第18話 小さな恋の物語 その4

 真一の家、ここで俺と美海は真一の帰りを待っていた。


 真一の弟、妹たちと俺は夏休みから何度も会っていて顔見知りだし、それなりに仲も良い。


 しかし、美海は初対面、どころか真一の家に行くのも初めてなのでかなり緊張しているみたいだった。


 真一の妹たちも最初興味津々に美海を質問攻めに合わせていたがそれにも慣れてきたのか今は下の妹の陽美“ハルミ”ちゃんと仲良く遊んでいるようだ。


 「誠君、女の子に興味あったんですね。」


 そう言うのは真一の上の妹の日和“ヒヨリ”ちゃんだ。


 「いや、普通の事でしょ。男の子に興味ないよ。」


 そう言うと日和ちゃんはつーんとそっぽを向く。


 日和ちゃんは中学2年生ながらなかなかにませている。可愛らしいと言えば可愛らしいが、時折何を考えているのかわからない時がある。


 「あ、そろそろ夕ご飯作るね!」


 陽美ちゃんと遊んでいた美海はそう言うと台所に向かう。


 「いえ、良いですよ、お客さんにそこまでさせたら…」


 日和ちゃんは慌てて台所に向かう。


 「いいよお。ちゃんと真一君に言付かってきてるんだから。そうだ!日和ちゃん、一緒にお料理しよっか。」


 「良いんですか?私やるのに…」


 「良いの。二人で作った方が楽しいし、きっとおいしいの出来るよ。」


 そういうと美海と日和ちゃんは二人で夕食の準備にかかる。


 「それにしても、兄から頼まれたんですか?珍しいこともありますね。」


 日和ちゃんは意外そうな声を出す。


 「どうして?」


 言葉の意味を理解しかねた美海が彼女に問い直す。


 「いや、誠君に私たちの面倒見るように頼んだ時も思ったんですけど、兄が友達にものを頼むってかなり珍しいというか、ほら、兄ってそういうの苦手なタイプだと思ってたんで。」


 「あぁー、確かに真一君、そういうところあるかもねー。」


 美海は合点がいったのか頷きながら同意する。


 「まぁ、俺らも真一の事頼ること結構あるからなぁ。」


 台所に向かい話しかける。


 「なんか、部活に入ってから、兄もかなり変わってきましたからねぇ。」


 彼女は思い出に浸るように話す。


 「昔っから兄は引っ込み思案で、遊びも女の子のするような遊びばっかり。趣味も料理や手芸とか、女の子がしそうなものばっかりで、あんな顔してるくせに全然似合わないじゃないですかぁ。」


 あははとごまかす様に笑いながら彼女は言う。


 「それが、アルバイトなんて似合わないこと始めるし、この前だって痣だらけで帰ってきたし、なんか、変わったなぁって。」


 そういう彼女の瞳はどこか寂しそうな雰囲気を漂わせていた。


「そうなんだね。真一君、部活でもすっごく頼りになるよ。」


 そんな彼女を慰めるように美海が言う。


 「それに、真一は優しいからな。真一がなんで女の子の遊びばっかりしてたか知ってる?」


 そう問うと彼女は不思議そうな顔をする。


 「そんなの兄の性格じゃないんですか?そういうのが好きというか。」


 「違うよ。真一が女の子の遊びばっかりしてたのは日和ちゃんの為だよ。」


 俺の言葉に彼女は驚く。


 「私のためですか?」


 「昔、真一から聞いたんだけどね、日和ちゃんが小さい頃から親御さん、共働きだったでしょ?だから、真一は日和ちゃんが寂しがらないようにって、それで女の子の遊びばっかりしてたんだ。


