3 思う心
「おーい龍二、起きてるか?」
「りゅーちゃん、朝よー」
翌朝。
藤宮明と戸部萌は珍しく起きてこない龍二を起こす為、彼の部屋の襖を開けた。彼は布団に収まって心地いい寝息を立てている。
「うにゅ・・・・・・・・・」
二人の声に反応したのか、眼を擦りながら龍二は上体を起こし、自分に声をかけた者を見た。
「うー・・・・・・あーおはようメグちゃんと・・・・・・アッキーナ?」
「誰がアッキーナだごらぁっ!!」
明は寝ボケている従弟に大声でツッコミを入れた。
「んにゃ? うー・・・・・・アーネイト坂田?」
「誰だよっ! アーネイト坂田って誰だよそれ!? 芸人かっ!? 『あ』しか合ってねーじゃん!?」
「ふえ? にゅう・・・・・・カイザーノヴァα3号?」
「いい加減眼ぇ覚ませ!」
寝惚けまくっている龍二の言動にキレた明はたまらず彼の頭を殴った。
「寝ボケてるりゅーちゃん殴るバカがいるかぁ!!」
その彼は、萌の怒りの鉄拳を脳天に喰らうハメになってしまった。
彼らの大声か萌の鉄拳のお陰か、龍二の頭はようやく覚醒した。
「いてて・・・・・何でコイツ頭押さえて悶えてんのメグちゃん?」
「さあ? それよりおはようりゅーちゃん」
「ん。おはようメグちゃん」
「今日は珍しく遅かったわね?」
「沙奈姉ぇに明け方近くまで遊ばれてて寝れんかったの」
「あらそうなの? 起こさないほうが良かったかしら?」
「んにゃ大丈夫。それより腹減った」
「じゃあご飯に行こうよ。もうできてるから」
「ナイスタイミング」
立ち上がった龍二は大広間に行こうと歩き出した。それについていく萌。
自分を無視して二人が朝食に行こうとしたので明は抗議の声をあげたものの、萌の鋭い眼光と共に放たれた「黙れ」の一言と繰り出された強烈な蹴りを腹部に決められ悶絶した。
「行こっりゅーちゃん」
「あ、あぁ」
「龍二君、ちょっと鍛錬に付き合ってくれる?」
「良いよ、先生」
朝食を終えて暫く広間でのんびりしていた所、未奈に声をかけられた。そして庭に出た二人は模擬戦を始めた。
未奈は今でこそ彼のクラスの教師であるが、元々彼の家の道場の門下生でもある。幾度かこうして二人っきりで剣を交えることがあった。
「大分良くなりましたね先生」
打ち合いを終え素直な感想を述べると、未奈はそんなことないと謙遜する。
「ここまでもってこれたのはさーちゃんのお陰なのよ」
さーちゃんとは彼の姉沙奈江のことである。
それを聞いて龍二は心底驚いた。あの弟超第一主義者でいつどんな時でも自分達を見つけては満面のデレ顔で飛びついて来て他の事なんてOut of 眼中のあの沙奈姉が? と眼を丸くした。
未奈はクスクス笑って龍二に懐かしい話を聞かせた。
未奈は高校で沙奈江と同じクラスとなりそのまま同じ大学に進み、同学部同学科で学んでいたらしい。
普段は弟達の話しかしない彼女だったが、当時所属していた剣道部の後輩を丁寧に指導していたり、ゼミでは凜とした態度で発表していたり勉強の教え方が上手かったらしい。
「さーちゃんは人に教えることに関しては超天才的にスゴイのよ」
知らなかったとはいえ、姉の意外な才能や外での過ごし方を知れた気がして、彼は少しうれしい気持ちになった。
「まぁ───」
『にーごーうー♪』
「のあっ」
その時、沙奈江が龍二に勢いつけて飛びついた。
「超ブラコンなんだけどね?」
言い終わらぬうちに彼は姉に頬擦りされまくっていた。彼女曰く弟君成分の補給であるという。
「あ゛ー重いからはーなーれーろー!」
『やーだよー♪えへへー』
沙奈江に弄ばれる龍二を未奈は微笑ましい表情で見守っていた。
「可愛いなーさーちゃんは」
「困ってる生徒を助けろダメ教師!」
今すぐ助けろ助けやがれ。という彼の心の声はきっと届かないだろう。
今日も彼は、姉のなすがままにされる他なかったのだ。
龍二が姉と戯れている頃、龍造は親戚の明と萌を自分に与えられた部屋に呼びよせていた。二人が襖を開けて入ると、龍造の横に二人の人物が控えていたのを確認した。
「お前ら、コイツらと会うのは初めてだよな?」
龍造が自身の左右に座っている二人を指して尋ねると彼らはこくんと頷いた。
「紹介しよう。右が名を神亀、左が鳳凰と言う。ついでにこの二人はあのはた迷惑で有難迷惑な案件しか持ってこねぇで人を使うだけ使って見返りを何もしねぇ盲目のバカ白朱の眷属でもある」
「えっと、何か
「ゴメンね?
