2 第一ラウンド
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
関羽と張飛は眼前に突然現れた自分達そっくり———瓜二つの人間達と対峙している。眼と口を点にしてである。
「・・・・・・アナタダレ?」
「あの、ドチラサマデスカ?」
話し方が変だった。それだけ眼前の二人は本人の容量を越えた存在であるらしい。
その二人はすっと見据えてため息をついた。
「誰、と訊かれてもねぇ」
「あたし達は、もう一人の貴方達よ?」
沈黙すること数分。その間ずっと考えていた。もう一人の自分とは?
コイツらひょっとして泰平が使役している式神とかいうものではないだろうか。又はあの龍王が戯れで作った者かあるいは・・・・・・・・・。
「ほら、貴方達、伏龍様と天龍様から力の欠片もらったでしょ?」
唐突に関羽似の女性が言った。
「え、えぇ」
二人は頷く。
「アタシ達は、その欠片から生まれたのよ」
「・・・・・・はぁ?」
まだ要領を得ないと見えたか、張飛似の女性が説明を始めた。伏龍と天龍の力の一片を以前、彼女達は己の身に宿した。その欠片は彼女達の身体に適合していく間に新たな人格が形成され、顕現したのが自分達だと。つまり、藍実のようなものであるということらしい。
それを聞いてちゃんとではないが理解できた二人はこんな質問を投げかけた。
「貴方達は何て呼んだら良いのかしら?」
「好きに呼んで良いわよ」
即答され、考えた末、関羽は眼の前にいるもう一人の自分に『
「あら、意外にいいセンスしてるじゃない。日本人っぽいけど、気に入ったわ」
どうやら悠香は気に入ってくれたようで、関羽と固い握手を交わした。
それを見ていた張飛も、脳みそをフル回転して考え『
「・・・・・・ビミョ~」
差し出された紙を見て、彼女は顔を歪めた。暗に「センスないわね」と言われているみたいで、張飛は本気でへこんでしまった。
「ま、貴方なりに考えてくれたから有り難く頂戴するわ」
清恋に言われ、暗くなっていた張飛の顔に花が咲く。
そこにたまたま泰平がやってきた。
「あっ、関羽さんに張飛さん。何して・・・・・・・・・ん?」
彼が疑問に思うのも不思議はない。関羽と張飛が二人ずついて楽しそうに談笑しているからだ。
「あっ、そういうことか」
が、泰平は瞬時にその正体が分かったようで、ポンと手を打った。
「んがっ!?」
そこに、眼を子供のように輝かせた張飛が飛びついてきた。
「なぁなぁ泰平ぁ! オレにその眼鏡かけさせてくれよっ!!」
ズコッと誰かがコケた。いきなり飛びついて行くなり第一声がこれである。張飛は泰平から眼鏡を引ったくって自分にかけてみた。「どうどう? 似合ってる?」と関羽に寄ってきた。
「止めてください翼徳〝姉さん〟っ」
と清恋は有無を言わさず張飛の腹部に強烈なパンチをめり込ませ、うずくまった彼女の顔面にアッパーを食らわせ、落下してきた所にトドメの踵落としを喰らわせて黙らせた。
彼女は謝るなり泰平に眼鏡を返した。
「全く、恥ずかしいから止めてくださいね〝姉さん〟」
既に気絶している張飛に向かって清恋は冷ややかな視線を送っていた。
「───」
「何もそこまで・・・・・・・・・」
「いいえ。彼女はこれくらいやらないと懲りませんから」
よく分かっていらっしゃるようで、と泰平は思わず感心してしまった。
ふと、泰平はあることを思い出した。
「えーっと、雲長さん。この二人は?」
それに気づいた二人が自ら名乗った。
「あらごめんなさい。私は悠香」
「アタシは清恋だ。よろしくな」
「あっ、後藤泰平です。よろしく」
三人は固い握手を交わした。
「でも、不思議だなぁ。あの天龍さんからこんな真面目な人が生まれるなんて」
「誉めても何もでないぜ?」
「いや、単に不思議に思ってるだけだよ」
確かにあんなのほほんほわわんおーっとりと能天気でお気楽、人任せ至上主義で最近は青龍の追っかけに熱中しているあの天龍からよくまあこんな〝しっかりと立派〟なお方が生まれるとは思ってもみなかったのだ。
