第14話 新マネージャー

「お兄ちゃん、格闘技を習おうと思うんだ」


 リビングには細長いガラステーブルがあり、バーにあるような丸椅子が両側に4脚ずつ置いてある。


 俺は向かいに座っている景に向かって、そんなことを言っていた。


「うん、どうしたの急に」


 先日の撮影で環ちゃんからもらったサインをいつまでも眺めている景は、俺に視線を移して言った。


 俺はそのサイン色紙を指差して、


「この前の撮影で見ただろ、環ちゃんのマネージャーを。その時俺は思った・・・俺も、強くならなければってな」


 決めきった表情で景を見つめるが、景の表情はピクリとも動かない。


「私はいいと思うよ〜!」


 景の隣に座っている板谷が両手を合わせて言った。


「なんでお前はうちにいるんだ?」


 いつもナチュラルに自宅にいるので、時々家に来ていることに何も思わない。


「今日は景ちゃん休みだって言うから遊びに来たの!」


「ホントお前ら、仲いいよな」


 景が休みのたびに家に来ては、勉強を教えたり、景の絶望的なファッションセンスを正したりしている板谷だが、今日は二人でパンケーキを作ったようだ。


「それ、俺にはないの?」


「兄さんのは一応作ったのだけれど・・・」


 そういってキッチンに置いてある皿を持ってきた。


「食べたければ食べればいいわ」


 ラップのかかった皿の上には、何とも禍々しいパンケーキのような何かがあった。


「おいおいこれ絶対一個目だろ。お前らのと全然ちがうぞ?」


「いいや、それは最後に私が作ったやつよ」


「え? じゃあなんでお前らのはそんなに美味しそうなんだ?」


「・・・・・・これは先輩が焼いたの」


「あーー」


 どうやら景は料理も苦手らしい。


 この事実は新発見だ。料理系の番組は出演NGにしておこう。


 黒ぐろとしたパンケーキの、わずかに白い部分をうまくちぎりながら口に放り込み、話を戻す。


「それでさ、景も千代も今や有名人だろ? いざという時には俺が対処しなければならない。だから早いうちに鍛えておこうと思うんだ」


「うん、いいんじゃないかしら」


「思ったより即答だな!」


「別に私にデメリットは無いじゃない」


 お皿にきれいに盛られたパンケーキを頬張りながら、景は話を流す。


「あー、そこなんだが。ジムに行くにせよ何かを習うにせよ、それだけ時間が必要だ」


 景と板谷は、パンケーキから視線を俺に移す。


「しかし、今の俺にはそんな時間なんてない!」


 うんと頷く二人。


「そこでだ、ついに俺も、従業員を雇おうと思う!」


 しばらく沈黙が流れ、景と板谷は見つめあい、うなずいてから俺に言った。


「兄さん、その思考に辿り着くまでが遅すぎるわ」


「そうだよ〜。どうして今まで一人でやってたの?」


「え、」


 予想外の反応に困惑する。


「いや、まあ、なんと言うかー、イケるかなって思って?」


 はあ、とため息をつく景。


 微妙な空気を察した板谷が、気を遣ったのか話をふってくれた。


「その従業員にはあてがあるの?」


「うーん、従業員つっても簡単な事務処理とかスケジュール管理、俺が行けないときの付添くらいだし、ぶっちゃけある程度仕事できる人なら高校生でもいいんだけどなー」


「てっきりもう決まってるのかと思ったわ」


 景は冷めた口調で、俺を見ることなく言う。


「悪かったな! でもどうしようかな、求人でも掲載してみるか」


 と、言ったところで板谷が目を光らせて立ち上がった。


「じゃあ、わたしがやるよ!」


「「え?」」


 俺と景は声を揃えて言う。


「え?って、そんなに驚くこと?」


「驚くというか、おまえ、出来るのか?」


「さっき言ってたことくらいできるよ?! 私も同じ商業高校生なんですけど!」


「いやまあ、そうだけど」


「それに、景ちゃんのサポートならいつもやってることだし」


 そう言って板谷は景の肩を叩く。


「ま、まあ、先輩なら心配ないわ」


 景からすると、仲のいい先輩が手伝ってくれるとなると心強いし、俺からしても安心ではあるが、


「まあ、考えとく・・・」


「えーー?! そこはオッケーでこれから頑張ろーってなるとこでしょ?!」


 リビングには、板谷の声だけが響いていた。

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