05●無理押しリンドバーグ方式で攻めたハリマン氏、そして二人のルナ・シティ。
05●無理押しリンドバーグ方式で攻めたハリマン氏、そして二人のルナ・シティ。
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ところで、クラークとハインラインの月世界到達レース、どちらが勝利したのでしょうか?
『宇宙への序曲』と『月を売った男』を読み比べて、私たち読者が自分で判断するしかありませんが、月面一番乗りへの執念、という点では、ハリマン氏の執着心が一歩先んじたのではないかと思われます。
と言うのは……
ハリマン氏は月宇宙船を二隻、並行して建造していたからです。
一隻は本命のサンタマリア号。地上カタパルト(マスドライバー)で打ち上げる単段式の原子力ロケットで、おそらく滑空用の翼を持ち、スペースシャトルのように何度も再利用できる丈夫な船体です。
もう一隻はパイオニア号。こちらは発射台から垂直発射する多段式の化学燃料ロケットです。船体最下部の一段目から三段目は使い捨てで、四段目の月宇宙船モジュールを軌道上へ運び上げるものでした。
これ、アポロ宇宙船を軌道上へ運んだサターンV型と同じ考え方です。これも一段目から三段目は使い捨て方式でした。ハインラインの着想の通りですね。
そこでハリマン氏を悩ませたのは、第一に本命のサンタマリア号に必要不可欠な特殊原子燃料をどうやって調達するか、そして第二に、その船体を打ち上げる地上カタパルトを建設する費用と時間でした。
前途には次々と高いハードルが立ちはだかり、何よりも時間が切迫します。
スタッフたちと激論の末、ハリマンは本命であったサンタマリア号の打上げを中止して、ダークホースのパイオニア号を出馬させると決断します。
パイオニア号はさまざまな人道的あるいは法的規制によって安全装置を追加したため重量超過に陥っていました。そこで設計者は船体最下部の外周に腹巻状のブースターを追加して推力を確保、そして最上段の月宇宙船から、余分な積み荷や装置を徹底的に取り外すことで、月への往還を可能にします。【デ295-298、308-327】
かつてチャールズ・リンドバーグが大西洋単独横断飛行に挑んだ時のように、無理押しともとれる大胆な賭けに出たわけです。安全性の低下には目をつぶり、とにかく体力自慢の誰かが月へ飛んで、その地面にタッチしてすぐさま帰ってくることができればいいのだ……と。
※チラリとですが、本文でリンドバークにも言及されています。【デ372】
掛け金を本命に張るのをやめて、ハリマン氏は穴馬のパイオニア号に全財産を投じたわけですね。まさに乾坤一擲の大勝負だったと思われます。
ハリマン氏の大博打がどのような結末を迎えたのか、そのことがハリマン自身の人生をどのように変えてしまったのかは、『月を売った男』と『鎮魂曲』の本編をお読みいただければと存じます。
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月面到達プロジェクトの実現に要する“時間という要素”では、おそらくクラークの『宇宙への序曲』の方が合理的な近道を歩んでいたと言えるでしょう。
というのは、事業主体の非営利組織インタープラネタリーは、月ロケット打ち上げ場所としてオーストラリアを選んだのですが、そこには1947年から英国政府が建設したロケット打ち上げ基地があり、その施設や資材を利用できるという魅力的なメリットがあったからです。インタープラネタリーは議員工作も行い、独自の政治力を獲得していました。【宇59-70】
そして月宇宙船プロメテウス号は、現地オーストラリアで三年がかりで組み立てられました。【宇9】
かたや『月を売った男』では、山塊の地下に発射カタパルトを建設するとしたら十年かかるという見積もりが出されます。【デ297】
そこで地下でなく、山の斜面に地上型カタパルトを建設することになりますが、おそらくそれだけで数年はかかると思われます。しかもハリマン氏は宇宙船の建造とその燃料調達も同時に、しかも自力で進めなくてはなりません。
もしもハリマン氏がインタープラネタリーと競争していたら、相当な焦りを感じたことでしょう。インタープラネタリーは科学者集団であり、政治の世界にも食い込んでいます。新型ロケットの開発力、そして政府の施設をちゃっかり借用する交渉力では、ハリマン氏の宇宙航路会社(スペースウェイズ・インク)をはるかに上回っていると思われます。
ただし、ハリマン氏の強みは、短期的な資金調達力と、ワンマン経営ゆえの意思決定の早さ。
そこでハリマン氏は、思い切った奇策に出たのであろうと思われます。
先に申し上げたように、カタパルト施設の建設を後回しにし、垂直発射式の多段式ロケット、パイオニア号に全資金と全経営エネルギーを集中させたわけです。
両者の月面到達レース、さて結果はいかに……
少し脚色すれば、そのままアニメになりそうですね。
主人公には、両者からスカウトされる凄腕の美少女パイロットなど、いかがかと。
モデルは“フライング・スクールガール”と称された可憐な飛行家、キャサリン・スティンソン嬢(1891-1977)なんか、好みですね。