 料理もそうだよ。みんなにちょっとでも美味しいもの食べて欲しいからって。手芸も、兄弟が多いからって、お古使わせるのが嫌だって覚えたんだ。あいつはすごい奴だよ。」


 日和ちゃんは言葉を発することなく、俺の話に聞き入っていた。


 「そうですか。兄らしいですね。」


ポツリとそう言った後、目元を拭う彼女はそんな健気な兄に薄々気が付いていたのかもしれない。


 「でも、昔聞いたって、兄と知り合ったの高校に入ってからですよね?」


 ふと思い出したかのように彼女は言う。


 「いや、そう、部活初めてすぐぐらいだったかな。」


 失言を慌てて言い繕う。まさか、彼女に本当の事を言うわけにもいくまい。そのことを俺に言ったのは今の真一でさえ知らないのだから。


 献立はカレーだった。食べ終わった後、弟の優斗“ユウト”君が寂しそうに言う。


 「兄ちゃん、まだ帰ってこないのかなぁ。」


 彼はかなりのお兄ちゃん子だ。真一も男兄弟は彼だけなのでかなり溺愛している。


 「ちょっと遅いね。もう少ししたら帰ってくるよ。」


 そう言うとまだ小さい彼は日和ちゃんにしがみ付く。まだ幼い彼はもう眠たいらしい。


 「私、優斗寝かせてきます。」


 そう言って日和ちゃんは今を出ていく。


 「美海、時間大丈夫?」


 「うん、お姉ちゃんにもちゃんと言ってあるし、大丈夫だよ。それにしても真一、遅いね。」


 美海も心配そうにしている。


 すると玄関から扉を開ける音がする。


 「お兄ちゃんかな!」


 そう言いながら陽美ちゃんは玄関に駆けていく。


 「誠、ごめん。」


 帰ってきた真一は俺の顔を見るなり頭を下げる。


 「いや、別に時間の事なら気にしなくていいよ。弟が心配してたからそっち気にしてやってくれ。」


 そう言うと真一は顔をふるふると左右に振る。


 「違う。別の事。」


 どうやら帰宅時間が遅れたことを謝っていたわけではないようだ。しかし、他に真一から謝られることの心当たりがない。


 「なんかあったの?」


 「実は…」


 真一からゆっくりと話を聞く。どうやら、俺と真一が今度の練武展にて勝負をする流れになっているらしい。


 「勝手に決めて本当にごめん。」


 真一は何度目かになる謝罪を俺に告げる。


 「いや、別に怒ってないって。しかし、練武展かぁ。どんなだったかな。」


 記憶を辿り練武展に付いて思い出す。しかし、おそらく前回の俺はその行事を避けていたのだろう。ついぞ思い出すことはなかった。


 「誠、覚えてないの?」


 美海が不思議そうな顔で尋ねる。


 「多分、バイトかなんか理由にして行かなかったんだと思う。全然記憶にない。」


 俺のふがいない記憶に美海と真一は肩を落とす。


 「でも、真一が誠と勝負って大丈夫なの?」


 美海は文化祭の俺の大暴れを見ているので不安があるのだろう。


 「明日から、太田君に稽古つけてもらう。つもり。」


 真一は自身無げに言う。しかしなるほど、志信と特訓か。悪くはないのかもしない。


 「俺からも頼んどくよ。参加の事も頼まなきゃいけないんだろ?」


 俺の提案に、真一は頭をまた下げ請う。


 「兄貴、何かするの?」


 声の方を見やると優斗君を寝かしつけてきたのであろう日和ちゃんが心配そうな眼差しを向けていた。


 「ほんと、兄貴、変わったよね。」


 もろもろの事情を説明すると彼女はそれだけ短く呟いた。


 帰り道、美海を家まで送っていると美海は心配そうに言う。


 「本当に大丈夫?」


 多分、この大丈夫は俺の事だろう。人を殴ると涙が出る。辛くなってしまうのだ。それが俺が空手を辞めた原因でもある。


 「うーん、はっきりはわかんないけど、多分大丈夫だと思う。なんか、そんな気がする。」


 俺の言葉の意味が美海にも伝わるものがあったのだろう。美海はそれ以上聞いてくることはなかった。


 翌日、志信に練武展への参加のお願いと真一の特訓の願いを申し出る。意外な事に志信からは即答での許可が出た。一年生が独断で決めていいほど融通の利く部活だったのかと驚く。


 「それにしても、また誠の組手が見られるなんて楽しみだな。」


 志信は心底楽しみといったように肩を弾ませながら言う。


 「志信から見て、どう思う?真一、一週間でどこまでやれそう?」


 俺の見立てでは正直、厳しく思っている。一ヶ月である程度の技術を仕込んだところで身体作りまでは到底不可能だ。


いくら真一が体格的に有利があったとしても、格闘技をするための筋力や、しなやかさは一朝一夕ではどうにもならない。


 「真一君には申し訳ないけど、まず100%勝てないだろうね。それでも、一撃くらい誠に痛い思いしてもらえるように鍛えるつもりだよ。」


 志信も結果に対しては俺と同じ意見のようだが、勝敗とは別の部分には自信満々といった感じで軽く言う。


 「それじゃ、真一のこと、よろしく頼むな。かなり本気みたいだからさ。」


 「うん、まかせて!」


 志信と俺の通っていた道場の特訓の厳しさを思えば、真一にとって地獄の一ヶ月という事になりそうだった。


 放課後になり、部室に行く。真一はもちろん空手部に行っているのでいない。


 しかし、部室の中に流れる空気に違和感を覚える。


 琴美の様子が変だった。というよりあからさまに元気がない。思いつめたその表情は春先の琴美の自室、そこに引きこもっていた当時の彼女のようである。


 その様子は声を掛けることも躊躇うほどで、少し様子を伺うことにして、優子に耳打ちで尋ねる。


 「なんか琴美元気ないけど、昨日、なんかあったの?」


 「ううん、ファミレスで真一の相談聞いて、その後普通に別れたよ。何も元気がなくなるようなことはなかったと思うんだけど…」


 という事はその後か、今日の学校で何かあったという事か。本人に確認するのが一番なのだろうが、やはりどうにも話しかけづらい。


 「どうしたの?元気ないよ。お腹痛いの?」


 霧崎先輩は心配そうに琴美に話しかける。こういう時、ある程度天然の先輩は心強い。


 「ううん、大丈夫。ごめんね、考え事してた。」


 そう言い、笑顔を見せる琴美。嘘だ。そんなもの、俺でなくても、というよりこの場にいる全員がわかることだ。


しかし、彼女の無理に作った笑顔がそれ以上の追及を拒否しているようでどうにも踏み込めずにいた。


 すると、今まで様子を見ていた美海が彼女の隣に座る。


 「みんな琴美の事心配してるんだよ。琴美の問題は私たちみんなの問題なんだよ。だから、今は話せなくても、ちゃんと相談してね。」


 「うん。ありがとう。」


 美海の優しく諭すような言い方に琴美は短く礼を述べる。


 結局、琴美はそのあとすぐに帰ってしまった。

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