だからイヤだって言ってるのに
やっべぇ、寝坊しちゃったよ。アカネは朝が弱いんだよね。おかげで今日も朝飯抜きの出勤だ。
「アカネ先生、今日も滑り込みセーフですね」
ふぅ、なんとか間に合った。そしたらツバサ先生が、
「アカネ、後で部屋に来てくれ」
勢い込んで部屋に入ると、
『ガッシャ~ン』
痛い、やられた。朝っぱらから金ダライを仕掛けてくるとは油断だった。
「アカネ、注意力が足りんぞ」
そういう問題じゃないだろ。ここは写真スタジオでコント教室じゃないんだから。ちなみにだけど、マドカさんは一度も引っかかってないのよね。アカネは今月だけで三回目だけど。
「今週末だけど予定を空けとけ」
「なんですか」
「メシ食いに行こう」
別に予定もないからイイけど、今週末、今週末、ちょっと待った、ちょっと待った、今週末と言えばあの恐怖の、
「まさか三十階」
「そうだが」
「ツバサ先生はともかく、アカネが出席するのは変です」
「それは問題ない。わたしの弟子だからな」
そんな理由でイイはずないよ、
「ツバサ先生の弟子だけじゃ、出席理由として弱いんじゃないですか。アカネは女神じゃないし」
「あそこの出入りは厳しく制限されている」
「だったら、だったら」
ツバサ先生はニヤッと笑って、
「今は三座と四座の女神が宿主代わりで不在なのだ。だから集まるのは三人しかいない」
そうなんだよ。結崎専務も香坂常務も亡くなられたものね。
「それじゃ、寂しいから来て欲しいってさ」
「それだけの理由で入ってもイイのですか」
「あそこの入室資格は途轍もなく厳しいとなってるが、要はユッキーが認めるかどうかだけなんだよ。アカネも女神の秘密を知っている。これを教えるのはユッキーが認めた人のみになる」
じゃあ、アカネもユッキーさんに認められたってこと。それでも、
「アカネはイヤだ」
そしたらツバサ先生の顔色が変わって、
「許さん。そんなに行きたくなければ、この場でマルチ・・・」
「もうそればっかり」
わぁ~ん、絶望の週末、
『コ~ン』
首根っこをつかまれ、引きずられるようにマルチーズ部屋に、
「いらっしゃい、待ってたよ」
この部屋で一つだけイイところは食い物が美味いこと。アカネはイマイチ実感ないけど、エレギオンHDの社長と副社長の手料理を食べられるのは、特別待遇なんてものじゃないかも。
「カンパ~イ」
しっかし、毎度のことながら女神どもは良く食うな。アイツらはいくら食っても体型が絶対に崩れないから・・・あれ、アカネもそうなってるとか。
「あん、当然そうなってる。死ぬまでそのスタイルは変わらん。アカネにはダイエットもシェープアップも不要だ」
やったぁ、ダテにマルチーズの試練を潜った訳じゃないんだ。
「ただ、酒は別だ。あれだけは女神依存性みたいだ」
そうなんだよ。アカネもソコソコ飲める方だけど、女神どもは底なしなんてレベルじゃないものね。あの三人が飲み放題の店になんか言ったら、店ごと潰しちゃいそうだし、もし五人そろったらチェーン店ごと潰したって不思議ないもの。
話題はなぜか宇宙船騒動に。とはいうものの、第二次宇宙船騒動ですら二十六年前でアカネはまだ生まれてないのよね。もっとも現代社会の教科書に載るぐらいの大事件だから、そんなことがあったぐらいは知ってる。
「ユッキーさんが全権代表になった理由はなんですか」
「あの時は色々あったけど、とりあえず言葉が通じなかったのよね」
エランは宇宙船団を飛ばして来るほどの先進文明だけど、言語は一万五千年前ぐらいに統一されてるんだって。これは羨ましいと思った。エラン人は英語の勉強で苦労しなくて済むんだものね。
「アカネさんの言う通りかも。でもそのために、通訳とか翻訳技術が退化しちゃったのよ」
なるほど。言語が一つだからいらないんだ。これも、おそらくとしてたけど方言みたいなものもなさそうだって。ユッキーさんは第二次宇宙船騒動の時に逮捕されたエラン人の尋問もやってるんだけど、見事なぐらいに一緒だったって。
「さすがに地球に来る時に作ったみたいだけど、これがまあトンデモナイ代物だったのよ。そうだ、見てもらおうか。コトリ、あれまだ動く?」
「動くと思うで」
えっ、そんなものがあるのかと思ってたら出てきた。
「やってみるね」
