第5話 山の真実

彼女はベット横の椅子に座り、険しい顔をしていた。 話の切り出し方に迷っているようだった。


直後、炊飯器を膝に持ち上げ、頭を下げて言った。


「この子がご迷惑をおかけして本当にすみませんでした!」


全身から申し訳なさが伝わってくる謝罪だった。彼女の誠実な性格が伝わってくる。


問題はこの、彼女の膝と胸につつまれている、大変羨ましい状況の炊飯器である。


形は少し違うが、山で見た、俺に発砲した炊飯器と同一のモノらしい。


「撃たれてないみたいだしいいですよ、パンも美味しかったですし。」


「山では一体何が起きたんですか?というかこの動く炊飯器は何なんですか?」


俺が、一番聞きたい二つの質問をすると、彼女は少しキョトン、としたあとに合点がいったようで、


「少々お待ち下さい」


と、部屋を出て行ってしまった。



炊飯器と二人きりの時間が訪れた。



沈黙。



炊飯器がカタコトながら喋ることが出来るのは山の中で確認済みだが、俺と直接会話はしていない。


何かの間違いであったとは言え、銃撃犯と被害者の1on1である。


こちらから何か喋った方がいいかな、と、炊飯器に気を使おうとしたその時、炊飯器の方が先に口を開いた。

(正確には口はなく、スピーカー音)


「コレ以上、マスターニ、近ヅクナ。」


あまり好かれては、いないようである。


「オ前ハ、得体ガ知レナイ。ココマデ、運ンダノハ、私。 貸シ借リ、ナイ。 出テイッテ、良イ。」


ここまで炊飯器に運んでもらっていたようだ。

しかし、これは大変な嫌われようだ。


俺が正体不明だから、マスター、彼女に近づけたくない、ということだろうか。


子供の見た目をしているはずなのに、とても警戒されている。


何か過去にあったのだろうか。


そういえば、彼女の名前も知らないことに気付いた。


「マスターを大切にしていて偉いな。 彼女、名前は何ていうんだい?」



沈黙。



なるべく気さくに、炊飯器に寄り添った発言にしたつもりだったが、上手くいかなかった。


子供の姿だし、敬語でも使うべきだったか? というかこの炊飯器の年はいくつなんだ!


炊飯器が目上かどうかなんて、考えたこともなかった。


炊飯器をロボット、AIに置き変えても同じなのだが、炊飯器の姿なので、尚更、敬語を使うべきかの検討が、バカバカしく思えた。


ドタドタと、音を立て、彼女が戻ってきた。

また急いで何か準備してくれていたみたいだ。


パワフルで、感じも良いパン屋の美人、さぞかし人気があることだろう。

(炊飯器とは大違いだ。)


「ゴメンなさい! ゴメちゃんと二人にしちゃって。 今は危険は無いんだけど、大丈夫でした?」


続けて炊飯器に向かい、


「ゴメちゃん、ちゃんと謝った?」


と聞きながら、また炊飯器を膝に乗せる。


炊飯器が答える。


「私ハ危険人物ヲ排」


ゴツン


彼女が、炊飯器の頭をゲンコツで叩くと、炊飯器の喋りは遮られた。


「確カニ攻撃ハシタガ、得体の知レナイ奴ヲ、ココマデ運ビ、命ヲ救ッテヤッタノダ。 借リハ」


ゴツン


今度は少し早口だったが、また、最後まで言わせてもらえなかった。



沈黙



彼女の炊飯器を見る目つきが、ワザとらしく鋭くなる。


少しすると、


「ゴメンナサイ、早トチリ、シテシマイマシタ」


炊飯器が俺に謝罪している。


炊飯器の表情は読み取れないが、叱られた子供のような謝り方だった。


彼女は「良く言えましたねー!」とでもいうように、炊飯器の頭を撫でてやっていた。


炊飯器も、なんだか嬉しそうだ。


(少し上向きに顔を向けて、正面にある小さな緑のランプを点滅させている。)


「私の名前は、リリー。あなたは?」


彼女の名前はリリーというらしい。


「ツクル、ホシバツクル(星馬作)だ。」


異世界人だとバレるのを避けるために偽名を名乗るか少し迷ったが、リリーに嘘をつくのは気が引けた。


「ツクルね、この子、私を守ろうとする気持ちが強くて、たまに暴走しちゃうの。迷惑かけてしまったわね。ごめんなさい。」


「あの時は、密猟者向けの空砲を岩に打ったんだけど、至近距離でやられると、凄い衝撃なのよね。」


なんだと。


俺は空砲で、しかも撃たれていなかったらしい。


つまり、びっくりして気を失ったってことか。

とても情けない。


確かに、俺の体には傷一つなかった。 俺は急に恥ずかしい気持ちになってきた。


異世界早々の残念さを、可愛い子の目の前で発揮してしまっている。


もう少しくらい化けの皮を被っていたかったものだが、まぁ、俺の実力はこんなものか。


そうだ、ゴメちゃん(炊飯器)も。

銃撃犯扱いしてすまんかった。


「この中で、どれか読める文章がある?」


番号が1〜100まで書いた紙をリリーから手渡された。


番号毎に異なる文字が書かれている。同じ内容を他言語で書いているようだ。


多数の筆記体から、古代エジプトの象形文字、象印文字、繁体字、全く見たことのない文字?絵?も混ざっていた。


筆記体の英語もどこかにありそうだったが、17番目に日本語で「ようこそ、機械仕掛けの国へ」


と書いてあるのを見つけた。


17番目に書いてある内容を伝えると、彼女はやっぱりね、という顔をした。


「この言葉は読める?」


指さされた場所は、3番目にかいてある文字で、筆記体のアルファベットで書かれていた。


読み解こうとしたが、明らかに、英語ではなかった。


文字の上に点があるので、スペイン語かラテン語か何かだろうか。


「これはわからない」


「あなたは、日本という国から、異世界召喚されたのね」


「良くわかったね」


「言語対応表があるからね。」


彼女は以前にも同じことがあったかのように続ける、


「私たちが今喋っている言葉は、この紙の3番目に書かれた言葉のはずなの。でも、あなたは17番目の言葉しか知らないという。」


「これは異世界転移された人の特徴で、話し言葉にだけ、強制翻訳機能が働いているの。 音声だけはきちんと認識出来るようにね。」


なるほど、せっかく神?が異世界転移させても、言葉が通じないんじゃ野垂れ死ぬだけだからな。


「音声翻訳される原理はわかってないんどけどね。音声コミュニケーションの時は必ず発生するの。 文字は画像表現、視覚と不可分だから、神もやめておいたのかしらね。」


なるほど。


レンガの壁や居住地域一帯を見て、リリーを少し侮ってしまっていたのかもしれない。


彼女は、とても科学的な思考をしており、理知的な女性に見えた。


この動く炊飯器も、もしかしたらリリーか、もしくはその仲間が作ったものかもしれない。


そうだとすると、俺はとても仲間としてついていくことは出来ないだろう。


俺は異世界にきたが、度胸も技術もない。


早速、これからやっていけるかが不安になってしまった。


リリーが笑いかける。


「ふふふ、心配しなくても大丈夫よ。あなたにはとっても大切な役割があるんだから。」


俺が思っていることが伝わったのだろうか、リリーはそういって素敵に微笑んでみせた。


窓からの風にゆれて、リリーの髪は、弾むように揺れる。


夜風が、とても気持ちのいい夜だった。

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