尋問
『コ~ン』
今日もエラン人が招待されています。地球食にもすっかり馴染んだようで、
「こういうのをなんて言えば」
「それはね、美味しいって言うのよ。エランでは死語になってるみたいだけど」
「そうか、こういう食べ物で感じる感情が『美味しい』なのか。古典で読んだことがあるが、さっぱりわからなかった」
地球食を楽しんでくれるのはイイけど、エランに帰ったら困るだろうな。ここまでは和やかだったんだけど、今日はコトリ副社長から、
「いつもとちゃうで。今日は覚悟しときや」
なんだろうってところです。すると突然ユッキー社長は厳しい顔になり、
「地球に来る時に三十四年前の記録を読んだであろう」
エラン人たちはユッキー社長の顔つきに驚いたように、
「ええ」
「地球の神は、神が見えるのだぞ」
ジュシュル船長の顔色が変わってる。
「あ、あれは本当の話なのか」
「地球の神の力はエランの神を凌駕しておる。ジュシュルよ、お前如きでは指一本触れることは出来ない」
「なんの話だ」
「教えてやろう」
ジュシュル船長の顔が真っ青に、
「そういうことだ。アラルガルでさえ話にならないレベルだった」
「はっ、はっ、はっ・・・ガルムムもこれで・・・」
うわぁ、強烈。呼吸まで金縛りにしてたんだ。
「お前の話にはウソがある。エランの状態はもっと悪いはずだ。エラン人は五億人も生き残っていない、せいぜい一千万人程度だ」
「そんなことはない・・・」
「アラルガルも知能は低かったが、お前も同レベルだな。ウソが下手過ぎる」
えっ、どういうこと?
「簡単すぎて誰でもわかる。お前の船の搭載量で血液は足りるからだ」
「うっ、それは・・・」
「もう十分すぎる量の血液は集まった。ついでに地球で半製品化まで出来ておるから、余るぐらいになったであろう」
言われてみれば、もし血液だけだったら宇宙船にも積み込めないぐらいになってるはず。
「ジュシュルよ、もう一つの目的は許さない。お前如きを抹殺するのは一瞬だ」
「しかし、それでは・・・」
「死にたいか」
「死は恐れぬ。その前に聞いて欲しいことがある」
五年戦争の実相をジュシュル船長は話し出しました。まず三十四年前の宇宙船団の話からで、
「帰路の航海が困難を極めたのだ」
「時空トンネルの変動か」
「そうだ、時空トンネルは位置も変動するがトンネル内の様相も変わる。かつてはそれに対応する航海技術もあったが、今は失われている」
「帰れたのは二隻か」
「いや三隻だ」
実に七隻が時空トンネル内で遭難して失われたようです。それでも地球から持ち帰ったシリコンにより、神が誕生し覇者の時代になったのは本当ですが、神になったのはわずかに七人。それ以上増えなかったのは、
「神がああなるのが予想外だったのは事実だ。それがわかった私はすべてのシリコンを海に投棄した」
「そこまでエランにないのか」
「ああ、シリコン鉱脈は掘り尽くされているだけでなく、残っていた鉱山も千年戦争で破壊され、汚染され近づくことも出来ない」
七人の神が覇権を争ったのですが、
「ガルムムとは同志であったんだろう」
「いやガルムムは覇を争った宿敵・・・」
「まだ、わからんか。お前は会見の時にガルムムにコンタクト取ろうとしたと言っておるのだ。ガルムムの説明をあれだけ言い澱んでおれば誰でもわかる」
そっか、そうだった。
「社長はアラルガルを例外中の例外とした。それは実感している。しかし社長の仲間たちも神ではないのか」
「そうだ。月夜野も霜鳥も神だ」
「私とガルムムもそうである奇跡が起こった。まあ、幼馴染でもあったのだが」
「二人が組んだから勝ち抜けたか」
「そうだ」
そうだったんだ。だから五年で終われたのかも、
「地球人の血液が治療薬になるのがわかっていたのは、アラの時代からだな」
「そうだ」
えっ、えっ、
「しかしあくまでも進行を遅らせる程度しか効果はない」
「その通りだ。だからより効果が高い純血種の血液が必要だった」
「それだけか?」
ジュシュル船長は苦悩に満ちた顔で、
「とにかく人類滅亡兵器は手強いのだ」
「だから二つのテストやりたいのであろう。一つは純血種であれば本当に効果が高いのか、もう一つはエランの地球人と同じ環境を経験させたうえでの純血種の効果だ」
エランの地球人と同じ環境って、地球からエランに連れ去るってことじゃないの。それがさっきユッキー社長が話したもう一つの目的とか、
「誰もが地球への航海を尻込みした。そりゃ、生きて帰れる確率が三割だからな。でも行かなければエランは滅亡する」
「どうしてガルムムだったのだ」
「ガルムムは凶暴ではないが、強引なところがあってな。どうしても自分で行くと言って聞かなかったんだ」
「ではいきなり武器を持ちだしたのは」
ジュシュル船長はさらに苦悩し、
「血液の協力だけなら可能だが、地球人の提供は無理と判断したのだ。逆のケースで考えれば誰でもわかることだ」
