第3話 異性とわたし
ロック歌手のこころの奥にしまった秘密ってなんだろう?
十九、二十歳のわたしは失恋を繰り返していた。告白をする、駄目なら次を探す、そして、また、告白をする、それを繰り返していた。時には妥協もする、それでも、駄目だった。とあるコメディドラマは次のようなことを言った。「それは愛じゃない、性欲だ」、それを聞いたのは随分と後になった最近のことだが、あの頃を思い出すと実に納得してしまう。夏目漱石の「こころ」、その登場人物と違ってわたし自身は少数派ではなかった。
高嶺の花には結果が見えているので告白はしなかった。彼女の隣の席になった。わたしは緊張して話しかけられなかったが場違いな場面で場違いな質問をして彼女に笑われた。それ以来、ほんの少しだけ他の同性よりも近い距離で親しくしてもらった。ある日、彼女はわたしの腕に腕を回してくれたことがあった。彼女はとある理由で泣いたことがあったが何も励みになることを言えなかったのが悔やまれる。別れの日、どちらからともなく握手をした。
離婚すると彼女は言った。理由を並べられたが納得がいかなかった。それを言われた、その日に彼女は出て行った。その後、数ヶ月後、食器棚からラブレターの下書きを見つけた。見つけたのはわたしの母だった。母は時期を測ってわたしに教えてくれた。単純な話しだった。妻は不倫した。相手を選んだ。でも、本当の理由をわたしに言うのは都合が悪い、離婚の理由はわたしにあると言った。その後、正式に離婚をする前に相手の子供を妊娠した。結局、裁判になった。「こころ」の先生が叔父さんに裏切られたみたいに、いざという間際に悪人になるところを見た。
メール友達の彼女はロック歌手のファンだった。当然、彼女を好きになる。わたしは結局、諦めてしまった。彼女もまた高嶺の花だった。あの街を二人で歩いた。団地や商店街、あの喫茶店。十何年ぶりにロック歌手のコンサートで再会した。お互い、結婚していた。二人ともファンを続けられてよかった。
オフ会の彼女はロック歌手のファンになったばかり、そして、忌野清志郎のファンだった。わたしも忌野清志郎が好きでロック歌手のファンになった。デビューした頃の彼は忌野清志郎の声に似ていた。夜の公園で話しをした。冬だった。わたしは交際を申し込みたかったがそれを言えなかった。いよいよ、帰らなければならない。信号を渡る時、彼女は言った。「手を繋いでください」、十年後、自部屋にはロック歌手と忌野清志郎の作品の数々が二枚ずつになった。
彼女に会ったのは再婚の数年後。小説の話しをした。永井荷風と太宰治が好きだと彼女は言った。ロック歌手のフェバリットがセットで一致していた。早速、アルバムを貸した。彼女はロック歌手のことを知らなかった。ロック歌手の写真を見て彼女は言った。「私の目に似ていますね」。そっくりだった。不思議な気分にさせられた。わたしは「ノルウェイの森」が一番好きな小説で、登場人物の緑が好きだった。彼女は緑が嫌いだと言った。理由を聞くと「私に似ているから」と答えた。自宅に招かれた。楽しい時間を過ごした。なんだか、あの物語の二人みたいだった。「ノルウェイの森」は別れた妻から借りて読んだ。それがわたしは嫌だったが彼女がそれを上回る優しい思い出にしてくれた。
クリスティ・マクニコルに出会ったのは中学生の頃、テレビで放送されていた「リトル・ダーリング」、80年代の青春映画だ。色々な表情が印象的な彼女の役名はエンジェル。名前に似合わず、タバコをプカプカと吸ったり、男の股間を蹴り上げる不良娘。共演の少年は夏の太陽に目を細めていた。名前はランディ、マット・ディロンが演じていた。。サマーキャンプ、二人は出会った。彼女が噛んでいるガムを彼が取り上げて、彼がそのガムを噛む。また、彼女が取り上げてそのガムを噛む。アメリカのティーンエイジャーは何をやってもカッコ良かった。
わたしは好きな映画を十本並べて、自分という謎を解いていくゲームが好きだ。時にはその十本を並べてもらって、その人のこころの中を覗いてみる。そのゲームに参加してくれた彼女は夏目漱石の「こころ」が大好きだ。誰よりも好きなのでは?そんなことを思った。朗読を聞かせてもらったこともあった。わたしは「こころ」を読んだ。彼女が大切にしている本なので付箋を貼りながら丁寧に読んだ。感想もちゃんと伝えようと思った。この物語は衝撃的だった。そのように感じたのは読了後、直ぐにではない。わからないことがいくつかあったのでそれを調べている過程だった。つまり、例えるなら、二重構造、人間のエゴイズムによる悲劇でもあるが、少数派として生きることの悲しみの物語でもあった。つまり、先生は同性愛者だ。物語の私も同性愛者だ。つまり、「私は同性愛者だけど、同じく同性愛者のあなたに会えて良かった。」、「同性愛者として生きていくことが辛いんだ」。そのようなことを先生は遠回しに伝えているような気がする。読者の多くはそれに気づいていないみたいだ。ある種、エンターテイメント性もある。ミステリー小説みたいでもある。わたしは興奮した。早くこの事を彼女に知らせたかった。でも、その事実を知った上で彼女は好きなのかもしれない。知らなかったらイメージを壊してしまわないだろうか?わたしはこの物語を読んで嬉しかった。先に感想文は書いた。でも、不充分だ。もっと、書きたいと思ってこれを書いている。また、ロック歌手のあの曲の秘密というのは夏目漱石が好きなロック歌手なだけに不倫をイメージしたが、それは誤りで、「こころ」の先生の秘密のことを指しているのではないだろうか?そのようなことも伝えたい。早く彼女に会いたいと思った。
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