第9話 よく姉妹と間違われます

 

 その後、俺とリュウジは胡坐を組み楽な姿勢で色々な事を語らった。


「そうか、今のあちらの世界はそんな事になっているのか……マスクを常に着けていなければならない上に人に触れる事も近付く事も出来ないとは……それじゃあ旅行なんてもっての他だな」


「そうなんですよ、外食も気軽にできないし買い物に出るのも一苦労です、もちろん仕事もね」


 俺の語る元の世界の話しに興味深そうに頷くリュウジ。

 特に新型プロミネンスウイルスの話しには大層驚愕していた。

 そして彼と会話を重ねる事で聞き出せた興味深い情報があった。

 何とリュウジは俺が死ぬ一年前に亡くなっているというのだ。

 たった一年の差なのにリュウジに至っては最初に転生したドラゴニアに20数年、転移したここゼスティアに10数年居るという。

 この事から転生は生まれ変わる世界も時代も種族も全てランダムという事が予想できた。

 ならば俺はたまたま前世と同じく人間に転生したのは幸運だったのだろうか。

 それとも折角ならリュウジの様に別の種族に転生して人間の時には経験できなかった事を体験するのも悪くないのでは、そんな事を思ったりした。

 これは俺が勝手に考えた仮説だが、後に転生した人間が先に転生した人間より前の時代に転生する場合もあるって事だろう。

 ただ前世の記憶を引き継いでいなければそんな事は何の問題にもならない訳だが。


「同じ世界の出身者と話す事など滅多に無いものだからつい話し込んでしまったな」


「俺も何だかホッとしましたよ、話しが通じる相手がいて」


 俺は誰も知り合いの居ないこの世界に来てまだ二日でこの何とも言えない孤独感を味わっているのだ、リュウジはどれだけ苦労と苦悩を重ねたのだろうか。

 ましてや平和な前世では起こりえない戦闘行為も経験しているし、一国の王まで上り詰めたのだ、きっと俺なんかが考え付かないような苦難を乗り越えたに違いないのだ。


「腹が減ったろう? いま宴の準備をさせよう」


 リュウジが掌を二度打ち鳴らすと落ち着いた色目の着物を着た女性が正座したまま襖をあけ深々とお辞儀をし、そのまま顔を伏せる。

 いつの間にかリュウジは御簾の向こうで大きなドラゴンの姿に戻っていた。


『今宵はタク殿の歓迎の宴を催そうと思う、支度を頼む』


「はい、畏まりました」


 更に低い位置までお辞儀をすると、その女性は襖を閉めどこかへと去っていった。


「誤解が無いように言っておくけど、これは俺がやらせている作法じゃないからね……俺が元の世界の話しを家臣に聞かせているうちに勝手にこうなったんだ……実は堅苦しいからあまり好きではないんだけどね」