白朱の名を聞いて二人はあぁと頷いた。
二人も彼の為に散々振り回された過去があった。何か思い出したらムカついてくるのは気のせいではないだろう。
「今度アイツに会ったらボコボコにシメるからよろしく言っといて」
「いいわよ。むしろ半殺し以上も許しちゃうからどんどん殺っちゃって」
「あらそれは好都合♪」
龍造が咳払いて強引に彼らの会話を終わらせた。
「神亀、鳳凰。彼らは右から藤宮明と戸部萌。二人共俺の親戚だ」
「藤宮明だ」
「戸部萌よ。ヨロシクね」
四人は固い握手を交わした。
「それで、あいつはどうした?」
「現在沙奈ねぇに絶賛襲われてる」
「・・・アイツのブラコン具合はどうにかならんものかな」
「無理だと思う。沙奈ねぇにとって龍二は命以上の存在だし」
思わずため息をついて額に手をやった。
そこに伏龍が天龍を連れてきたのは、ちょうどそんな時だった。
「やけに遅かったじゃないか伏龍」
「これでも、急いだ方じゃよ。文句はこのアホに言うてくれ」
「はーなーしーてーフッキー」
「やかましい黙れじゃじゃ馬」
「あ、神亀に鳳凰だ! ヤッホー」
「黙れというに」
「あいだっ!?」
いつものように傍で暴れる(?)天龍の頭を伏龍の拳が襲った。涙目になりながら彼を見る彼女は何かを訴えているが、彼は聞く耳を持たない。
いつも通りだと神亀と鳳凰は深く頷いた。
「てんちゃんはこうじゃなきゃ」
反対に、顕現した明と萌の相棒である曉龍《ぎょうりゅう》と
龍造は二人を座らせると、伏龍が彼の意図を察していたかのように口を開く。
「じゃじゃ馬。早速じゃが、劉封達を鍛えてやってくれぬか? 時間が足りん」
「今は一人でも多く戦えるものが欲しい。やってくれないか?」
二人の願いを聞き終えた天龍は天井をっ見上げながら気だるそうに発言する。
「え~、め~ん~ど~い~」
断るか、と思った次の瞬間には何故か笑顔だった。
「けど楽しそうだからやってくる~♪」
言い終わるや鼻歌を歌いながらその場を後にした。
「相変わらず何考えているのか読めん」
「それがあ奴じゃ。まぁ安心せい。やることはちゃんとやるからの」
伏龍はそう楽観しているが、一抹の不安が拭えない龍造は保険をかけることにした。
「神亀」
はいはーいと彼は天龍の後について行った。彼女がちゃんとやっているか監視する為だ。
「敵出現!」
それは神亀が出てからそれほどたたない内に聞こえてきた。
「こんな時に来るとは、流石、というべきかのぅ?」
伏龍が皮肉を言う。「まぁよい。行こうか龍造や」
「ですな。おい、明と萌。鳳凰も来い。返り討ちにしてくれる」
彼らが駆け付けた時には、邸内並びに外では既に激しい戦いが繰り広げられていた。しかも今回は、敵の主力───ゼウス率いる直属軍が来襲していたらしい。
『いよいよ総大将のお出ましやな』
泰平の式神九条前関白近江守為憲が大内左馬介政義と共に武士団を率いて待機している。そこに、良介の式神菊地志摩守滿就がオオクニヌシの伝言を伝えに来た。
「『敵の出鼻を挫きたいから
との彼の申し出に、彼らは即了承した。
『いくで!
為憲の号令のもと、武士団は咆哮しながら敵に突撃を敢行した。
「澪ちゃん、私達も行くよ!」
『はい』
澪龍と融合した瑞穂が彼らの援護に回る。
「さっすが瑞穂。ダテに品川分場師範のだけあるな!」
感心している龍二を合流した伏龍が咎める。
「感心しとる場合じゃないぞ主。気を引きしめい」
「はいはい。んじゃま、いっちょやりますか」
融合した龍二は、その左の紫眼を迫り来る敵に向けた。
龍爪を構え、右足を引いて半身となる。
「さあ、一暴れするとしよう」
敵を屠り、進化した紫金の炎で焼き尽くす彼は、まさに鬼神を彷彿させた。
人間達が頑張る姿を見て、神族の連中も黙ってはいない。彼ら以上に頑張る。
「少々厄介ですね」
遠くの方から見ていたミカエルが呟く。彼が特に舌を巻いたのは他でもない人間だった。
「不思議な力を持った者達だな。何者なんだ彼らは。───主?」
返事がないのを不審に思ったミカエルが振り向くと、そこに主人ゼウスの姿はなかった。
(一体どこに?)
「やあゼウス。待ってたよ」
自室でオオクニヌシは茶を啜りながら闖入者に片手をあげた。アマテラスはオオクニヌシの対面に湯呑みを置いた。
「やっぱ旨いな、アマテラスさんの茶は」
敵総大将ゼウスが黙って啜る。イザナギは有事に備えて外で待機していた。
「もう、何年経つかな?」
「百年くらいじゃないか?」
「長いものですね」
三人は茶を啜りながらしんみりとしていた。
「不毛な争いだな」
「あぁ、無駄な血が多く流れた」
外では激しい戦闘が繰り広げられてここだけ世界から隔離されたように静寂な時が流れていた。本来なら、今すぐこの場で決着を付けなければならない。それが、この不毛で無意味な戦いを終わらせる唯一の手段である。
だが、それを誰も口にしなかった。ほんの少しでもこの時間が長くあることを願っていた。
「そろそろお暇しようか」
「そうか。息災でな」
去っていくゼウスもそうだが、オオクニヌシは終始寂しい笑顔を向けていた。
「ん?」
龍二はふと視線を感じ顔を向けると、漆黒の翼を羽ばたかせる男が自分を見下ろしていた。
(誰だあれ?)
