魔法鍛冶師002

「きゃあっ!?」


 とっさに俺の後ろから同じようにカーテンの外を覗こうとしていた少女の腕を掴み、そのまま強引に引いて体を抱きかかえ座席へ飛び込み倒れ込む。

 それと同時。

 

 ――バンッ!!

 パリンッ!!

 

 俺たちが倒れ込むとほぼ同時、人間の頭部程の大きな石が物凄い勢いで木の扉を突き破りそのまま窓ガラスを割って突き抜けた。

 

 危機一髪。

 あのままああして外を覗いていたらならば、少女の頭に石は直撃し、石の威力から俺の背骨を砕いていただろう。

 

「あ……あの……」


 そうして、事態の回避に気は緩めず一安心しながら胸の中にしっかりと抱きしめた少女を見ると、顔を赤らめあわあわとしている。なんというか。自体が分かっていないのか、混乱しているのか。

 猛獣に怯える子リスのように小刻みに震えている。

 

 が――。

 

 理由を説明している暇もない。

 

 何故ならば。

 

「炎よ燃えりて塵と化せ――」

「きゃっ!?」


 少女を抱きかかえたまま今度を起き上がり、穴の開いた扉から顔を出した異形の頭部にかざした手から炎は真っすぐ火炎放射器となって襲い掛かりそいつを吹き飛ばした。

 

「まったく……」

 

 キキッっと、感の高く不快な苦しみの声を火だるまになったそいつは上げ、そのまま燃え尽きて身動きを止める。

 

 見える黒焦げのそいつを見ればゴブリン。

 小さくガリガリな子供のような体格であれどシワ混じりの全身緑の肌。頭部はどうに比肥大して大きく、目は鳥のように飛び出た紅の目。

 その異形は蛮族のような獣の皮でできた腰巻をして知性を持っていることを知らしめている。

 森の中の危険。

 

 俺が育った山の中では多くはいなかったが、森で人がまれに行方不明になったりこうして旅団が襲われ壊滅する原因はほぼこいつらだ。

 

 主に群れ過ごす彼らは、数は大小バラバラであれど群れの数は最低でも10ほど。こうして組織だって森で待ち伏せして標的を襲う事が多い狩人であり、まさにその行動真理は蛮族。原始時代自体の人間をそうふつとさせていて、知を扱うがゆえにここはさほど怖くない弱小であるが、群となればこのようにいとも簡単に旅団を襲い混乱させる脅威となりうる。

 森の蛮族。

 

 まあ、目の前のいつは焦げて真っ黒ではあるが……。

 森に群れで住む、小さな小型の魔物、ゴブリンだ。

 

「えと……」

「そこに居ろ」


 抱きしめていた何が起きたのか理解できない様子の少女を放し、座席へと座らせて穴の外を伺う。

 外はやはり森。

 そして、その森の奥にはゴブリンの気配が無数に感じられる。

 

 そして、なにより。

 

 聞こえ始めた男女とはない悲鳴に馬が泣きあばっる地を蹴る音と馬車が揺れ木を木で打ち付ける音。

 そして、金属と金属――剣と剣が打ち合う金属音。

 

 護衛の冒険者は仕事はしているか……。

 だがまあ、こうして民間人に害が及んでいるのだから評価としては0点だ。

 

 この旅団の馬車は民間馬車5両、荷馬車3両そして先頭と最後尾に2両の護衛馬車。計10両。

 俺がこうして相席に押し込まれたのは先に先客がいたからか単純に席を詰めるためかは知らないが、他にも多くの人間が俺たちと同じようにルーレシア王国へ移動するために馬車に乗っている。

 その中で最前と最後尾に乗るのは護衛の冒険者だ。

 冒険者はギルドという所謂何でも屋の組織に属しており、そこから依頼をうけて様々な仕事をしている。

 その中に、こういう旅団の護衛がある訳のだが。そういうものは大抵依頼のランクは低く。冒険者が遠出する必要のあるメインの依頼とは別にサブとして、移動のついでに受けることが多い。

 そのため時には街やギルドに名をはせる冒険者が護衛することもあるが……。

 

 今回はそんなことは無いようだった。

 

 俺は穴の開いた扉を開けて馬車の外へ出た。

 そうして、見渡せば悲惨な光景。

 まず目に入ったのは俺たちの後ろを走ってた馬車が倒れひしゃけているという事故現場だった。

 馬は馬車ごと倒れ血まみれで動かず、馬主は言うまでもなく首が落ちて死んでいる。

 その馬車に乗っている人間の安否は知らないが、その馬車に獲物に巣くうアリのように数匹のゴブリンが張り付いている。

 

「――助けてくれ!!」

「いやーっ!!」


 その馬車から男や女、子供の悲鳴が聞こえる。

 家族か?

 

 どうやら生きてはいるようだが……。

 入口に張り付いたゴブリンは今にも扉を引き破り中に侵入しそうだ。

 

 それと、他を見渡せば大体ほぼ同じ。ゴブリンに囲まれ壊れはしないものの襲われている。

 そして、そのゴブリンに対応する冒険者が4、5人。剣と皮の防具を着た剣士に、木の杖を持つ魔法使い。

 彼らはそれぞれ戦って、ゴブリンと対等に対自している。

 

 無論、言うまでもなくゴブリン一体一体は弱い。

 

 だが、こうして群れを成してれば話は別だ。

 ましてや、こんな大規模な。

 

 数は気配を感じ取れるだけでも100は下らない。それ以上正確な数は分からないが200はいる大規模だ。

 

 普通。こんな規模の群れなどありえないのだが……。

 街と町をつなぐ馬車などを盗賊の如く潰し回って数が増えたのか知らないが、小さな村一つ簡単に蹂躙可能な規模だろう。

 

 大抵、そういうモノはこうなる前に、ギルドの仕事して直接討伐任務(クエスト)降りるだろうが、田舎町ゆえなのか知らず知らずに増えたのだろう。

 

 ハッキリ言って、ソレにこうしてばったり会うとは運がない。

 この規模では10にも至らないただの冒険者では対応は不可能。

 このままでは間違いなく、このゴブリンの食い物になるだろう。

 

「まったく……」


 そんな、状況分析を1秒ほどで行う間、目の前の倒れた馬車に群がるゴブリンが、ついに壊し投げ捨てたところで腰の剣をスッと引き抜いた。

 真っすぐと伸びた蒼銀の鋼は木々の隙間から入る日の光に煌めいて、無垢な清純さを放つガラス水晶のような片刃の剣を俺は両手に構える。

 

「危ないですよ!!」


 危ないのはお前だ。

 

「きゃあっ!?」


 馬車から半身出して叫んだ少女に数匹のゴブリンがどこからか襲い掛かる。

 その手には骨のナイフ。

 獣の骨を削って作ったのだろう原始時代そうろうの武器は、小さな少女の首を飛ばすには十分な獲物だろう。

 当たれば間違えなくその首は飛ぶ。

 

 ゆえに――。

 

「アクセル」


 瞬間、呟いた俺の姿は蒼の粒子散らせ消失する。

 否、そうではなく。

 

「えっ……」


 疾風なびかせて、瞬間的に少女の前に俺が姿を現すと同時。飛びかかっていた背後のゴブリンすべて胴と首が分断し、分かれた首が宙へと舞った。

 

「だからそこに居ろと言っただろ」


 一言言って。

 

 再び俺は少量の蒼の粒子を散らし姿を消す。

 そして次に現れた時には、倒れた馬車を襲っていたゴブリンたちの首。

 いいや――それだけではない。

 全ての馬車を襲いいてたモノもの。そして冒険者を襲っていたゴブリンも。

 一秒どころか寸分狂わず同時。その首は宙に舞って、数十のゴブリンの首はボトボトと落ちて。

 

「あの……」


 疾風の如く、少女の前に再び俺は姿を現した。

 少女は不思議そうに俺の服を手で引く。

 

「なんだ?」

「いまの……」


 ああ――。

 今のはなんだ?と訊きたいのだろう。

 

 状況が読めず、震えながら引く彼女手は震え聞くもそもそもどこから訊けばいいのか困ったのか、彼女の言葉は俺と目が合うと口を紡ぎそこで止まった。

 

「中に入ってろ」


 緊迫した空気の中、ただ一言おれはそう言って彼女から離れ周囲を警戒して見渡す。

 

 数はやはり100程。映る視界には生きたゴブリンの姿はないが、気配と感覚が俺へそう告げている。

 今ので30は間違いなく斬り落としたがそれでもまだ群れは減ったようには見えない。

 

 何体居るんだ?今ので群れが引けばいいがそんなことはありえないだろう。

 

 先のあれはただ、素早く斬ったにしか過ぎない。

 大それた爆発などの目に見えて分かる脅威ならばまだしも、ただ斬っただけにしか過ぎないこの状況に、蛮族レベルのゴブリンには到底何が起きたのなど理解できないだろう。

 

 いや、そもそも視認すらできていないだろう。

 なぜなら、先の動きは音速領域のそれにほかならず、常人には視認は不可能だからだ。

 

 音速の魔剣『アクセル』

 俺が打ち上げた中で最も安定をしていて、かつ使い勝手がいい魔剣。

 能力は身体向上と音速領域の高速移動で、一たび魔力を流せばそれらの効果が発動し、使用者を音速の世界へと誘う。

 そうして振られる剣は、誰にも視認など到底できず知らず知らず獲物は狩られるのである。

 

 無論、その斬撃は音速を超えているあまり音もせず、斬撃どころか歩行する音すら響かせない。

 だから気づかない。

 このゴブリンたちも。他の群れも、何が起きたのかも。守られた人間さえも。常人ではそこに一切の例外はない。

 

 ああ――もちろん。

 もう昔のように暴発して砕けたりなどしない。

 

 俺は既に完全な魔剣の生成方法を会得して、こうしてこの『アクセル』を作り上げたのだから。

 であればこそ――。

 

「あんたらもそこを動くなよ」


 キーッ!!


 耳を通し頭に響く感の高い声を上げ、森の木々の間やその木の上からさえも飛び出す無数のゴブリン。

 冒険者たちに忠告すると、俺は再び音速の世界へと入った。

 

 狙う首は飛びかかり宙を舞う無数のゴブリン。

 それらは俺の視界には止まったようにすら見え、誰にも視認できないであろう速度で次々と斬り落としていく。

 その切り裂く首の数は数多。10、30、50、80。数は裕に100は超え、飛び出した彼ら以外のまだ出てきてない森に潜むゴブリンすらも斬り落としてゆく。

 体感としては1秒にも満たないだろうその刹那。その、超低速の時の中で総勢250匹ほどの集一体に居るゴブリンを、場所に関わらず例外なく首を斬り落とした。

 

 そうして――。

 

 俺が戻る時にはその首も同時に転げ落ちたのだった。

 

「え……」


 突然起きた現象に、俺が忠告した冒険者たちが唖然としている。

 無理もない。

 彼らには1秒以下の現象。

 事実上それは体感的に一瞬で、飛び出したゴブリンたちに驚いた次の瞬間にはその首が落ちて全て倒れているのだから。

 見ていた動画が途切れたような感じなのだろ。

 

「あんたが、やったのか……」

「ああ。集一体のゴブリンは片付けた。もう安全だろう」

「マジかよ……。す、すげぇ……。

はっ!?それよりまず負傷者の手当てを!!

アンタも手伝ってくれ」

「ああ」


 唖然としていた冒険者達だが、我に戻ると他の冒険者にも声をかけ、壊れた馬車や負傷者の状態を慌ただしく見始めた。

 

 それに俺も、手を貸す。

 

 

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