 バツが悪そうにウインクするリュウジは再び青年の姿に戻っている、彼も立場上色々大変なんだなぁ。


「そういう事で宴の準備には少し時間が掛かる、君は好きな所を見て歩くといい」


「本当ですか? ではお言葉に甘えて」


「準備が整ったら呼びに行かせるよ」


「はい」


 リュウジに頭を下げ俺は謁見の間を後にした。

 紆余曲折はあるがここに来られたのも何かの縁、折角なので異世界の異国の観光と洒落こもうと思う。

 この『外国人が勘違いした日本』みたいな世界がどうなっているのか探索だ。

 まずはお城の中を見て周ろうと思う。


「それにしてもなんて長い廊下だ……」


 いま俺が立っている廊下は自分の姿が映る美しいピカピカの板張りで、向こうが霞んで見える程の奥行きがあった。

 こちらは案内されて歩いてきたのとは逆の方向……一体何があるのだろう。

 歩を進めるが不思議な事に見張りや使用人は一人もいない、妙に静まり返っている。

 もしかして行ってはいけない方へ歩いているのではないだろうか……そう思っていた所に微かに足音らしき規則的な音で何かが近付いてくる気配がする。

 それはどんどん大きくなり、しまいにはドタドタと乱暴な音へと変わっていく。


「お待ちなさい!! 事情を説明なさい事情を!!」


 若い女性の声が聞こえる……しかし先ほど会った少女カガミたちとは違うようだ。

 聞き耳を立てていたら目の前の襖が突然開き、カガミとばったり遭遇する。

 しかしその表情はどこか脅えている様子が伺える。


「あっ、タク様!! 丁度良い所に!!」


 俺を見た途端、まるで花が咲いたこのように顔色と目の色が変わる。

 そして素早く俺の背後に回り込むと肩に手を掛け身体を縮こませた、まさに何かから隠れるように。


「あなたなどちら様? 見ない顔ですね」


 カガミが来た方から今度はピンクの髪色の女性が現れた。

 額から角、背中から羽根が生えている所を見るに彼女も竜人の様だ。

 着物は薄紫で菖蒲をあしらった美しいもので、彼女にとても似合っていた。

 年齢は俺の後ろに隠れているカガミと同じか少し上くらいだろうか。

 ただ彼女からは見た目の若さに反して気品と落ち着いた空気が漂ってくる。


「はっ、初めまして、旅の者ですが連れが大怪我をしたものですからこちらへ立ち寄らせてもらいました」


「あらまあ、お客様でしたか、これはとんだご無礼を……」


 女性は俺に向かって丁寧にお辞儀をする。

 そして俺と目が合うと優しく微笑んだではないか。

 彼女の物腰と仕草により俺は完全に骨抜きにされ、表情は知らず知らずのうちにだらしなく緩んでいった。


「カガミ、お客様に対して無礼ですよ? こちらに出てきなさい」


 ピンク髪の女性の語気が強まる。

 それに反応しビクンと一瞬カガミの身体が痙攣したのが俺の背中に伝わって来る。


「………」


 カガミは俺の背中にしがみ付いたまま一言もしゃべらない。

 一体どうしたというのだろう?


「あれほど許可なく国の外へ出てはいけないといつも言っていますよね?」


「……何の事でしょう?」


 やっとカガミが言葉を発した。


「わたくし、国の外へなど出掛けておりませんわ、何かの間違いでは無くて?」


 若干声が震えているが堂々としらばっくれるカガミ……いやあなた、さっきまで俺たちと国の外にいたよね?


「ネタは上がっているのですよ? ツルギ……」


「ううっ……申し訳ございませんカガミ様……」


 カガミが女性の後ろから現れ膝を付く、見ると目じりに涙を浮かべている。

 あの凛々しくてちょっとぶっきらぼうな男勝りのイメージがあったツルギがこんな状態になるとはどうした事だ?


「ここにいるツルギが全て話してくれました……どうしてすぐばれる嘘を吐いたのです!?」


「ひっ……!!」


 女性の声に凄みが効き始めるとカガミはガタガタと震え、それは俺にも伝わりまるでマッサージ器を背中に当てられているみたいに身体が揺れた。

 でも何となく事情が理解できたぞ……恐らくカガミは姫であるが故に自由に国の外に出ることを禁じられているのだ。

 そしてその禁を破ってお忍びで外へと出てしまったのがこの目の前の女性にばれてしまったと。

 だが外出を禁じられるその理由も分からないではない、先ほど俺たちが助けられたときカガミが外で言っていた通りそれはナーガス王国の所在が他者に知られないためでもある。

 こんなに美しく豊かな国が悪人に目を付けられてしまっては平穏が乱されてしまうからな。

 それに魔物に襲われたり人間に捕まってしまう可能性だってある訳で。

 しかしこの女性は何者なのだろう? どことなくカガミに面影が似ているような気がするが、もしかして姉妹なのだろうか?