ユッキーさんが何か話すと、しばらくしてから、
『コンネチダ』
はぁ、なに言ってるんだ。これは『今日は』だそうだけど。これで星の命運を懸けた外交交渉をするのはムチャなのはアカネにも良くわかった。この先はアカネには難し過ぎる話だったけど、
「エラン人は地球に植民基地を作ったのだけど、その頃には統一語になっていたらしいの。少なくとも植民基地で使っていた言葉が、エラン統一語の母体になったのだけは間違いないわ。この言葉がエラム語からシュメール語になって地球に残ったぐらいかな」
ユッキーさんはエラム人で、エラム語がネイティブであっただけでなく、女官として祭祀で古エラム語と言うより、原エラム語に堪能だったから、なんとか話せたってさ。
「だからコトリも話せるし、ミサキちゃんにもわかるよ。シノブちゃんや、シオリちゃんも聞けばわかるようになるわ」
「じゃあ、地球で五人だけが、エラム統一語がわかるのですか」
「いえ、六人よ。ユダも話せるから。他にもドゥムジや浦島、乙姫もいるかな」
ドム爺って誰だ。それに浦島と乙姫って浦島太郎と関連・・・してるわけないよな。そうそうユダって前にも聞いたことがあって、ずっと湯田さんだと思ってたんだけど、
「イスカリオテのユダだよ」
「椅子借りおっての湯田?」
「椅子を借りるじゃなくて、ヘブライ語でイーシュ・カリッヨート。カリオテの人ぐらいの意味。カリオテはユダヤの村の名前だよ」
へぇ、日本人じゃなかったんだ。
「ユダはイエス・キリストの弟子だったんだけど、最後の晩餐で裏切ったから、裏切り者のユダとも呼ばれてるよ」
「最後の晩餐って、人生の最後に食べたいものを芸能人にインタビューして実際に食べてもらうヤツ」
「まあ、近いけど、あの番組のオリジナルみたいなもの」
イエスはゴルゴダの丘で死刑になったそうだけど、その前夜の食事を最後の晩餐って言うらしい。
「さぞ豪華だったんでしょうね」
「う~ん、パンとブドウ酒だけ」
貧乏だったのか、イエスがケチだったのか。そんな貧相な最後の晩餐を食べさせられたから裏切ったとか。うん、うん、うん、イエスって二千年前の人じゃない。
「ユダも神よ」
だから生きてるのか。
「今はどこに」
「イタリアよ」
「そんな悪そうな人だからマフィアのドン」
そしたらユッキーさんはニッコリ笑って、
「もっとよ。マフィアからカネ巻き上げるのが趣味」
どんな大ボスかと思ったら、キリスト教の神父さんで、なおかつ枢機卿って言って、すっごいエライさんだって。神の世界はとにかくよくわかんない。なんでイエスを裏切ってるのにキリスト教のエライさんで、なおかつマフィアからカネ巻き上げてるんやろ。
この日をキッカケにアカネはなし崩し的に三十階のメンバーにされちゃった。どんなに嫌がってもツバサ先生はマルチーズの刑を振りかざして連れて行くんだもの。
「アカネが来てもイイのですか」
「イイよ。来てもらえると楽しいじゃない」
「そや、コトリもぶっ飛んでると言われる事もあるけど、アカネさんには負けそうだもの」
わぁ~い、褒められちゃった。とにかく歓迎してくれるのだけは間違いなくて、ユッキーさんも、コトリさんも可愛がってくれるんだ。もっとも、
「犬でも飼ってるのですか?」
「ああ、あれ。アカネさんがここに来るのにダダこねて、シオリが怒ってマルチーズにしちゃった時のため。備えあれば、憂いなしって言うじゃないの」
そんなものを用意するな! ますますツバサ先生に頭が上がらなくなるじゃないか。
「あん、アカネにはこれぐらいの脅しが出来てちょうどイイぐらいだ。とにかく、言うことを聞かないからな。そうだそうだ」
なにをするかと思ったら、犬小屋になにやら貼り付けて、
『アカネ(予定)』
うぇ~ん、逃げられないよ。最初に来たのが拙かった。あの時はサトル先生が来るべきだったんだ。ウッカリ乗せられて来たばっかりに・・・でも、ここでマルチーズの試練に耐えてなきゃ、骨格標本のペッタンコ。う~ん、顔とスタイルは今の方がイイけど。そう言えば、
「サトル先生は呼ばないのですか?」
「誘ったんだが、秋田犬になるのはイヤだってさ」
サトル先生は賢い。
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