「わざわざ神戸を選んだのはなぜだ」
「ここに降りるプログラムしか我々には残されていない」
エランの宇宙技術はアラ時代も衰退の一途をたどっていたようですが、反アラ戦争でさらに拍車がかかったようです。アラは地球移住用の宇宙船建造計画を進めていましたが、技術者たちはアラ側の人間であり、反アラ戦争終了後に多くの者が罪に問われたそうです。
それでも地球に十隻の大船団を飛ばせるぐらいの能力はあったのですが、五年戦争でさらに技術者たちは離散。新たな宇宙船を建造することは既に不可能となっているそうです。
建造技術以上に低下していたのが宇宙航海技術。これはアラしか覚えていなかったとしても良さそうです。宇宙航海技術は時空トンネルの通過技術もそうですが、離発着の難度が非常に高いそうです。
三十四年前の時はそれでもアラが遺した離発着技術があったそうですが、五年戦争の結果、エランに残されていたのは神戸空港への着陸プログラムだけだったとなっています。
「我々も地球の神の記録を読んだが、到底信じられるものではなかった。神が見えるだけではなく、エランの神を何倍も何十倍も上回る力を持っているなんてだ。ガルムムは出発前に言ってたよ、
『地球の神ぐらいなんとかなる』
私もそうとしか考えられなかった」
「お前はどうして、そうしなかった」
「地球にガルムムもアラルガルも存在してなかったからだ」
ジュシュル船長は、
「社長は意識分離技術がある限り、エランの未来はないと言った。それは正しい。意識分離技術によってエランは滅亡の淵まで追い詰められている」
地球がそうならなかったのが不思議なぐらいだけど、
「意識分離技術を完全に廃棄するのは社長の言う通り不可能だ。しかし意識分離技術を行うためのシリコンはエランに尽きた。これで意識分離技術は無くなったも同然になる」
「そこまでエランにないのか」
「ない。思えばアラルガルはシリコン鉱山を意識的に攻撃していた。あれも意識分離技術を封じる目的であったことがわかる」
エランでシリコンを入手するのは本当に無理みたい。
「エランに残る神は今や私一人、さらに意識移動技術はついに成功しなかった。つまり私が死ねばエランに神はいなくなる」
「だから志願してきたのか」
誇らしげに胸を張り、
「エランで一番不要な人間がリスクを負うのが当然だ。部下には悪いと思っている」
「総統、我々も志願して来ています」
「そうです。この航海にエランのすべてがかかっています。そのためなら、この命、喜んで捧げます」
ああそこまで、
「最後の船か」
「エランには三隻が帰還できたが、一隻はもう使い物にならない」
エランの宇宙船も本来は輸送船で、機能として惑星周回軌道の往復だったそうです。荷物に関しては惑星に投下したり、搭載していた小型の宇宙船ないし惑星基地の宇宙船で往復したようです。
離発着機能はオプションというか、緊急事態用で、エランの建造技術でも一度それをやれば船体に大きな負担がかかり過ぎるぐらいです。しかしエランに連絡用の小型宇宙船を作る技術は失われており、やむなく地球への直接の離発着を行ったようです。
「この船も既に三度の離発着を行っている。地球を飛び立てるかどうかも、やってみないとわからないし、エランへの着陸も未知数だ。言うまでもないがもう一度時空トンネルを通り抜けられる保証もない」
ここでジュシュル船長はユッキー社長を昂然と睨み返し、
「社長は強い。それはわかったが、エランの総統として、どうしても地球人を連れて帰らなければならない。これがエランに残された最後のチャンスなのだ」
部屋中がピリピリするぐらいの凄い気迫だ。
「純血種の血液製剤で問題が解決すれば良いが、現在の予測では想定通りの効果が出ても難しいとなっている。最後の切り札が宇宙旅行を経た地球人だ。これでダメであればエランは終る」
「やるのか」
「協力が得られなければ他に選択肢はない」
うわぁ、血液製剤だけでは帰ってくれないんだ。というか、本当の目的は地球人拉致。二十六年前のガルムムの目的は、
「ガルムムはそれだけを目指したのか」
「そうだ」
「何人必要だ」
ユッキー社長、なんてことを。
「多ければ多いほど良いが、最小なら男女二人だ。それでエランが救われる可能性が出てくる」
「神戸を瓦礫の山にはしたくない。協力を考えよう」
ちょっと待ってよ。誰がそんな荒廃したエランなんかに行くと言うの。それとも騙して連れて行く気。それは、いくらなんでも。
「我々も武力行使は避けたい。これだけ歓迎してもらってるのを無にするのはさすがに心苦しいからな」
「ビールはどうだ」
「今夜はやめておく。あんな苦行が待ってるのとは想定外だった」
二日酔いで死んでたものね。それにしても、ユッキー社長は何を考えてるんだろう。
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