八話 渇き

 



 渇く、渇く、渇く、渇く。

 喉が、体が、心が渇く。

 欲しい、欲しいと本能が求める。

 生きた人間を喰らいたい。

 喰らいたい、喰らいたい、喰らいたい。


 ああ、お腹がすいたなぁ……。



 ◇◇◇◇◇◇



「主様、ご報告です。聖地カルナーダの西地区にて変死体が見つかりました。死後数時間経っていると思わしきそれは、両腕両足共にへし折られ、内臓を綺麗に掻き出されていたそうです」


 朝っぱらから嫌な報告だと、リレイヌは思った。


 着替えと食事を済ませて仕事をしようと訪れた執務室。いの一番に発された報告に、彼女はつい嘆息する。

 別に人が死んだからと嫌悪を抱くわけではないが、それでも聖地と呼ばれる神域で死体が出たのだ。ここを統べる者としては、見過ごせない案件である。


「死体はどこに?」


「レヴェイユの調査班に回しました」


「なら組織にあるか……写真は?」


「こちらに」


 報告書と共に渡された数枚の写真。あらゆる角度から撮られたであろうそれらには、その全てにえげつないと思われる死体が映り込んでいる。


 折れ曲がった四肢。

 開かれた胴。

 潰された目。

 引き抜かれた舌……。


「……まるで無邪気な子供に弄ばれたような死体だな」


 見る者によっては気分を害すようなグロテスクさ。しかしながら死体などには慣れっこなリレイヌは、特に表情をかえるでもなく呟いた。従者であるイーズはそれに、「そうですね」と同意を表している。


「……周辺の調べや聞き込みは終わったのか?」


「現在調査班と潜入班が執り行っております」


「そうか。では結果が出次第私に報告を」


「かしこまりました」


 一礼したイーズが部屋を出ていく。残されたリレイヌは、深く息を吐き、沈黙。はた、となにかに気付いたように報告書を見る。


 聖地カルナーダの西地区。

 変死体。

 死後数時間経過。

 両腕両足がへし折られており

 内臓を綺麗に掻き出されていた……。


「……内臓は周辺にない。どこに行った?」


 写真を見ても映るのは悲惨な死体だけ。その中身はどこにも見当たらない。


 臓器売買を生業とする輩にやられたか、それとも別の目的で中身を持っていかれたか……。


 思考する彼女は、そこで沈黙。そうだったと言いたげに頭を抱えると、苦々しくその名を告げる。


「メニー……」


 人喰いの子供の可能性も、否めなかった。



 ◇◇◇◇◇◇



「僕ですか? 僕は昨夜は寝ていましたよ?」


 呼び出された部屋の中、メニーは柔らかに微笑みながらそう告げた。昨夜何をしていたか。それを問うたリレイヌに、メニーは穏やかな眼差しを向けている。


「何かあったんですか、オカーサン」


「ああ。ちょっと気にかかることがあってね。寝ていたならそれでいいんだ。いきなり呼び出してすまなかった」


 軽い謝罪を一つ。「もう戻っていいよ」と告げた彼女に、メニーは笑う。口端を上げ、歪な弧を画く口元は、まるで状況を楽しんでいるようにも感じられた。


「……下がれ」


 静かに告げたリレイヌ。メニーは笑みを深めて一礼。軽やかな足取りで部屋を出ていった。


 聖地に転がった死体。

 無くなった臓器。

 人喰いの少年。

 意味深な笑み……。


「……新手の挑戦状か?」


 思わず呟き、彼女は椅子の背もたれに寄りかかる。

 そうして一拍。

 上等だと、口端をあげた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る