彼女を待ち受けるのは放射能一杯で真空管満載の原子力ロケットか、急ごしらえで安全装備を取っ払った化学燃料ロケット、いずれにしてもデンジャラスなシロモノではあります。
想像してみると、なんだかワクワクしてくるのですが……。
え、書いてみたくなるようなお話ですね。
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●“ルナ・シティ”の名称の一致と所在地の微妙な不一致
『宇宙への序曲』と『月を売った男』には、共通する地名が出てきます。
ルナ・シティ。
月といえばルナ・シティというほどに、その後のあまたの月世界SFに登場する、ポピュラーな架空都市名です。
ただしクラークの『宇宙への序曲』では、ルナ・シティとは地球上の地名で、月宇宙船の打ち上げ場を含む、ひとつの街と言えるほど拡大した宇宙基地の施設全体を指しています。今でいう、ロシアの宇宙開発施設が集まったスターシティ(星の街)といったところ。
英国的な解釈をすれば、人類が月へと船出する港町ということですね。『宝島』のジム・ホーキンスが船出する母港ブリストルのようなものです。
名称はルナ・シティでも、クラークのルナ・シティは、月へのゲートシティということであって、月へ渡った人々がいつの日か懐かしく振り返る故郷……という意味合いも込められているのでしょう。
かわってハインラインの『月を売った男』では、ルナ・シティとは文字通り月面に建設される地球人の植民都市のことです。
このあたり、アメリカ人らしい開拓者精神というか、西部の開拓地に勝手に街を作って名前をつけるようなものですね。
月に行く前から主人公のハリマン氏はルナ・シティの初代市長になると宣言し、街の真ん中にはハリマン広場をつくると決めてしまいます。【デ329-330】
まったく、先住民が一人もいないからいいものの、月の裏側にでもネイティブ
ちなみにブラッドベリの『火星年代記』では、いないはずの火星人がじつはいたりして、いろいろ面倒なことになっています。
同じ名称のルナ・シティでも、英国のクラークと米国のハインラインでは、それぞれ性格が異なっていて、お国柄も現れているのでしょう。
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クラークとハインラインが著した、そのほかの作品にも通じることですが、お二方の作品はそれぞれ、主語が異なっているように思います。
クラークの作品の主語は、“人類”です。大宇宙の何者かに対して、人類はいかにあるべきか、そして、何をなすべきなのか……そういった、汎地球的な視点で月を、銀河を、全宇宙をとらえようとしていると感じます。
『2001年宇宙の旅』がその代表例ですね。『幼年期の終わり』『楽園の泉』『宇宙のランデヴー』のいずれも、主人公個人というよりは“人類”の行く末を考えさせられる傑作です。
ハインラインの作品の主語は“自分”です。社会に対して、未来に対して、宇宙に対して、あるいは恋人に対して、自分はどうありたいか、何をしたいのか……そういった、個人の自由な意志で月を、銀河を、全宇宙をとらえようとしていると感じます。
『宇宙の戦士』はもちろん、たとえば『夏への扉』『銀河市民』や『月は無慈悲な夜の女王』もみな突き詰めれば個人の生き様を問う物語です。
“一人の人間”が否応なく“全世界”に対峙する姿を描いた『ダブル・スター(太陽系帝国の危機)』(1956)はとりわけ傑作かと。
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このように個性がくっきりと異なる巨匠の作品が二十世紀のSFを彩ったことは、幸せなことと受け止めるべきか、それとも?……ですね。
二十一世紀のSF、意外と小粒化してやいませんか?
1950年頃、世界は朝鮮戦争に直面し、その後の米ソ冷戦は常に核戦争の危機をはらみ、文明に暗雲をもたらし続けました。
しかし当時の人々がイメージする二十一世紀は、ある意味楽天的な薔薇色のユートピアでした。地獄の第二次世界大戦をやっとのことで終わらせ、何としても世界に平和をもたらしたいと、多くの人々が願った結果でしょう。
その夢があっさりと崩れ去ってしまったことを、二十一世紀の私たちは痛感しています。
夢から醒め、うんざりした幻滅の只中に、新型コロナウイルスの疫病だけが、まるでB級の終末SFのように襲い掛かってきました。
いずれ後世の未来人が、“コロナ文学”とか“コロナSF”とか呼ぶようになるかもしれない文化の一ジャンルがこの数年で創り出されるかもしれません。
それはともかく……
日々陰鬱化する世界をしばし離れて、70年前の過去に舞い戻り、未来をおもしろく、明るく、すばらしいものととらえていたSF作家たちの作品をじっくり賞味し直してみるのも、また一興かもしれませんね。
ええ、ヴィンテージの梅酒をロックで味わうように。
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