十話 街移動と説明と

 



「ずっと屋敷の中というのも暇だろう。外で遊んでおいで。なに、メーラを貸すから二人で街を見回るといい。気分転換にもなるだろう」


 そんなことを言われたのが数分前。

 メニーは一人、屋敷の門前にいた。高々と聳え立つ黒いそれを見上げながら沈黙する彼は、人を待っている。

 そう、話の中で出たあの赤い少女、メーラだ。


 メーラはつい先程、相も変わらずお嬢様のような出で立ちで踵を返すと、「レディには準備というものがあるのよね」とどこかへ旅立ってしまった。門前で待っていろと言われたから大人しくしているが、やることがないので暇だ。メニーは口角をあげる。


「待たせたのよね」


 と、彼女がやって来た。傍らに漆黒の衣服を身に纏う、赤い髪の少年を連れている。頭に乗せられた黒いマリンキャップが妙に似合う少年だ。

 少年はにこにこと笑みを浮かべており、楽しげな雰囲気がこれでもかと溢れ出ていた。そんな少年の隣、腕を組むメーラは不服そうだ。抱えた緑色のスライム人形を弄りながら、軽く唇を尖らせている。


 正反対な二人。


 なんて考えながら、メニーは少年へと目を向けた。


「食事の席でお会いしましたね。確かお名前は……」


「アルベルトです。主様の守護役(ガーディアン)を務めさせていただいてます」


「オカーサンの……」


 そんな者がここに居ていいのだろうか。疑問が浮かぶ。

 そんな疑問を解消するように、メーラが口を開き、疲れたように言葉を発した。


「主様のお傍にはもう一人の守護役と、あの護衛と認めたくもない男がいるのよ。アルベルト一人貸し出ししたところで問題はないのよね」


「?」


「ビビ様とイーズ様のことですよ」


 こそりと教えてくれたアルベルトにああ、と納得。メーラはイーズが嫌いなのかと思わず頷きながら、メニーは口端を上げ微笑んだ。


「家族は仲良くあるべきですよ」


「アレが家族? 冗談じゃないのよね」


 メーラには主様がいればそれでいいのよ。


 吐き捨てた彼女に、ああ、まるで自分みたいだ、なんて思う。

 世界に捨てられたガラクタ魔女。一人の人にしか心を開けない弱い部分。


 まさに生き写しの自分を見ているようで笑えてくると、メニーはクスリと笑った。そんな彼をジトリと睨んだメーラは、「行くのよ」と、門を消失させて街へ向かう。

 メニーはアルベルトと共に、その後を追いかけた。



 ◇◇◇◇◇◇



 歩み出た街中は、多くの者により賑わっていた。

 買い物をする者。会話をなす者。はしゃぐように駆け回る者。たくさんの人物が存在している。

 そんな街中、歩く三人はある意味この空気に馴染んでいた。というのも、メーラがあれやこれやと街の歴史や建物の存在理由などを語るからだ。

 どうやら彼女は随分と博識なようで、聞くだけでその知識量が人の数倍あることは理解出来た。それに加えて分かりやすい説明は彼女の頭の良さを表しているようでもある。


「──それで、あそこの店は精霊の作り出した特殊な宝石を扱っているのよね。精霊は基本的に契約者以外には従わない生き物だけど、あの店の主人はイケメンor美女を紹介することで精霊たちに協力してもらっているのよ。精霊は顔面偏差値高い生き物が大好きな面食いだから……って、お前たち、ちゃんと説明を聞いているのかしら?」


 足を止め、言葉を止め。くるりと振り返ったメーラに、背後を歩いていたメニーとアルベルトは笑顔と共に頷いた。

 きちんと説明を聞いていました。理解もしています、と告げる彼らに、メーラはふんっ、と鼻を鳴らしてまた歩き出す。


 一体どこを目的としているのか。

 それは生憎と分からない。


「……つかぬ事をお聞きしますが、僕たちは何処へ向かっているんでしょう?」


 流石に路地へと入ってしまえば問わずにはいられなかった。

 メニーは内心小首を傾げて目の前の彼女に問いかける。彼女はそれに無言を返すと、暫く進んだところで足を止めた。くるりと振り返った彼女の瞳が、無感情にメニーを見る。


「……事件現場なのよね」


「事件?」


 今度は心の中ではなく、表で首を傾げたメニー。

 そんな彼に、アルベルトが「変死体が見つかった場所です」とフォローを入れる。


 事故現場。

 変死体。


 二つの単語に、メニーは笑った。


「どうしてそんな場所へ?」


「調べたいことがあるのよ」


「調べたいこととは?」


「言う必要があるのかしら」


 睨むような、敵意を孕む翡翠色に、メニーは笑顔で肩を竦めた。そんな彼に、アルベルトが「散歩のついでですよ」なんて言って笑っている。


「主様たちは僕たちをあまり事件には関与させないようにしますから。こういうのは自分たちで調べないとです」


「それは、オカーサンの役に立つことなんでしょうか?」


「場合によっては」


 なるほど、と頷きをひとつ。


「そういうことであれば、僕も手伝います。事件現場、行ってみましょう」


 穏やかに告げたメニーに、一方は嘆息。一方は笑顔に。

 なんだか意味深な二人の反応に首を捻れば、そんなメニーを嘲笑うようにメーラが言った。


「事件現場はココなのよね」


「……あらまぁ」


 そういうことですかと微笑んだ。

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