【イベント企画】書き換えられた自分の話を読みたい方へ

空閑漆

lager様、「紙とペンと暴君」

元の作品はこちら

https://kakuyomu.jp/works/1177354054888845647


広大な大地を埋め尽くす樹林は、今まで見て来たどの木よりも太く立派だった。

限界を知らぬほど空へと伸びた枝葉が揺れ、花見から青く甘い特有の匂いが漂う。


実験は成功だ。


噎せ返る熱気に汗が噴きだし、呼吸の度に胸が痛む。

酸素が濃いのだ。

聞いたことのない生き物の声や、地響きが私に現実を告げる。

私は白亜紀後期の地球にいた。


実験は成功だ。

しかし、間違えていた。


私たちを運んできた『方舟』は中央から折れ、流れ出たどす黒い油が地面に染みを作る。

この時代に降り立つ直前、私たちは謎の電磁波に襲われた。

計器は乱れ狂い『方舟』は制御を失う。

回復を図る私たちの前で、あらゆる電子機器が沈黙した。

それは流れに逆らう私たちを拒絶する何者かの意志なのか。

私たちはこの時代に有ってはならない存在なのか。

成す術もなく私たちは船外に放り出された。


それでも私は記録しなければならない。

憧れだったのだ。

絵本や3DCGでしか見た事の無かった存在の中に私はいるのだ。

デバイスは壊れ、映像はおろか音声すら残せない。

技術が優れようとも頼れるのはこれか。

私は紙とペンを取り出す。


感動させるほどではないにしても私に少しでも絵心があれば……。

今更悔やんでも仕方ない。

なるべく事細やかに言葉でもって記すのだ。


私たちを見つけたそれは、ただただ大きかった。

計器が壊れた今、明確には分からないが、かつてサウスダコダ州で発見された『Sue』よりも大きいことは間違いない。

全長が見通せないほど近くに来たそれは、首を傾げる。

近年の研究では非常に優れた感覚器を備えており、視神経も発達していたと考えられていたが、やはり眼球の回旋には限界があるのだ。

鳥と同じく下方視には首の向きを変えるしかない。


鳥。そう、羽毛がある。

体表を覆うオリーブグリーンの羽毛、首周りは毛足が長く艶のあるターコイズ。

胸から下肢に掛けてはほとんど毛が無く、皮膚がむき出しになっている部分はエレファントスキンを纏っているかのように罅割れていた。

突き出された前肢は小さく、鋭く尖った爪が二本。

対して後肢は大きく、踏みしめた足が地面に深く沈みこんでいる。

大地を捕らえる足爪は、大人がやっと跨がれるほどの大きさだ。


腥い息が私に降りかかる。

それは熱気に包まれていようとも、温度の違いが分かるほど熱かった。

やはり体温は相当に高い。

彼らの恒温・変温論争に、大きな一石を投じることができるだろう。

鼻腔が時折開閉していた。


牙は刀剣のように鋭く、否応なく恐怖を呼び起こさせた。

特徴駅なD型の門歯に肉片が挟まっているのが見え、思い出したように血の匂いが香った。

オメガの時計を付けたあれはジェシー腕だ。


かつて流行した恐竜映画に対し、彼らほど大きな肉食動物が人間サイズの獲物を捕食するだろうかというイチャモンがつけられた。

あの映画の内容が、少なくともその一点に関しては正しかったことが証明された。


アンティックゴールドの瞳で私を見下ろしている、彼は暴君竜の王。

ティラノサウルス・レックス。


私の足は潰れ、すでに感覚すらなくなっていた。

視線が交わり、それは熱い息へと代わる。


友よ。

出発前に貰ったこのタイムカプセル。

一万年の経年劣化にも耐えるんだったな。

その七千倍ほど持ってくれと望むのは無謀な願いだろうか。


もっと繊細に彼の姿を描きたかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る