湘南


 茅ヶ崎の海岸通に面したホテルが、合宿の宿舎である。


 大学の講義の合間を縫うように、ののかも姿を見せるので不安もなく、至って順調に調整が始まった。


 合宿開始から五日目の夜、宿舎のホテルに電話が入った。


「ライラック女学院高等部の長内藤子さまへお電話です」


 一同訝ったが、藤子自身と、長谷川マネージャーだけは薄々気づいていた。


「アカシア出版編集部編集長、星さとみといいます」


 弊社の月間青少年文学誌・エメラルドスターに掲載されましたのでお知らせします、との由であった。


 メンバーは仰天した。


 いや、仰天したというレベルでは済まされない騒ぎとなった。


「藤子ちゃん、小説書いてたの?」


「うん…ライトノベルみたいのだけどね」


 唯だけは驚かなかった。


「昔から空想とか物語とか好きだったもんね」


 でも夢を叶えるとは思わなかった、と唯は言った。



 さらに、と長谷川マネージャーは、


「アカシア出版青年文学新人賞の最終選考にノミネートされました!」


 最優秀新人賞発表の日程を聞いて、さらに驚いた。


 ハマスタの全国大会と同日なのである。


 しかし藤子は平静で、


「大丈夫、私は全国大会に出るから」


 間違いでなければ夕方の六時ぐらいに発表がある。


「あの段ボール箱の中身、使えたんですね」


 ありがとうございます、と藤子は小声で、長谷川マネージャーにお辞儀をした。


「でもこれで勢いついたかも」


「いやマヤちゃん、少し落ち着こ」


 マヤをすみれがたしなめた。



 私もすみれちゃんと同じ意見かも、と藤子は言う。


「だって私にしたって最優秀新人賞じゃないし、アイドル部にしたってまだ本戦前だし。いちばん油断したらいけない時期なんだよ」


 唯は深くうなずいてから、


「やっぱりシッカリしてるわ、幼稚園から知ってるけど」


 思わず笑ってしまった。


「それに、もし両方ダメなら糠喜びなんだよ? 私は悪いけど、両方取るつもりで臨んでるよ」


 珍しく藤子が強気なことを言ったので、


「熱ない? 大丈夫?」


 思わず唯が藤子の額に手を当てた。



 藤子の存在はかなり大きかったようで、のちにしばらく経って、みな穂がアイドル部の主力を担うようになった際、


「私には藤子ちゃんという手本があったから、多少のことがあっても何の心配もなく対処できた」


 と他日、人に語っている。


 だいたい曲のパフォーマンスも固まって、明日は本戦という前夜、ののかも加わって最後のミーティングが始まった。


「泣いても笑ってもこれが集大成だから、みんないい顔してパフォーマンスしよう」


 唯は言った。


「私みたいにあんまり部長らしいことを出来てない部長でも、みんながいたからここまで来ることが出来たし、やっぱり仲間って信じるものだなって」


 この日合流した翠もいる。


「翠ちゃんだって、メインのメンバーではないけど、あなたにはあなたにしか出来ない役割がある」


 唯は翠を凝視した。





 翠を見つめながら唯は、


「翠には重要な役割をお願いしたいんだけど、いいかな?」


 と、近くに招いた。


「あなたにはカメラをお願いしたいんだ」


「カメラ?」


「ただのカメラじゃなくて、私たちの証拠を永久に遺すための仕事を頼みたい」


 翠のプライドをくすぐるような言い方をした。


「大切な役割を託すから、お願いね」


 翠は力強く承諾した。




 部屋に戻る廊下で、優海は唯に訊いてみた。


「なんであんな大げさに?」


「あの子はプライドが高いから、ああやって多少オーバーに言ってあげたほうが、よく動いてくれるでしょ?」


 唯らしい観察眼のなせる技であろう。


「人は頭ごなしに怒鳴ったって動かない。むしろ気持ち良く仕事をさせるほうが、回り回って効率的に進む」


 いつの間にか唯も、部長らしくなっていたらしい。





 決戦の朝。


 少し早く起きた唯は、相部屋の藤子を起こさないように静かにベッドを出ると、大浴場で一人、気持ちを鎮めた。


 戻ると藤子が起きていた。


「いよいよだね」


「うん」


 身支度を整えると、カートを引いて食堂へ。


 朝食を取り、忘れ物を点検してメンバーを点呼し、


「ありがとうございました!」


 全員で深々とホテルに礼をし、会場の横浜スタジアムを目指してバスに乗り込んだ。


「いよいよだね!」


 などと言いながら、茅ヶ崎から関内まで、比較的空いていたのもあって少しだけ早めに、横浜スタジアムへ着いた。


 ののかがすぐに見つけたらしく、


「おはよー!」


 ののかは結果を見られない旨を伝えた。


「今日、夕方面接なんだ」


 何の面接かは言わなかったが、敢えて深くも訊かないのが、アイドル部の昔からの信頼関係であろう。


 昨日の課題曲のあと、自由曲の発表での順番決めの抽選では、本戦の二十四高中いちばん最後を引いた。


「大トリだから目一杯出来るね」


 唯は言う。


「今日は確かテレビ中継があるハズ…」


 清正は続けた。


「えぇ顔してゆこうや」


 目を細めた。





 そのとき。


「お屋形さまーっ!」


 先日の清正の爺が、何やら箱を若者に持たせ清正に近づいた。


「本日いよいよご出陣なれば、これを」


 うやうやしく箱を開くと、中から何やら棒のようなものが出てきた。


 組み立てると、それは尖端に穂がついた槍である。


「これは旗槍でございます」


 刃のない槍に旗をつけて軍旗にした物らしい。


「どうか、武運長久を」


「すまんな」


 穂先だけ外し、手早く取り出したアイドル部のフラッグを取り付けると、


「何かカッコよくなったねー」


 白のポールより旗らしくなった。


「行こうか」


「はい!」


 スタジアムへと入っていった。


 

 スタジアムに入ると清正は再び穂先を旗につけ、穂先は鞘袋をかけ、掛緒を結った。


「衣装が古風だから、合ってるかも知れないです」


 というのも。


 今回の衣装は金ボタンをつけた紺の詰襟風の上着に膝丈のスカート、袖にはスクールカラーのライラック色のスカーフを巻いて、ロングブーツに腰はベルトを巻いている。


「さすがに男装風なら、かぶらないだろうって」


 唯の閃きから出たものだった。


 どこから閃いたのかというと、あのとき広場にいた翠と話していた、どのような関係か分からなかったが、詰襟姿の男子学生の姿を見つけた瞬間に、稲妻の走るがごとく浮かんできたのだ、という。


 話を戻す。


 清正はここまでで、あとは男子禁制なので長谷川マネージャーだけが許される。


「先生、行ってきます!」


 あとは、結果が出たあとまで客席に陣取ることとなる。



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