Epilogue─白光─


 それでは、とうながされると壁に貼り出された三本の作品名にグランプリは赤いバラ、準大賞の場合は黄色のバラがつけられる。


 固唾をのんだ。


「まずは準大賞」


 係員が黄色のバラを手にした。


「…あっ!!」


 思わず澪が声をあげた。


「準大賞『夢と知りせば』、長内藤子」


 作品名の脇に、黄色のバラが咲いていた。


 ややしばらく沈黙があって、落胆のため息と同時に、少しづつ拍手がおこった。


「スゴイね…藤子ちゃん準大賞だって」


 千波はなぜか涙を流していた。


 もうこうなると、他の結果はどうでも良かったらしく、


「とりあえず、藤子にLINEつないでみる」


 澪は藤子にメッセージを送信した。



 少し間があって、藤子から返信があった。


「…死にたくなるぐらい悔しいけど、これが最後じゃないから、また頑張ってみるよ」


 何か絞り出すような、様々な思いが渦巻いて綯い交ざったようなメッセージである。


「藤子が悔しがるなんて珍しいけど、よっぽど本気で書いたんだろうな…」


 澪はメッセージに「国立は?」と返した。


 今度はすぐ返事が来た。


「もちろん行くよ!」


 澪は「じゃあ、シリアルナンバー3番空けて待ってる」と返した。


 藤子は、


「ありがと。ほんとにありがとう」


 何となくメッセージの向こう側で、藤子が泣いているような気がした。



 京都の藤子は、寝るときと入浴以外まず外すことのないメガネを、ソファに軽く投げ出した。


 手近にあったクッションに顔を埋めた。


 声の限りにいた。


 しかしそれを誰にも悟られまいとして、返信だけはいいことだけを、わざとことさらに明るく振る舞って書いている。


 自分でもこんなに泣くことがあるのかというぐらい泣き、やがてスッキリしたのか、


「…さ、書かなきゃ」


 パソコン用とは別の机で何やらメモを書いて、


「まずはプロット作ろ」


 独り言をもらしながら、ペンを走らせていた。



 クリスマスの朝、藤子は京都駅から新幹線に乗って東京まで出ると、昼過ぎには国立競技場の関係者用の入口で入構証を提示して中へ入った。


 移動中、街はあちこちにツリーが飾られ、カップルがしあわせそうに闊歩し、タクシーのラジオからは『アイドル部のクリスマスソング』が流れてきた。


「今日アイドル部のライブだから、国立競技場のあたり混むらしいですよ」


 運転手は語った。


 すでに今朝から現役メンバーや卒業生は、集まってリハーサルや、フォーメーションのチェックを始めている。


「あ、藤子久しぶり!」


 まず藤子を見つけたのは唯である。


「京都じゃしょっちゅう会ってるのにねぇ」


 道内組もさっき着いた、と唯は楽屋となっている待機スペースに藤子を案内した。


「藤子ちゃんが来たよー!」


 唯の声に一斉に溜まりはざわめき始めた。


「藤子ちゃんって、ホンマにこの世にいてるんや」


 翔子の毒舌に藤子は「たまに来ないとそう言われるから来た」と返した。



 すでに着替えていたのは、みな穂である。


「みな穂が着るとセクシーになるね」


「少しだけサイズが小さいみたいで…」


 それでも着ると、身体のラインが綺麗に出て、却って大人っぽいみな穂らしい着こなしになる。


 藤子は意外とみな穂が、出るところは出て、くびれているところはくびれている、スタイルのハッキリした姿であることに、初めて気がついた。


「私のこと、みんな分かるかな?」


「こないだネットで授賞式見たから知ってるよ」


 日曜日に開かれた授賞式で、


「今回は準大賞に選んでいただきまして、これからはグランプリを目指せということだと、神様から与えられた宿題のようなものかなと思っていますので、もっと書いていきたいと思います」


 と述べているのだが、


「悔しさを出さないところが藤子ちゃんだよね」


 みな穂は薄々感づいていたのに、敢えて深くは触れなかった。


「藤子ちゃんのはこれね」


 例のユニフォーム風衣装の背番号は、藤子がつけていた3番であった。


「これが私の始まりだったんだよなぁ」


 藤子は着替えに向かった。



 着替えが終わると、現役メンバーがいる楽屋へ挨拶に向かう。


「失礼しまーす」


 第二期卒業生の長内藤子です、と名乗ると楽屋は騒ぎになったが、


「部長の鳴瀬里菜です」


 里菜が挨拶した。


「私のこと…分からないよね」


「藤子先輩、準大賞おめでとうございます!」


 全員から祝福を受けた。


 とにかく関係者が多いので、次々挨拶をして回ってゆくと、


「久しぶりやの!」


 振り返ると清正がいた。


「先生、辞めちゃうんですか?」


「来年度から、総監督兼任で副学院長や」


 めんどくさいことやらされることなったわ、と清正はボヤいた。


「先生は、アイドルって好きなんですか?」


 藤子は気になっていたことを訊いてみた。


「…自分じゃなんとも思っとらなんだけど、嫌いではなかったんやろな」


 清正は照れ笑いを浮かべた。


「アイドルなんてのは、壊そうと思えば隙間だらけで他愛のないもんや。せやけど作り上げてゆこうと思えば、さまざまな労力と、犠牲と、熱情がないとあかんから手間かかる訳で、自分から苦労したい人でないと、アイドルとして人をスマイルになんかでけへんのとちゃうかな」


 こんな手間のかかるもんはないでぇ、と清正はおどけてから、目線を遠くへ投げ遣った。




 そのあとも藤子は優海や千波、リハーサル戻りのののかに会った。


 目で澪を探していた。


「あ、藤子いた!」


 駆け寄ってハグをしてきたのは澪である。


「こないだはグランプリ惜しかったね…」


「でもあれ、グランプリ取ると一発屋で消えるって言われてさ」


 実際のところ、創設されてから活躍できているのは準大賞か最終ノミネートあたりで、グランプリになると一年程度で消えてゆくことのほうが多い。


「じゃあ、藤子はしばらく消えたりなんかしないね」


 澪は冗談を飛ばした。


「私は先生から部を受け継ぐけど、はじめに同好会から作った人間だから、きっとずっとアイドル部に関わるのかなって」


「それこそ澪ちゃんが消えないようにしなきゃならないじゃん」


「それもそうだね」


 変わらない様子で二人は笑いあい語り合った。


 開演前の僅かな時間、雑談をしたり振り付けの確認をしたり、リラ祭のライブの前と変わらないであろう過ごし方をした。




 本番まであと数分となった。


 里菜を中心に、卒業生メンバーも含めてかなりの数の円陣となった。


「ライラック女学院アイドル部、行くぞーっ!!」


「おぉーっ!!」


 一声気合いを入れ、バックヤードから通路まで歩いた。


 ピッチは隧道の出口のように眩しい。


「…ひまりちゃん、来たよ」


 ひかるはつぶやいた。


 るなは、感極まっていたのか始まる前から泣いていた。


「オープニングから泣いてどないすんねん」


 翔子が軽く頭を小突く。


「さぁ、行くよ!」


 部長の里菜を先頭に、めいめいの衣装を身にまとったメンバーと卒業生たちは、カクテルライトに眩しく白く照らされた芝生のピッチを目指して、一斉に駆け出した。




(完)

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