


そして息継ぎとはなんだろうか。 何のガスを出しているのか。


気になることはいろいろあったが、



「こっちだ」


少年が先に行ってしまうので、急いでついていく。



ドアは自動ドアのようだった。センサー式で開閉する。


動き方がすこしいびつで、開閉時にカタカタと音がするのが違いだろうか。


建物に入るとうっすらと涼しい、冷房も効いているようだ。


割と快適な世界じゃないか。




少年は、子供2名といい、チケットを買っていた。


この施設への入場券だろうか。


少年に連れられて地下に入ると、そこはとても長い廊下だった。


横幅も20メーターほどあり、地下の割に解放感がある空間だったが、壁には落書きも多く、

当然窓もなく、空港の長い廊下、というイメージとは少し異なっていた。


廊下は直線で、少なくとも何百メーターかは続いている。

そのあとゆっくり横に曲がっているようだが、どのくらい続くかがわからない。


俺はこの道を歩くのかと絶望しそうになった。


でかい歯車を見たときは、SFに出てくるような高速で動くチューブ状の電車なんかを少し期待

してしまっていたが、地獄の徒歩移動が始まるようだ。



馬車に乗ってきたとはいえ、ここまで来るのにもう30分はかかっただろうか。


新しいものを目にし続けていることもあり、俺は疲労感が既に出始めているのを感じた。



少年に連れられ、廊下の右端までくると、手すりと、悪そうな風体の痩せた男がいた。


少年は痩せた男にチケットを渡し、こちらに手招きした。


「アレ掴んで、絶対離すなよ。」


少年は2メートルほどの高さの天井と壁の間についている、赤い棒状の何かを指していた。

(チューブ状の地下なので、壁と天井がシームレスなのだ)


赤い何かは、片側だけのバイクハンドルのような形をしていた。


天井は、ベルトコンベヤーのような構造になっているのだろうか。

3メートルぐらいごとに配置された赤いハンドルは、ゆっくりと廊下の奥に動いている。


あれにつかまって移動するのだろうか。



壁のそばに来てみると、壁際の地面だけ、とても滑る構造になっていた。


少年と俺は、手すりを伝いながら、壁際までたどりついた。


男が天井の赤いハンドルを棒で引っかけると、手元まで引っ張り、少年に渡した。


赤いハンドルからはヒモが天井まで伸びて、ハンドルと少年を、徐々に廊下の奥へとひっぱっていた。


少年が手すりを離し、赤いハンドルを掴んだ。


「じゃぁ、あとでな。」


少年は、赤いハンドルに引っ張られ、ゆっくり廊下の奥に引かれていった。


そういう仕組みの移動装置か。

スキー場で似たような仕組みのリフトを見たことがある。


歩かなくても済みそうだ。

という安心はしたが、かなりゆっくりの移動になりそうだな、という覚悟も決めた。



俺も男から、少年の次の、赤いハンドルを渡された。


手すりを放すと、滑る地面でバランスをとるのが難しく、すぐに転びそうになった。


ヒモにつかまりながら体勢を立て直すと、かなり後ろから、


「気を付けろよ!」


という声が響いて聞こえた。


振り返ると、さっきの痩せた男が、かなり後方で叫んでいるのが見えた。


既に30メートルぐらい離れている。


まだ、数秒しかたっていないはずだが、途中からかなりスピードが出ていたようだ。

まったく気づかなかった。


そういえば、前にいるはずの、先に出た少年の姿が見えない。


数百メートル先まで確認できるが、ハンドルも少年の姿もない。



最初ゆっくりだったはずのハンドルが、気づかない早さで加速しており、今はかなりの

スピードで引っ張られている、ということか。


転ばないよう、ヒモを右腕に巻き付け、左腕でハンドルを掴み、体を固定した。


足を前後にしてヒモに体を預けると、取り急ぎは安定したみたいだ。


風の音はすごいが、前からの風圧は感じない。


しかし、左の動かない道エリアを見ると、高速道路を走るくらいのスピードは間違いなく出ているようだった。

ほぼ視認できない速度で景色が後ろに飛んでいく。


この速度で風圧を感じないのはどういうことだ?


引っ張られているはずの腕もあまりいたくない。

地面の滑り具合で、抵抗がとても少ないからだろうか。



左手に、ベンチらしきものがたまに見えるが、移動速度が早すぎて形はほぼ把握できない。


ただ、動かない道路側に転ぶと、即死であることは理解できた。


背中の冷や汗はすぐに乾いたが、ハンドルを掴む手は汗がべったりとにじんでいた。


姿勢の安定に全力で集中した。


右手には目の前に壁があるはずだ。


怖くて右はあまり見られなかったが、ふと壁側に、何か、チラチラ白いものが見えることに気づいた


もちろん、この速度で何か読み取れるわけがないのだが、壁側の白いものは目につく。



姿勢を崩さない範囲で右を見てみると、何が書かれていたかが徐々に理解できた。


パラパラアニメである。


高速で移動することと、人間の視界の狭さを利用して、

高速で移動している時のみ読み取れるアニメーションが、壁に描かれていた。



内容は、


「駅中央側に飛び出してしまい、バラバラになったキャラクター」

「壁に触ってしまい腕がふっとんだキャラクター」

「途中で手を放してしまい、後ろから追突されたキャラクター」


など、この乗り物に対する注意喚起になっているはずなのだが、テイストが白黒時代のディ●ニー

テイストで描かれおり、悪趣味なブラックジョークのようにしか見えなかった。


一応、注意喚起にもなっているので、しばらくは目を通しておいた。




どのくらい時間がたったのだろう。


命の危機レベルの緊張がずっと続いているため、時間感覚がなくなっている。


なんせ、少しでも壁に触れば、腕が吹っ飛ぶのである。



そもそもこの乗り物、どうやって降りるんだ?


そんなことを考えていると、左の景色の速度が徐々にゆっくりになってきていることに気づいた。


相変わらず、加速度の変化は感じなかった。


丁寧に速度調整をすれば、こんなことが可能になるのだろうか。



最終的に、駅中央側のベンチもきちんと視認できるようになり、少年がハンドルを放し、自分を待っているのも見えた。


「ついたぜ」


ハンドル式リフトを降り、薄汚い地下を抜けると、そこには厳かな教会が建っていた。


教会の背後では巨大な歯車が回っており、まるで、教会自体を動かしているのがこの歯車であるかのようだった。

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