野林緑里様、「花を咲かせよう」

元の作品はこちら

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894586962


彼は何もかも失った。

住み慣れた家、一緒に住んでいた家族、通っていた学校、その学校の友達。

そのすべてが消えた。


あるのは原形を留めない何かの塊。

日常の砕けた瓦礫だらけの街。

その中で蠢くものは、人間たちの成れの果てか。


それは突然起こった。

空に無数の飛行物体が浮かび、中から巨大な人型の化け物が現れる。

彼の生まれ育った街は戦火に包まれた。


気が付いた時には街は破壊し尽くされ、周りには誰もいなくなっていた。

どんなに探しても、彼の知る存在は何処にもいなかった。


呻き声が響く。

多くの人が彷徨い、何かを探していた。

その中で彼は茫然と周囲を見渡す。

そして、同じように歩き出すのだ。

至る所が痛み苦痛に顔を歪める。

喉が焼けたのか、呼吸をするたびに擦れた声が出た。


何処へ行けばいいのか。

何処を探せば大切な人に逢えるのか。

彼だけではなく皆同じことを思っているはずだ。

足が止まり、跪いた彼は一点を見つめたまま動かなくなった。


次に彼が目を覚ましたのはベッドの並ぶテントの一角だ。


「大丈夫かい」


声を掛けられ目に入ったのは軍服を着た人だった。

体を起こし奥を見る。

体中に包帯を巻いた人が呻き、治療に当たっている人が忙しなく行き来していた。

ベッドは足らず、床にも怪我をした人が横たわっている。

その光景を見ていた彼の前に水が差しだされる。


「少し休んでいくといい」


軍服の人はそう言うとテントから出て行った。

冷えていない水だったが、彼は一気にそれを飲み干した。

そして、怪我人に押されるようにしてテントを後にする。

テントが立ち並ぶ中、あてもなく彼は歩いた。


「くそっ。奇襲するなんて人間のすることじゃない」


彼は声の聞こえてきたテントの隙間から中を窺った。

軍人たちが口々に不満を口にしていた。


「やつらのやり方はえげつない。問答無用だ」

「なにが平和だ。ただの虐殺じゃないか」


軍人たちはラジオに声を荒げているのだ。

ラジオから流れてくる声は彼も良く知る声だった。

この国の国家元首だ。


『我らは断じて、このような卑劣なやり方に屈しない』


敵を弾圧する声が続く。

彼はその遺志に背くように止めていた足を動かした。


いつから人類はまた戦争を始めたのか。

その問いの答えを彼は知らない。

彼が生まれた頃には地球圏全てが戦争をしていたからだ。

宇宙開発が進み、空の向こう側にはコロニーと呼ばれる居住衛星までもある時代になっても、人類は戦争を続けていた。

何時からなのか、いつ終わるのか。

その答えを知る者はいないだろう。


脇をすり抜けていく人を何気なく目で追いかけた彼は、その先に巨大な人型ロボットが置かれていたのを知る。

このロボットも兵器として使われるのだろう。

宇宙開発の作業用として使われていたロボットは、何時から兵器になってしまったのか。


「火種をまき散らしやがって」

「また大規模な戦争になる」

「どれくらい拡散すれば気が済むんだ」


大人たちが会話する横を彼は通り過ぎる。


やがて子供の姿が見えた。

少女とそれより幼い子供たち。

どの子も服は破け穴が開き、黒く汚れていた。

そして、あちこちに包帯が巻かれている。

ここで手当てしてもらったのだろう。


その子らが腰を下ろし、何かをしていた。

彼は気になり覗き見ると、手で土を掘っている所だった。


「何をしているんだ?」


彼の声に子供たちが振り返る。

一番小さな子が彼に近づくと腕を突き出し、握りしめていた手を広げる。

泥だらけの包帯に巻かれたその小さな手の中には、二粒の種があった。

何の種なのかは分からない。

子供の手に大事そうに握られていたのだ。


「植えるんだよ」


その子は無邪気な笑みを見せ、輪の中へと戻っていった。

彼は静かに子供たちが種を植えるのを見ていた。


今はテントが立ち並んでいるが、かつては学校があった場所。

枠組みがかろうじて残るここが花壇であったことを彼も覚えていた。


「種を植えても、咲かないかもしれない」


彼が言うと、少女の手が止まる。


「大丈夫。花は咲くわ。いままでだってそうだった。どんなに激しい戦火に巻き込まれても、必ず花が咲いたわ」


種を蒔き土を被せた少女は立ち上がると彼を向いた。


「だから、蒔くわ。何度でも何度でも」


少女の焼け焦げた長い髪が靡く。


「いつか戦争の火種ではなく、美しい花を咲かせる種が溢れていくように。私たちはそれを祈り続けるの」


誰もが血を流す事のない本当の平和。

燃やされることなく美しく咲き誇る花。

そんな時代が来るのか。

彼の視線は自然と少女に注がれていた。


「あなたも植えてみる?」


少女は彼の手を取ると掌に種を置く。

彼はその種をしばらく見つめていた。


そして、願いを込める様に強く握りしめると、子供たちの輪の中へ近づいて行った。

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