第12話 環ちゃん

「どうして・・・どうしてそんなことを!」


「すまない、俺はこうするしかなかったんだ、お前のためにも」


「私のためって? それが人を傷つけていい理由になるの?」


「・・・すまない・・・」


・・・・・・・・・・・・


「カットォォ!!」


 パチンという音が鳴り響く。


 工場の中を模したセットの上には、景と相手役の男が立っている。


 そして、その足元には人の形をした人形が置いてあり、赤い色に染まっている。


 俺と景は今、次期放送予定のドラマの撮影に来ている。


 なぜか俺も撮影現場に入ってもいいことになったので、カメラの後ろで見学していた。


 薄暗い空間に、数えきれないほどのスタッフが常にあわただしく動いていて、カメラを挟んだセットの方を見ると、まるで別世界のように感じられる。


「相変わらず仕事の時はびっくりするほどきれいだな」


 セットの上に立つ景は、撮影用の衣装を着せられメイクも施されていて、普段のクールさからより一層大人っぽさが引き立てられている。


 その表情は、日常生活の天然ぶりが嘘のように感じるほど真剣で、役に入り込んでいる。


 景はセットから降りて、イスとテーブルだけが置いてある簡易的な休憩場所に座った。


「お疲れ、景」


「ああ、兄さん。いたのね」


「お前はどうやってここまで来たんだよ」


 俺の労いの言葉をあっさりとスルーする景は、テーブルに置いてあるお茶を手に取った。


「次出るのはいつなんだ?」 


 俺は景の隣に座り、台本をぱらぱらめくりながら聞いた。


「さっきメイクの人に聞いたら、まだ結構先みたい」


「メイクの人って、てかなんでそのメイクの人は知ってんだよ」


 景は女優というよりも、役を演じる行為自体が好きなので、ほかのことに関して無関心なとこがある。


「よろしくお願いしまーす!」


 俺たちが会話をしていると、入り口の方から元気な子供の声が聞こえてきた。


 現場の人たちの視線がそこに集まる。


「環ちゃん!」 


 景が小さく叫んだ。


 入り口から堂々と現場に入ってくる女の子、環ちゃんは、見た目は小学生くらいの女の子だが、その立ち振る舞いは一人前の役者そのものだった。


 後ろについているのはおそらくマネージャーだろうか、茶色く焦げた肌に金髪。そして余裕で190センチは超えていそうな身長に、スーツがはち切れそうな体格。


 マネージャーというより、ボディーガードだ。


「こえ~な、あの人。さすが人気子役」


「どうしよう、環ちゃん来ちゃったわ」


 台本で顔を半分隠している景は、おどおどしながらも、じっと環ちゃんを見つめていた。


「どんだけ好きなんだよ」


 俺がそうツッコむと、環ちゃんが突然、俺らのいるほうを見た。


「え、環ちゃん今こっち見た? あれ、こっちに来てる?!」


 若干パニックになりつつある景は、早口でそんなことを言っている。


「そんなわけないだろ、控え場所はほかにもあるんだから、わざわざこっちに来なくても・・・」


 とはいったものの、どうやらほんとにこっちに来ている。


 次第に近づいてくる人気子役と屈強な男。


「兄さん、なんか知らないけど、逃げたほうがいいと思うわ」


 俺の袖を引っ張りながら慌てる景。


「いやまて、相手が売れっ子だからって景もそこそこの人気女優だ。ここで舐められたらだめだ」


 そういって俺の袖をつかむ景の手をつかみ、近づいてくる大物とにらめっこをしていた。


 景はおびえているのか感動しているのか、小刻みに揺れている。


 そして環ちゃんと男は俺たちの向かいの席の前に立った。


「・・・・・・・」


「こ、こんにちは。今日はよろしくお願いします。」


 無言で見つめてくる二人より先に、俺があいさつをした。


 それに続いて景もお辞儀だけした。


 いまだに俺の袖をつかんでいる景は、小声で俺にささやいた。


「兄さん、なんだかわからないけどめちゃくちゃ見られてるわ。どけってことかしら」


「いや俺もわからん、なんで無言なんだ?」


 ひそひそと話す俺らの間に、突然大きな声で環ちゃんはしゃべりだした。


「あなたが日向景ね!」


 にっこりと笑って景を指さす環ちゃん。


 なにが起きているのかわからない俺と景は、完全に思考が停止していた。

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