一話 屋敷に招いて
広々とした広大なその敷地は、見るだけで彼を圧倒した。
人の手が加わっているのか、よく整えられた草木。季節を感じさせない、多種多様な色とりどりの花々。
庭の中心部に設置された巨大な噴水から噴き出す水は透明で、穢れている様子は微塵もない。
「綺麗な所ですね」
少年が告げると同時、目の前に立ち塞がっていた黒々とした巨大な門が、音もなく粒子と化し消失した。
阻むモノのなくなった門を潜り、少年はきょろりと周囲を見る。
「ほら、よそ見してないでお入り」
「はい」
促され、頷き、前へ。
少女を守るように立つ男から、忌々しいと言いたげな睨みを向けられた。
立ち入ることを許可された屋敷の中は、白と青のコントラストが美しかった。目前に続く広々とした階段も、左右に広がる通路も、一定の間隔で並ぶ窓も扉も、装飾用の花瓶や絵画なども、全てがまるで一つの芸術作品のよう。天井から垂れ下がるシャンデリアがまた一層、屋内の豪華さを強めている。
まるで城。そう、ここは王城だ。
磨き抜かれた大理石の床を踏みしめ、少年は貼り付けた笑みの下、そんなことを考えた。
「お帰りなさいませ、主様」
「お帰りなさいませ」
この屋敷のメイドだろうか。緑の髪を持つ2人の女性が、ぺこりと頭を下げて彼らを迎える。それに「ただいま」を返した少女は、「イーズは?」と誰かの名を問うた。顔を上げた一人の女性が、その新緑色の瞳を真っ直ぐに少女へ向けると、「間もなくこちらへやって来るかと」と問いに対する答えを口にする。
「ところで主様、そちらの方は? お客様ですか?」
「今のところはね」
「なるほど」
女性が少年へと頭を下げる。
「当屋敷のメイド長、ラディルと申します。なにかご入用がありましたらお声がけください。行きますよ、ニルディー」
「は、へ、はい!」
サカサカと歩き出すラディルと名乗った女性を、眼鏡をかけた、ニルディーと呼ばれた女性が追いかける。
あっという間に消えた2人を視界、大変そうだな、なんて考えていると、新たな人物がこの場に現れた。
赤茶の髪に黄色の、猫のような目が特徴的な青年だった。
身長は165センチ程。白いシャツと黒いパンツに身を包んだ彼は、若干長めの前髪を上げるためか、黒いヘアバンドを着用している。見目麗しい、といってはなんだが、なかなかに整った顔立ちの青年だ。ココは顔面偏差値が高いのだろうかと、少年は一人思考する。
「主様、勝手に外を彷徨くなとあれ程申し上げたはずですが?」
「アルベルトがいた。護衛に問題はないはずだ。それより、少し気になることがあるんだが……」
「その見るからに厄介そうなお荷物の事ですかね? ここは託児所ではありませんよ。捨ててきなさい」
「拾ったわけじゃないんだがな……」
思わずと告げた少女を助けるように、少年はにこやかな笑みを浮かべて青年を見る。
「コンニチハ」
「……こんにちは」
「僕はメニー。メニーと呼ばれています。アナタはオカーサンの部下の方ですか?」
「……オカーサン?」
バッと少女を見る青年に、少女は肩をすくめて首を振る。わからないと。
そんな少女を背後から抱き込みその頭に顎を乗せながら、白髪の男は「さっきからコレなんですよねぇ」と唇を尖らせた。
「ご主人様のことオカーサンオカーサンって。いやぁ、てっきり隠し子かと思って殺しかけちゃいましたよ」
「いっそ殺した方が良かったのでは?」
「じゃあ今から殺しマース」
「やめれ」
物騒な2人を即座に止めた少女が、ため息混じりに少年を見る。少年はそんな少女に、ただ微笑みを向けた。
邪気のないそれは、彼女を拍子抜けさせるには十分な威力を持っている。
「……オカーサン云々はさておき、この子はある病を患っているらしく、それを治してほしいと頼んできてな。詳しい話を聞くためにここまで連れてきたわけだ」
「ある病とは?」
「……」
少女はチラリと少年を見て、それから視線を戻す。そうして一言。
「──人喰いの病だ」
それは、人の形を持つ者にとって、残酷とも言えるモノである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます