四章  反乱

 黒淵師径を滅した龍二は救出した達子と美琴を連れて帰路についていた。


 あの後、達子に美琴のことを話して達子の妹ということにしてくれないかと頼んだ。すると彼女は「オッケー分かった!」とあっさり了承した。


 流石に早すぎる回答に龍二が家は大丈夫かと聞き返すと彼女は親指を立てながら自信満々に告げた。


「おかーさんなら一発オッケーって言うよ!」


 笑顔の彼女に意見をしようとしてふと考えた。そして頷いた。そうだな、彼女の母達江さんは懐が広すぎるから即答しそうな気がする。


 そうしてさて連中にはどう説明しようかなと思案しながらオオクニ邸に到着したのだ。

 ある程度内容が定まったので大広間の襖を開けるとそこにが楽しく談笑していたのを見て瞬時にイラっとした。


「ちょ、進藤君? そろそろこの手の力を弛めてくれないかな? でないと、僕ら死んじゃうよ?」

「そ、そうよ。こっち来て早々握り殺されるなんてシャレになんないわ?!」

「ほーう、そうか。なら、何でお前らがここにいるのか俺が納得いくよーにその理由を3000文字以上5000文字以下で述べてくれ。い・ま・す・ぐ・にっ」

「いだだだだだだだ!!! 砕ける! 頭砕けるぅっ!」

 口角の上がっていない、眼だけが笑っている龍二は両手の握力でクラスメイトの南雲俊介と奈良沢貴子の頭蓋をゆっくりと潰しにかかっていた。悲鳴を上げるが構わず力を籠める。


「大体貴様らは自分のことを何だと───」

「ひぃー」

 その横で、伏龍によって瞑龍と煉龍他と謎の半霊と天龍(彼女の場合、理由は言うまでもないだろう)がこってり絞られていた。


 そして、彼らと少し離れた場所では、達子と呉禁、龍彦や四聖を除いた面々が謎の半霊(?)の主こと進藤沙奈江を取り囲んでいた。

「僕らはどうしたらいいのかな?」

「さあ? でも、受け入れる覚悟はあるわよ?」

 良介と明美がそんなことを言っている側では、安徳と和美が疑問の眼差しで彼女を見ていた。

「何かね、私にはどーしても沙奈江さんが龍二君のお姉さんとは思えないのですよ」

「奇遇ですね。私もにわかには信じられないですね」


 ほぼ完璧超人の兄龍一を見ている二人にとって、このどこか抜けていて自由奔放、お気楽な彼女が龍二の姉など到底信じることができない。


「えっと、沙奈江ちゃん? 色々とツッこんでもいいかしら?」

「取り敢えず沙奈姉。何でアンタがここにいるのか説明してくれ」

 瑞穂と藤宮明、戸部萌が皆を代表して沙奈江に詰問した。


『えっとね、えっとね♪』

 沙奈江はこれまでの経緯を楽しそうに話し始めた。


 彼女の話をかいつまんで話せば、〝たまたま〟現世そとに出てみたら、何だかわけの分からん連中が町を壊していて、父のもとに行って色々と協力するという名目でこっちの世界に来たのはいいが、いとし可愛い弟君二号こと龍二を発見したものの『何となく』バレたくなかったので取り敢えず家宝の龍爪に隠れたら、〝たまたま〟後藤和美の式神藤原京子に出会い、そのまま中で過ごしていたら何か面白ことに巻き込まれて今に至るらしい。

