第10話 強制参加
俺と景と千代は、横一列に並んで足首を固定されている。
三人とも、青い体操服のズボンに赤いTシャツを着ている。
「誰だ、三人四脚にエントリーした奴」
「は~い! 私です!」
はぁ、とため息をつくがどうやらもう遅いらしい。
二日間の文化祭が終わり、体育祭が始まっていた。
ここ、高敷商業の体育祭は全部で4つのブロックに分けられる。
青ブロック、黄色ブロック、緑ブロック、赤ブロックだ。
そして俺たち三人はなぜか皆、赤ブロックになった。
100メートル走、綱引き、大縄跳び・・・・
二日間かけて行われる体育祭は様々な種目があり、すべて自主エントリー制だ。
最終的に得点が多かったブロックが優勝なのだが、俺たち三人は今、三人四脚を始めようとしていた。
「まったく、何勝手にエントリーしてんだよ」
千代の頭をがっしりつかみ、左右に揺らす。
「だってお兄ちゃん、無理やりにでもエントリーしないと何も出ないでしょ?」
「そうだ、何が悪い」
文化祭だというのに立て続けに入る打ち合わせや事務仕事に追われていた俺は、体育祭は何も出ず、ゆっくり妹たちを見て休もうと思っていたのだ。
「まあ、これも一つの思い出でしょ!」
千代がここまで張り切るのも無理はない。
文化祭初日は仕事で来れないと事前にわかっていたことだが、急遽別の仕事が入り、二日目も午前中は参加できなかったのだから。
「まあ、俺はいいけど。景は疲れてないのか?」
「私は大丈夫よ」
相変わらずのタフさに驚く。
景はついさっきまで100メートル走に出場して、ほかの女子を数十メートル置き去りにして優勝していた。
「お前の運動神経の良さは誰に似たんだ?」
もう9月だというのに、真夏並みに照らしつける太陽はグラウンドを熱し、生徒たちの心までもを燃やしている。
「それでは~三人四脚、3組目に出場する生徒は前に出てきてください」
アナウンスがかかり、俺たち三人は千代に引っ張られながらスタートラインに並ぶ。
ふと、隣のチームの生徒が俺に声をかけた。
「お、京介じゃねえか! お前も出てたのか」
「ああ、不本意だがな」
そこにいたのは、クラス委員長の尾朝だった。
隣にはよこななと、同じクラスの七穂がいる。
尾朝は認めたくはないが、結構モテる。
「ぜってー負けねーからな!」
そういって尾朝たちは前傾姿勢になり、スタートの用意をしている。
「兄さん、早く」
景がそういって俺の肩をつかむ。
「お兄ちゃん、一位だったら今日の夜ご飯焼き肉ね!」
千代もそういって腕を上にあげ、俺の肩をつかむ。
「まあ、これも悪くないな!」
俺はそう一人でつぶやいた。
「位置について!」
スピーカーから大きな音が鳴り響く。
「よーーい!」
ざわついていたグラウンドは、一気に静まり返る。
「ドン!!!」
号砲が鳴り響き、一列に並んでいた生徒たちは一斉に走り出した。
グラウンドを囲むようにして並ぶほかの生徒たちの声援や、太鼓をたたく音が響き渡る。
「イチニッ、イチニッ」
千代の掛け声にあわせて俺と景は足を動かす。
俺の妹たちの肩をつかむ手には、次第に力が入っていく。
走ることに集中しすぎて周りなんか見る余裕がない。
ただひたすら、足を動かし続けた。
「あともう少し!」
ふと、景がそんなことを言った。
「はっ、はっ、はっ、」
高校に入ってまともに運動をしていなかった俺の体は、限界に近づいていた。
瞬間、俺のおなか辺りに何かが当たる感覚がした。
「ゴール!! 一着はチーム、日向一家です!」
放送係がハイテンションでアナウンスする。
「やった、一位だぞ、」
息を切らしながら俺はそう言って、そのままグラウンドに寝転んだ。
正直、体育祭は運動部のためのもので、文化部や俺のような帰宅部には無縁のものだと思っていたが、いざ勝ってみると、結構うれしい。
仰向けに寝転がる俺は、流れていく雲を見つめていた。
「お兄ちゃん、お疲れ!」
千代が突然俺の視線を遮り、顔を覗き込んできた。
「ふっ、やったな」
俺は笑いながらそう言った。
「全く、兄さんの運動不足にはあきれるわ」
一つも疲れるそぶりを見せない景が、寝転がる俺の隣に座りこんだ。
「悪かったな」
そういって景の肩をパンチすると、景も笑って殴り返してきた。
「クッソーーー三位かよ!」
遠くで尾朝が悔しがる声が聞こえる。
からかってやりたいが、疲れすぎて起き上がるのも面倒だった。
「てことで、お兄ちゃん。約束ね!」
俺の手を引っ張って無理やり起き上がらせる千代は、にっこり笑いながらそう言った。
高校最後の文化祭、体育祭。
可愛い妹に強制参加させられる三人四脚も悪くない。
俺は立ち上がり、二人の頭を撫でた。
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