これで張飛のお守りから逃れられる! と関羽は感じたに違いない。
「戻ってきなさーい雲長」
悠香は悦に浸っている関羽の肩を揺するが彼女は自分の世界から帰ってこない。
「なぁ泰平ぁ。暇ならこれ運ぶの手伝ってくれるか?」
清恋が気絶している張飛を指しながら言う。
「ん。いいよ」
よいしょと彼女の両のくるぶしを持とうとした時、突然視界がぼやけた。
「あれ??」
かけていた眼鏡が無くなっているのだ。
「ふーん、結構度がきついね」
「───あの、何故清恋さんは僕の眼鏡をかけていらっしゃるのでございましょうか???」
泰平はぼやけた視界から自分の眼鏡を引ったくってつけていた清恋に尋ねた。
「ちょっと興味があったから」
「えー・・・・・・・・・」
けろりと答える清恋に泰平は唖然とした。
「はい」
清恋は持ち上げていた張飛の上半身を放してかけていた眼鏡を投げて返した。ゴツッと鈍い音と共に「いだっ!?」という張飛の悲鳴が聞こえたような気がした。
眼鏡をかけると張飛が頭を抱えて悶えていた。
「眼が覚めましたか〝姉さん〟」
白々しく清恋が言う。
どうやら彼女は張飛のことを姉として通すらしい。口調も全く変わっていた。
大した猫かぶり(?)だこと。
「おい清恋テメェよくも!」
「あらあら。泰平君を困らせていたのは〝姉さん〟じゃないですか。それとも、迷惑をかけていないとでも?」
「うぐっ・・・・・・でも、いきなりアレはねぇだろ!」
「そうでもしなきゃ、姉さん黙らないだもの」
ヒートアップしてきた所に水を差したのは悠香だった。
「はいはい今はそんなこと後々」
水を差されギッと睨みつける張飛を余所に、関羽・清恋・泰平は何かを感じ取って得物を手にとっていた。
「敵襲です」
「まーた随分と多くいらっしゃった、なっっ!!!!」
龍爪で魔族を貫きながら龍二はぼやく。後ろから襲って来る者にはかざした手から灼熱の業火を射出して焼き尽くす。
「よーっし! いっちょやんぞー♪」
魔族の大軍に完全包囲されたにも関わらず、天龍は間の抜けた気合いを入れ、主人の趙雲は呆れてものが言えなかった。
「そーれっ♪」
天龍は手を振り下ろした。刹那、彼女の眼の前一帯を爆炎が包んだ。
「へっ!?」
龍二は眼を丸くした。
『奴はあんなんでも実力は天下一品だからな。俺も敵わん』
紅龍が呟いた。
「ちゃっちゃと行くよ~♪」
その間天龍はノリノリで魔族を屠っていた。
今回の魔軍はゼウスの側近ミカエルを大将にヘラクレスやアキレスなどの幹部連中が率いているという。
「ギリシャ神話かよっ!?」
「ツッコミを入れる暇があるなら手を動かさんか!」
「そうそう。ツッコミは後にしてねっ」
青龍と瑞穂に叱られ龍二は少しムッとしたが、非は龍二にあったので反論せず戦闘に集中することにした。
関羽、張飛や夏候惇も自身にできる範囲で奮戦した。それに負けじと劉封や劉禅達も果敢に攻めまくる。
「何をしている! さっさと始末しないか!!」
苛立ち気に怒鳴り散らすアキレスは近くにいた者に出撃を命じた。
なかなかどうして上手くいかないのか。兵力が整っていない今の彼らならこれだけの兵力で余裕で滅ぼせると踏んだ。
敵に援軍が来ていたことは予想外だった。
それは彼から見れば微々たるものに過ぎなかった。しかし、彼らも自分の常識外の力を使い自分達を散々に苦しめているのだ。
「何なんだアイツらはっ!」
アキレスは地団駄を踏んでいだ。
それを複雑な心境で眺めている者がいた。
「───」
男はふと思い立ってオオクニヌシの屋敷に向かった。
「少しは落ち着きなよ安徳」
うろうろぎこちなく動き回っている安徳を『監視役』の良介が
良介は泰平から安徳の眼については聞いていた。
「ですが───」
「いいかい安徳」
ビシッと良介は人差し指を突きつけた。
「今の君は、はっきり言って足手まといだ。四の五の云わず黙ってここでジッとしてな」
安徳はあれ以来、泰平と孫尚香の付き添いのもと訓練に励んだお陰である程度の事は出来るようになっていた。だが、戦闘に関してはまだ何もできない状態であった。
余談だが、その孫尚香は万一に備えて部屋の外で待機していたと言う。
「それに、君が見ることができるっていう〝別の世界〟だってまだ不完全なんだろ?」
「そんなことは───」
「往生際が悪い。いい加減諦めろ。それとも、君は一度本気で死なないと理解しないくらいの大馬鹿野郎なのか? 委員長命令ここで大人しくジッとしてろ」
ここまで云われると安徳はぐぅの音も出なかった。
それでもウロウロしている彼に、はぁ、と良介はあからさまなため息をついた。
「少しは僕らを信じたらどうなんよ?」
この友人はつくづくメンドくさいなぁと後頭部を掻いた。
「また一人狙いか」
盛大なため息をつきながら龍二は降りてきた男を見つめた。
龍二はどうやらマークされていたようで執拗な集中砲火を受けていて、これまで数え切れない連中と戦って
そこにまた一人現れたので正直うんざりしてきていた。
「で、アンタ誰?」
ジトーっとした視線の龍二。この男は他の連中とは違うと本能が告げていた。
「私は君と戦う気はない」
「・・・・・・・・・は?」
予想外の一言に龍二は一瞬ポカンとしてしまった。
「私の名はミカエル。ゼウスに仕えている者だ」
ミカエルと名乗る男に龍二は何か引っ掛かりを覚えた。
「・・・・・・・・・?」
眼前にいるのは恐らく魔族であろう。だが、これまでの魔族と何かが違うと感じた。
「やはり分かるか」
ミカエルはスッと眼を閉じた。すると、彼の片翼が黒から白に色が変わった。
「・・・・・・あぁ、成程」
違和感の正体が分かり、ポンと龍二は手を打った。
「そう、私はハーフだ」
ミカエルが微笑した。彼に敵対心が無いことが分かった龍二はゆっくり歩み寄った。
「それで、何の用だ? 目的は?」
「コウ様の様子をこの眼で確かめに来た」
「そりゃまたご苦労なこった」
むしろ関心した。わざわざ単身危険を侵して自身が仕える主の子供の様子を見に来るなんて。
「元気に過ごしてるよ。アンタが懸念していることは、もう全部解決した」
だからこそ龍二はそう告げた。告げねばならぬと思った。
そうか、とミカエルは安堵の息を漏らす。
「連れ戻す・・・・・・気はないな」
「あぁ、主の意志に反するのでな」
ククク、とミカエルが笑った。
「しかし、君達には驚かされる。私の知る限り、人間というのはその辺の生き物より知能が高いものと認識していたが、まさか魔法を使える人間がいたとは」
「あーそれ違う」
龍二がかぶせぎみに否定した。
「俺らの一族が特殊なだけ。他の連中は、その力を分けてもらっただけ」
コイツらにと龍二は相棒達を紹介した。
スゥッと現れた者達を見て、ミカエルも合点がいったようである。
「その中でも君は更に特殊みたいだな」
「当たり。そういうアンタもかなり変わってるな」
「否定しない」
「で、俺達のこと、ゼウスに言うのか?」
「いや。私の心の中に留めておく」
そっかと虚空を見上げた。
「終わったな」
そのようだとミカエルが続いて空を見上げた。戦闘が終わったらしい。
「では、私は帰るとするよ」
ミカエルの姿はたみまち消えた。
龍二は虚しい表情で虚空を見つめていた。
安徳は寝静まる邸宅の縁を一人で歩いていた。なかなか〝見えない〟左眼の訓練の為である。
いつまでも他人の世話になるわけにはいかない。そんな気持ちが彼を駆り立てていた。
あの日から、彼は何でも一人でやるようになった。大切な人を守る為、二度と失わない為など、様々な思いが彼を駆け巡る。
他人に迷惑をかけたくなかった。故の秘密特訓である。
「はーいそこでコソコソ一人で訓練している往生際が悪い大馬鹿野郎さん? いい加減にしねぇと半殺し以上九分殺し以下でシバくぞテメェ」
その秘密特訓はすぐにばれてしまった。姿は見えなくても声で分かった。
「勘違いしないでください龍二。私はただトイレに───」
「本気で殺るぞ?」
柱に肘をついて頬杖する龍二から殺気が放たれる。その証拠に、龍二のこめかみの全ての血管が青筋を立てて顔が怒りで歪んでいた。
安徳は押し黙った。
「そうやって何でも一人でやろうとするの、お前の悪い癖だっていつも言ってるよな?」
龍二は間髪を入れず続ける。
「そうやって意地を張るのはハッキリ言って迷惑だって言ったことあるよなぁ?」
龍二の口撃は更に続く。
「困った時は遠慮なく俺達を頼れって何回も言ったよな?」
安徳に返す言葉はなかった。
「何か、俺、間違ったこと言ったか?」
対する安徳の答えは「いいえ」だった。
「反論は?」
「ありません」
「じゃ、何か、言うことがあるんじゃないか? ん?」
「・・・・・・ごめんなさい」
「ん。許す。お前らは?」
はっ? ときょとんとしている安徳の前にぞろぞろと見物人が姿を現した。
「ようやく頑固者が頭下げたよ」
「はぁ、長かったなぁ」
「頑固を通り越してただの意地っ張りのド阿呆よ」
「強情な男だね彼は。見ているこっちが疲れたよ」
「疲れたです。とっても」
口々に言いたい放題言っていた。
「というわけで今日から俺達はお前の訓練を全力で強制的なサポートしてやる。拒否権は認めねぇしやるつもりはねぇからそのつもりでいやがれ」
龍二は安徳の手を引ったくった。
「さぁやんぞ。テメェにゃこれまで休んでいた分しーっかり働いてもらうかんな」
「・・・・・・はい」
安徳は微笑した。
「やっぱし、月を見ながら飲む酒は格別美味いな」
酒を飲み干した龍彦がぽっつり呟いた。
ここは龍彦の部屋である。彼は息子の龍造と彼らの相棒である黄龍と破龍と呑んでいた。
障子は開け放たれていて、そこから満月を眺めていた。
「ほぅ、月が綺麗だな」
「はぁ~酒が美味い」「いやいや和みすぎだろお前ら」
「固いこと言うなよ。たまにゃ息抜きは必要だぜ破龍?」
ウンウンと頷く龍造と黄龍。
「しっかし難しい戦だな。これなら天津攻略戦の方がまだマシだな」
「何だ、俺はてっきり御前模擬戦を挙げると思ったんだが?」
「冗談だろ? あーんな〝茶番劇〟なんざ、苦労のうちに入らねぇよ」
豪快に笑い飛ばす龍彦はすぐにむつかしい顔をする。
暫くしてやる気の無い声で言った。
「めんどくせー」
ずっこけた。
「親父・・・・・・何をいきなり」
「お前今の現状をよく考えてみろよ。戦力差がありすぎんだろうが。戦中の帝国とアメリカ位の差だぞ? それを勝たせるんだぜ?」
「・・・・・・あーそれはめんどくさい」
「ぶっちゃけ『破界』でさっさと終わらせたいくらいだ」
「止めてくれ親父。この世界が滅びちまう」
「そうだぞ龍彦。せめて『真・破界』くらいに押さえとけ」
「待てや黄龍。お前親父よりタチ悪ぃじゃねぇか」
『冗談だ』
小さなため息をついて龍造は一応二人の後頭部を殴っておいた。
「真面目にやってくれ」
分かった分かったと二人は反省した。
真面目にやることにした。
「魔族の幹部クラス。アイツらには俺達の力はそんなに通用しないと思う」
「ホントな。俺らもあれにはホント参った」
二人の相棒も手をあげてお手上げを伝えた。
「けど、孫の龍共ならあるいは」
「後、うちらの二バカ主君ももしかしたら、って感じだな」
だが、別に炎が通用しなくても彼らは余裕だった。
かつて世界から畏怖された龍彦は『鬼神大元帥』と謳われ常人を逸した才能の持ち主であるし、その息子龍造は龍彦の才能を受け継ぐことはなかったが、並々ならぬ努力によって彼と同じ位の実力を身につけた男である。
彼らには『剣術』と『槍術』が残っているのだ。彼らの相棒も主に触発されてか剣術と槍術を習い始め、今や達人の域に達してした。
それに、龍彦にはもう一つ別の能力を秘めていた。
それをまだ彼は披露していない。
(切り札は最後まで取っておくのがべたーよな)
不敵な笑みを浮かべながら龍彦は酒を呑んでいた。
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