「あーだから最近京子さんちょくちょくいなくなってたのかな」

 三人が頭を抱えている横で和美は独り言をつぶやいて納得していた。



 そういえばと、和美は萌に先程から彼女の口から出てくる『二号』っ誰を指しているのか聞いてみると萌はあぁと困惑しながら説明を始めた。

「えーっとね・・・・・・『二号』ってのは龍二のことよ。ちなみに、一号は龍一さんね」

「理由は聞くな。絶対に聞くな」

 話に割り込んできた明の言葉は妙な説得力があったので、妙に納得してこくこく頷いてそれ以上は聞かなかった。雉も鳴かずば撃たれまい、知らぬが仏だ。


 一方で、伏龍による煉龍達への説教はまだ続いていた。何故ここに来たのかとかその他これまでに溜まっていたことを吐き出している様子だ。

「ねぇ~、フッキぃ~。まだ終わんないのぉ」

 ブチッ

「お主は人の話を最後まで聞けんのかっ!!!」

 天龍のf不用意な一言と態度に完全にキレた伏龍は彼女の頭を思いっきりぶん殴った。

 それを見ていた霊(?)が怒り出す。

「あ、てめぇ! 俺の娘を───」

「もとは貴様のせいじゃろうこのたわけがっ!!!」

 伏龍は、霊にアッパーを喰らわし、落ちてきたところに続け様に紫炎の拳を振り下ろした。その強烈な攻撃に霊は眼を星にして気絶してしまった。

「瞑、煉」

「は、はい」

「な、何ですぅ?」

 怒髪天を衝く伏龍の口から紫焔がゆっくりと漏れ出ている。その視線は既に生気を失っていた。

 今の彼に口答えしたものなら即座にあの世に召される。彼の全身から溢れ出る負の気に完全に縮み上がっていた二人は、身を震わせながら彼の言葉を待った。

 天龍は唖然としていた。

「このバカをどっかに捨ててこい。もしくはがんじがらめにしてその辺に首から上だけ晒せ。よいな?」

 二人は骨髄反射で出そうになった反論を辛うじて飲み込んで、それでも自らの王に

同情せざるを得ない。

「りょ、了解、しました」

「は、はいですぅ~」

 二人は我が身の安全を思いつつも、自分達の大将をすてるのは憚られた。しかし、かと言ってこの迷惑千万の害虫的疫病神を許す気は毛頭ない。

 彼女達は亜空間から鉄の紐を取り出すと、それを超絶きつく彼の身体に縛り上げこれまた取り出したスコップにて庭に穴を掘り彼の首から下を埋め、これでもかってくらいに周りを踏み固めた。

「さて、天よ。どうしてくれようかの?」

 一仕事終えた彼であったが、残る疫病神への説教を忘れたわけではなかった。

「わー! ごめんなさいごめんなさいフッキー許してっっ!」

 あまりの殺気に泣いて詫びる彼女を見下ろしながら伏龍は「まあよいわ」と言って去ると、天龍はすぐさま主人の趙雲に泣きついた。


「わ~ん子龍く~ん、怖かったヨォ~」

 大泣きしながらしがみつく彼女を主の趙雲は黙って子供をあやすように慰めた。

「怖かったですねーよしよし」

 何だかんだ言って趙雲は彼女に甘かったりする。

 それを遠目に見ていた伏龍は肩を竦めて部屋の一角にどっかりと腰を落とした。隣に『仕事』を終えた煉龍が同じく腰を落とした。

「何だか疲れるわい」

「しょうがないですよぉ。天姉ぇ様は昔っからあんなんですからぁ」

「まあ今更だがの。───ところで煉よ。急がぬとお主の主人が我が主に握り殺されるぞ」

「ふえ?」

 間抜けな声を出して伏龍がほれと指差した場所を見ると、今にも死にそうな顔でシメられている南雲と悪魔の笑みを浮かべる龍二の姿を確認した。

「わぁー! 俊介くぅんッッッ!!!」

 脱兎のごとく飛び出した煉龍が龍二の魔の手から奪還すると唸っている南雲の頬を叩きながら彼女は彼の名を呼び続けた。


「あらあら。煉ちゃんったら」

 含み笑いを浮かべる瞑龍に、伏龍がククッと笑う。

「わしを含めて、わしらは時々の主に惚れ込むようじゃの」

「あら今更気付いたんですか? 貴方ともあろう御方が」

「ふん、わしとてお主らとさして変わらぬ存在よ。解らぬこともあるわい。紅よ、お主もそう思うじゃろ?」

 少し離れた場所に座していた紅龍はこくりと頷いた。

「お主は行かなくて良いのか?」

 伏龍が訊くと、瞑龍はクスリと笑うだけであった。

「私の主人は、達子さんと同じくらい丈夫ですから」

 そんな会話をしている間に、龍二の〝処刑〟は終了したようで、奈良沢は頭を押さえて唸っていた。

「いっっっったぁぁぁぁぁぁ! 頭カチ割れるかと思ったわ~」

「君は、何で平気でいられたんだい?」

 煉龍の膝の上で〝かろうじて生き返った〟南雲は彼女と対照的に真っ青である。

「さあ?」

 彼女の答えを聞いた南雲は何も聞かなかったことにして煉龍の癒しを享受することにした。













「何とも賑やかですな」

 隣の部屋で、オオクニヌシノミコトが茶を啜りながら暢気に言った。

「若い奴は、あれくらい元気がないとな」

「・・・・・・。龍彦よ。お主ホントに自由気ままな奴じゃな」

「おいおい青龍。今更じゃねぇかそれこそ」

 酒を呑みながら片膝を立て不適な笑みを浮かべる龍彦を青龍はそうであったなと猪口に注がれた酒をクイと飲み干した。

「龍造から奴らを護るように厳命されているんだ。主人がどうであれ奴らが何とかすんだろ意地でも」

 龍彦は膝の上でスヤスヤ眠っているコウフラキの頬を撫でながら外をぼんやり見ていた。憂いなどないように思える。


 眺めていた外から視線を外しながら、気だるく頬杖をついてオオクニを見据える。

「んじゃ、こっちの問題を片づける算段をつけようか?」

 それを聞いたオオクニヌシも表情を曇らせながら応対する。

 魔族が制圧していた『門』は奪還を完了、提携関係にあった黒淵は龍二らによって根絶した。だが、ゼウスを含めて向こうはほぼ無傷に近い状態だが、こちらの損耗は激しいにも拘らず補給等が追い付いていない状況だ。これらを改善しない限り龍彦はじり貧であると暗に指摘した。

