十七話 不機嫌な来訪者

 



 感じたのは禍々しい負の感情。

 香ったのは血の匂い。


 目を見開いて振り返ったメニーは、鳥を見た。鳥、と言っても正規の鳥ではない。鳥──その嘴によく似た形の黒い仮面だ。白い筆でサッと描かれたような線が幾つか見られるそれは、なかなかいいデザインをしていると思う。


 そんな鳥の仮面を付けているのは、長身の男だった。短く切られた癖のある髪。青を基調とした貴族風の衣服。晒された口元は不機嫌そうにへの字を描いており、それだけで彼が接しやすい人間でないことは明らかだ。


「……出たのよ、処刑人」


 メーラがボソリと呟く。

 処刑人?、とメニーは黙って彼女を見た。


「……レヴェイユに存在する、犯罪者を裁く者たちが属する班、それが処刑人。処刑人は多種多様な技や力で相手を翻弄し、処刑する。口割らせる時の拷問なども請け負っていたりするのよね」


「へぇ……」


 なんとまあ禍々しいというか血なまぐさいというか……。


 腹が減りそうな班だとにこやかに微笑んだメニーは、近づいて来た男を一瞥。ゆるりと頭を下げ、一先ずの挨拶を口にする。


「はじめまして。僕はメニー。訳あってこちらに居候させていただいている者です。あなたは処刑人さんで合っていますか?」


「……リック・A・リピト」


 告げられたのが名前だと気づくまで、数秒かかった。なぜなら、それがあまりにも小さなボヤきだったから。


 見た目や所属する班から考えるに対人が不得意そうには見えないが、今の、なんとか拾えた声から察するに、相手はかなり不機嫌だ。苛立っているのが秒で察せたからか、メニーは笑顔でメーラに寄る。そして道を開ける。

 男は作成された道を何も言わずに、大股で歩いていった。二階に続く階段を上がって行ったところを見るに、恐らくリレイヌの元へ向かっているのだろう。何も無ければいいが、あったらあったで面白そうである。


「……珍しく不機嫌なのよね、アイツ」


 腕に抱えたスライムくん人形を抱き締めながら、メーラはボヤいた。そのボヤきから察するに、彼は普段はご機嫌さんなようだ。ご機嫌という程ご機嫌かはともかくとして、今のように不機嫌たらたらではないだろう。


「接しやすい方なんですか?」


 一応確認。


「まあ……ボチボチ?」


 返ってきた答えにこくりと一つ頷いた。


「リックさんは処刑人の隊長を務められる程凄腕の剣士さんなんですよ。あのオルラッドさんにも匹敵するそうなので実力は確かかと。主様もあの方とはやり合いたくないと前にボヤいていたのを耳にしました」


 足下の影から声がしたかと思えば、にゅっと赤い頭が現れる。にこやかな笑顔で首から上だけを出した状態のアルベルトは、そのまま「すごいですよねぇ」と一言。


「僕も見習わなければ!」


「いや、あれ見習ったら化け物への道辿ることになるからやめるのよね」


 即座に止められたアルベルトはへこんだ。


「……でも、その処刑人さんがどうして屋敷にやって来たんですかね?」


 お姫様風な幼女と生首の少年のやり取りを視界、疑問を発したメニーに二つの視線が突き刺さった。お前何も知らないなと言いたげなそれに首を傾げれば、彼の疑問に答えるようにアルベルトが口を開く。


「リックさんは主様の婚約者なんですよ」


 メニーは笑顔で固まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る