 まあそれはさておきそう言う事なら俺も命の恩人のカガミに対してひと肌脱がねばなるまい。


「済みません、ちょっといいですか?」


「何でしょうお客様?」


「俺はタクです、お姉さんはカガミさんが勝手に外出した事を咎めているようですがそれはどうか止めて頂けませんか? カガミさんがその外出をしたおかげで俺と俺の連れは命を助けられたのです……どうかここは俺に免じて許してあげてはもらえませんか?」


「………」


 暫し無言で考え込む女性。

 カガミがここまで恐れる女性だ、俺の意見に気分を害したらどうなってしまうのだろう? 取って食われる事は無いと信じたい。


「はぁ、仕方ありませんわね……偶然とはいえあなた方の無断外出が無ければお客様を救えなかったのも事実、今回だけは大目に見ましょう……」


 頭に手を当て首を力なく振りため息交じりに言葉を紡ぐ女性。


「やった、ありがとうタク……」


 背中越しのカガミの感謝の声が聞こえる。


「此度だけは本当に特別ですよ? 今後無断で外に出たら容赦しません……

 それにタク様、わたくしのような年増の子持ちを捕まえてお姉さんなどと呼んでも何も出ませんわよ?」


 頬をほのかに赤らめ嬉しさと恥ずかしさと嫌悪感がごちゃ混ぜになった微妙な表情をする女性。


「年増ってそれはいくら何でも……」


 謙遜するにも程がある、目の前の女性はどう見ても十代後半だというのに。

 しかも子持ちとは……そんな風には全然見えないのだが。


「お母様ったら年甲斐も無く照れてらっしゃるのね、ふふっ」


「これっ!! 母親をからかうものではありません!!」


 したり顔で女性をからかうカガミ。

 お母様と呼ばれた女性も憤慨したが先程までの迫力が鳴りを潜めていた。


「えっ……?」


 ちょっと待て、カガミは今なんて言った? お母様? お母様だと!?


「まさか、あなたは……いえ、あなた様は……?」


 そんな馬鹿な……どう見ても彼女はカガミより少し年上か同い年位に見えるぞ。

 しかもカガミの母親という事は、つまり彼女は……。


「お恥ずかしい所をお見せしましたねタク様……大変申し遅れました、わたくしはカガミの母にしてこの国の王、ミコトと申します」


 改めて俺に対して丁寧にお辞儀をするミコト。


「えっ……ええええええっ!?」


 やっぱり!! あのドラゴン、リュウジの娘!!

 後で知ったのだが、竜人は卵から孵化してから一日で人間でいう三歳児くらいまで成長し、一か月で成人するらしい……竜人にとって子供もいて三十歳という事は人間で換算するとかなりの高齢らしい、だからミコトは自分の事をへりくだり年増と言ったのだ。

 さすが異世界、こちらの常識が一切通用しない。

 変身魔法や変身能力はあって当たり前の世界、見た目で相手を判断するのは場合によっては命取りとなりかねない。


「タク様、折角ナーガスにお越しくださったのですからごゆるりとお過ごしくださいませ、これからも娘の事を宜しくお願いしますね」


 満面の笑みでそう言うとミコト様は軽く会釈をし去っていった。


「もう、お母様ったら……」


「まあ良かったじゃない、じゃあ俺はこれで」


 カガミに向け手を上げ俺も去ろうとした時だった、不意に左手の袖が引っ張られる感触がある。


「あの……タク様? これから城下の観光に出掛けるのでしょう?」


 上目遣いで頬を薄っすらと赤らめモジモジと身体を捩るカガミ。


「ああ、そのつもりだけど」


「あの……その……宜しければわたくしが……ご案内して差し上げましょうか?」


 言った途端カガミは顔から湯気が出そうな程赤面し俯いてしまう。

 一体どうしたのだろう?


「ああ……そうだね、その方が効率よく町を周れそうだ、お願いしても良いかな?」


「はい!! 是非!!」


 花が咲いたかのような満面の笑みを浮かべるカガミ。

 ふと視線を感じその方向に目をやると襖越しに顔半分だけを出しこちらを覗き見ているツルギとそしていつの間にかそこに居たタマの姿があった。

 彼女たちも頬を赤らめており目を爛々と輝かせている、タマに至っては口元がだらしなく緩んでいた。

 

「さあ早速参りましょう!! わたくしに付いて来てくださいな!!」


 俺の右手頸を掴むとカガミは勢い良く走り出す。

 彼女は少女の見掛けに反して想像以上に力が強かった、崖から落下する俺を抱き留められる程なのだそれもそうか、流石竜人といった所か。


「お供します!! カガミ様!!」


「しますわ!!」


 俺たちの後ろをツルギとタマも意気揚々とついて来るのだった。

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