(さてな。じゃが、その辺の雑魚ではないのは、確かじゃ)
「・・・・・・・・・」
彼は無言を貫いており、誰なのか分からない。ただ、自分を見つめるその瞳が哀しみに満ちていた気がした。
(あの子は・・・・・・・・・)
ゆっくり降下しながら男はある男の話を思い出していた。
───進藤龍二は俺が殺る! 邪魔はするな───
近づく男に龍二は警戒心を抱いていなかった。敵意を感じなかったからだ。
「君が進藤龍二か?」
「? そうだけど」
柔らかな、しかし哀愁漂う口調に龍二は不思議に感じたが、もとより彼に武器を向ける気がなかった。
龍二は龍爪の穂先を地面に向けてそう答えた。
男は「そうか」と哀しい笑顔で一瞥し、飛び去った。
「・・・・・・・・・」
彼の背中は自分に向かって謝っているように龍二は思った。
「それで、貴方は全体何してたやがったんですか?」
「口が悪いぞミカエル。それに、何のことだかさっぱりだぞ?」
撤退する魔王軍の後ろでミカエルはゼウスに詰め寄った。
ゼウスはそらとぼけた。
「オオクニヌシ殿にこっそり会って、はたまたコウ様とばったり
「バレたか」
「怒りますよ?」
少しご立腹のミカエルに、ゼウスは冗談だと宥めた。
「オオクニヌシに会ったのは、今生の別れに行ったに過ぎない。コウに会ったのは本当に偶然だ。他意はない」
「・・・・・・まぁ、そんなこったろうと思いましたよ」
「だったら聞くな」
「ならお守り役の私の身にもなってください隠すのに私がどれだけ苦労したと」
はいはいとゼウスは聞き流した。
その顔は何だか嬉しそうにニヤついていた。
(アイツの成長が楽しみだ)
そんな顔を見て全くとミカエルはため息をついた。
「それで、コウ様は元気だったんですか?」
「あぁ」
「それは良かった。安心しました」
ミカエルかわずかに微笑んだ。
それから数十日の間、魔族と神族は度々刃を交えたが、いずれも小競り合いに似たようなもので大した被害はでなかった。とはいえ、死者が出なかったことはない。
ある夜、コウフラハは月を見ていた。縁側に腰を下ろし、何を思うこともなく月を見ていた。
「よぉコウ。また、月を見てるのか?」
よっこいしょと隣に座ったのはやはり龍彦だった。
「飽きねぇな」
この二人、よく至る場所で会っては遊んだり話したりとよく縁がある。
「あ、龍彦様。はい、月はいつ見ても綺麗で落ち着くんです」
コウフラハはぼんやり月を眺めていた。
「それで、今日は誰を想って見ていたんだ?」
「僕のお父さん。ゼウスです」
龍彦の眼が刹那大きく見開かれた。
「知っていたのか」
「───はい」
彼の質問に、コウフラハはゆっくり頭を振った。
「初めは知りませんでした。けど、たまたま廊下を歩いてたら魔族の人とすれ違ったんです。その人が小声で呟いたんですよ。『すまないな、コウ』って」
龍彦は苦笑した。
「おれはどうやら魔王という男を勘違いしてたようだ」
「ふふ。僕だって、最初はそうでしたよ。魔族は絶対悪だって。でも、だんだん『それはひょっとして違うんじゃないか』と思うようになったのです。何となくですけど。あの人を本当の父だと確信してからは、一層そう思いました」
「そうか」
悪の全てが悪ではない。その中に少なからず善がある、なんて誰かが言っていた気がする。
(精進が足りねぇな)
照れ隠しするように後頭部を軽く掻いた。
「どうしたんです龍彦様?」
コウフラハが怪訝な表情で覗き込んできたので何でもないと告げた。
「先入観ってのは厄介だなと思ってな」
「そうですね。真実を曇らせると思います」
「あぁ。しかもそれが無意識のうちに働くから尚更だ」
はい、とコウフラハ。
彼は話題を変えた。
「龍彦様。僕、龍彦様のお話が聞きたい」
無邪気な笑顔のコウフラハを見て、よし、と龍彦はコウフラハに自身の思い出話を聞かせてやった。
「龍彦様ってやっぱ凄いんですね!」
「待て待てコウ。俺だって失敗くらいはするぞ。人間は完璧じゃねぇんだから」
「そうですか?」
「そういうもんさ。───時にコウ」
「何ですか?」
「お前、親父さんのトコに行きたいと思うか?」
何でもない気まぐれの質問。それに、コウフラハはゆっくり否定した。
「僕の家族はおじさん達です。それに、お父さんはそんなこと望んでないはずですから」
「・・・・・・成程な。そりゃ確かに」
龍彦はふふんと持ってきた酒を飲みはじめた。
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