「奴らが攻めて来ないこの間に、こちら側の問題を潰しておこうぜ?」

 その時、イザナギが断りを入れて一つを報告する。

「タヲヤメノオオミコト、スクネノミコト他数名に不穏な動きの由」

「はぁ、よりによってこんな時に・・・・・・・・・」

 オオクニが落胆する。だが、納得できることである。あの二人は実力こそあるが、野心もまた他の追随を許さぬ程激しいものだった。

 こういう時、古今東西確実に反乱が起こることを彼らは知っていたので、オオクニヌシは信頼できる者を呼ぶや自身の書を持たせて直ちに発たせた。

「オオクニヌシよ。万一タヲヤメノオオミコトとスクネノミコトが俺達を裏切ったら俺に任せてくれ」

 コイツの為に引導を渡してくれるとコウフラハを見ながら龍彦は愛刀の鯉口を切りながら告げる。彼には二度もコウフラハの為に尽力してくれたこともあるし、コウフラハも彼に懐いているので安心していた。その為、オオクニヌシはその件を彼に任せることにした。

「であれば、劉封達の完成も急がねばな」

 黄龍が、外を見ながらそう呟いた。
















 ぺちぺち。ぺちぺち

 大広間の別の一角で、四宝院華奈未は美琴のあらゆる所を触りまくっていた。

「私と同じだけど、違うのね」

「えっと、カナちゃん? あんま触られるとちょっと」

 顔を赤らめる美琴に、華奈未は慌てて手を戻す。

「ごめんなさいね。悪気はないのよ」

「いいの、大丈夫」

 四宝院華奈未と神戸美琴は『複製品クローン』という点で同じである。しかし過程はまるで違っていた。


「カナちゃんも私と同じなんだよね?」

「そ、私は科学技術だけどね」

 華奈未は自嘲する。

「けど、今は私達も立派な人間だもんね」

「はい♪」

「それを除いてだけど」

 華奈未が彼女の背中を指差した。背中越しに見えるキューピッドのような純白の翼が、小刻みに動いていた。

「えへへ」

 舌をちろっと出して美琴は笑った。どうやら、この翼のことを彼女は痛く気に入ったようだ。

 華奈未が後で龍二から聞いた話では、どうやら達子奪還戦の時、髪が銀髪になり口調も全く違っていたもう一人の美琴がいたというが本人には内緒ということを固く言われていたのでそのことは話していない。

 敢えて口にしないが。

「それで、美琴ちゃんはちゃんと『お姉ちゃん』に全部話したんでしょ?」

「うん」

 龍二が師径と決着をつけた後、美琴は龍二同伴のもとオリジナルである達子に事情を説明している際に「私の『お姉ちゃん』になってください」と申し出た。

「いいよ♪」

 その時の達子の即答には拍子抜けしてしまったが。

「あのさ、華奈未さん」

 美琴は話題を変えた。

「何?」

「龍二君、大丈夫かな?」

 そう言って一角を指さした所には、一部の女性陣にもみくちゃにされている龍二が暴れている。

「うーん、ライバル増えまくっちゃったからね。当の恋人さんは否定拒絶どころか全肯定してるから・・・・・・・・・」

 龍二の未来に二人は合掌した。

 南無。




















 そこだけ他の世界と隔絶されたように蒸し暑かった。むしろ、それを見た男を一瞬のうちに腹立たせるか暴力の衝動を駆り立てるには十分羨ましいものがある。

 仮に健全なる男子がいたなら「リア充討つべしッ!」「モテ男に制裁を!!」と大挙して押し寄せるであろう。

「りゅ~う~じ~♪」

「りゅ~う~じ~く~ん♪」

『に~ご~う~♪』

「(どうしてこうなった?)」

 布団の中で龍二は恋人達子とカスガノミコトに姉の沙奈江によって密着されている。

「あーそのぉ、何だ・・・・・・・・・。俺めっさあっついねんけど! 暑苦しいんだけど!? 首苦しいねんけど! だからはーなーれーろー!!」

 彼の必死の願いは「嫌だ」という彼女達の一言であっさり切り捨てられた。

「今日は皆一緒に寝るんだよ~龍二ぃ」

「待てコラ。何でテメェがここにいんだ瑞穂。そして何故そうなる」

 瑞穂はビシィッと手を挙げて

「沙奈江ちゃんに誘われました! そして一緒に寝ることは皆の相違であります」

 と軍人風に言った。

 龍二のテンションがガクンと急降下した。何もかもがどうでもよくなってしまった。

 きっと何かしらの反論をしたところでバッサリ切り捨てられるに決まっている。連中に理屈云々など通用しない。

「寝るッ」

 ふて腐れるように布団にぶっ倒れたが、何故か四人も彼と一緒に倒れ込んだ。

「何でだよっ!」

 ツッコミを入れても、彼女達は何がおかしいと言わんばかりに首を傾げていた。

(はっはっは。龍二諦めろ。お主には女難の相が出まくっておるからのぅ)

(・・・・・・・・・)

「あぁもう! 好きにしやがれ!」

 とうとう彼は自棄ヤケになった。

 彼女達に揉みくちゃにされながらも、彼は完全に流れに任せていた。

「ま、頑張ってくださいな」

 隙間からこっそり覗いていた安徳は微笑して自分の部屋に戻っていった。

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