第65話 専業主夫も楽じゃない


 平日の午前8時過ぎ。


「それじゃあ仕事行ってくるからね」

「留守はお願いします」

「行ってくる……」

「いい子にしてるんだよ?」


「はいはい。いい子にしてるから、いってらっしゃい」


 彼女ら4人が仕事へと向かった。

 いつもなら俺も同じ時間に家を出てバイトへ向かうのだが、今日はシフトに入っていない。

 平日だというのに、丸一日家にいる成人男性がここに誕生してしまったわけだ。


「さてと、家事でもしますか」


 とは言え、俺はニートではない。

 今日の俺は専業主夫だ。

 主婦を軽視する旦那さんは、一度でいいから専業主夫を体験するべきだと思う。

 子育てが無くてもマジで大変だから。

 家族の人数にもよるが、家事を全て担当するのなら、仕事をしていなくても許されるのは確実だろう。そう思えるくらいには。


「まずはベッドからか。はぁ……」


 いきなりだが、なかなか面倒くさい家事がやってきた。

 ベッドの洗濯である。

 女性が4人含まれているとは言え、大人5人で寝ているベッドだ。キングサイズよりもさらに大きい。

 掛け布団はベランダに干し、ボックスシーツは外して洗濯機に突っ込む。

 巨大なボックスシーツ外しは、腰を曲げて行わなければいけない重労働だ。


 そんな重労働中に、あるモノを発見してしまった。


「……まじか」


 シーツについた赤い染み。

 ほぼ間違いなく経血だろう。

 男はこれを見ると、思わず身構えてしまうものだ。

 なぜなら、これは女性の生理中を意味するからだ。

 しかし、このシェアハウスには4人の女性が暮らしているわけで、特定は困難だ。


「え、誰の血だコレ。やっべ全く分かんなかったぁ……」


 俺は昨日の記憶を辿っていくが、これといった兆しは見つけられなかった。

 それもそのはずで、彼女らはもう十何年も生理と戦い続けてきた歴戦の戦士だ。顔に出さない程度のスキルは誰もが身につけているだろう。

 毎日を何の苦労もなく生きている男が見破れるはずがなかった。


「やっぱり彼氏として生理周期は把握しておくべきなのか? 将来的に子作りとかも考えると必要になってくると思うし。でも真顔でキモいとか言われそうだよなぁ……」


 そんなこんなで考え事をしていると、時間はあっという間に過ぎていくもので。

 洗濯機から終わりの音楽が流れていた。


「やっべ。洗濯物は早いとこ干さないと乾かなくなるっ。んで買い出しにも行かないといけねぇ! 時間がねぇ!」


 慌てて洗濯機から5人分の衣類とボックスシーツを取り出すと、ベランダに直行してハンガーにかけていく。

 下着類はベランダではなく室内に干し、俺は買い出しへと向かった。


 そして午後の4時過ぎ。


「はぁ……やっと終わったぁ」


 取り込んだ洗濯物を畳み、ベッドにシーツを被せ、今日の家事は終わった。

 洗濯から始まり、買い出しに掃除機、遅めの昼ご飯を済ませたら食器洗いをし、米を炊いてから風呂掃除まで終わらせた。買い出しは車がないから自転車だ。

 コンビニのバイトよりもハードな1日であった。


「ああぁぁぁぁ。疲れた……」


 リビングのソファに倒れ込み、ふかふかを体全体で感じる。

 もうここから動きたくない。


「でもなぁ。夕食の一品くらい作っといてやるか、アイツらも仕事で疲れて帰ってくるんだし、仕方ねぇ」


 誰か知らんけど生理だしな。可能な限りご機嫌をとっておかなければ、思わぬ地雷を踏みかねない。




 ***




「ただいま帰ったよー」

「あれ? 部屋真っ暗ですね」

「……もしかして死んでるんじゃ」

「そんなわけないでしょ」


 仕事を終え、シェアハウスの女性陣4人が家に帰ってきた。

 シェアハウスの中は明かりひとつなく夜と同化しており、人が留守番しているとは思えなかった。

 一抹の不安を感じつつ、れいがリビングの扉を開くと、僅かに聴こえる規則的な呼吸音に4人全員胸を撫で下ろす。


「寝ちゃってるね。どうしよっか、起こさないであげた方がいいかな」


「なら私、起こさないように添い寝します」


 そう言って、まといが寝ている風流ふうりゅうの横に潜り込む。


「絶対起きると思うけど……」


「どっちにしろ、夕食ができたら起こさないといけないし、いいんじゃない?」


 纏が添い寝をする中、嶺、水琴みこといのりの3人は夕食の準備に取り掛かる。


「あ、フライパンの中に肉野菜炒めが入ってるよ。風流くんの得意料理だね。これでもかってくらい野菜でかさ増ししてるやつ」


「もっとお肉投入していいのに……流様は貧乏人気質だから……」


「まぁまぁ、せっかくフゥくん作ってくれたし、ケチつけないの。纏ちゃん、フゥくん起こしてくれる?」


 帰ってきた時点で、夕飯の準備はほぼ完了していた。

 ならもういいかと、祈が纏に呼びかけるが、纏からの返答はない。


「……すぅ」


 纏も風流もぴくりとも動かず、その名の通り添い寝していた。


「完全に熟睡してる……」




 ***




 夕食後。

 今日は纏さんがやけに積極的だ。

 ソファに座っていたら抱きついてくるし、膝枕を要求してくるし、とにかく甘えてくる。

 そして逆に他3人は消極的と言うか、遠慮している感じだ。

 原因はすぐにわかった。


「今日はすっごく大変だったんですよ。なんか眠いなぁと思ったら生理がきてまして、頭も痛いしで大変で大変で」


「うんうん。それは大変だったね」


 そう言って、優しく頭を撫でてやる。

 生理中の女性は男からしたら爆弾だ。しかもどこに起爆スイッチがあるのかもわからない爆弾だ。

 こういうのは可能な限り、丁寧に扱うのが吉であろう。


「本当に今日は大変だったんですからね。わかってます?」


「わかってるよ」


「嘘です。男は生理の辛さなんか永遠に理解できないんです」


 めんどくせえ。


「それはその通りだけど、朝からずっと心配はしてたんだぞ」


「え? 朝からですか?」


「ああ。シーツに血がついてたから、さすがに誰のかはわからなかったけど、心配はしてたんだぞ。シーツの血を落とすのには苦労したが」


「それは……ごめんなさい。お手数おかけしました」




 ***




 風呂上がりの脱衣所。

 今日は私が最後の入浴になる。

 何故なら生理だからだ。

 滅多に無いことだが、湯船に経血が入ったりしたら、後の人に申し訳ない。

 それを危惧して、生理の人は最後に入浴するのがルールである。


 生理の日は嫌いだ。

 入浴中もため息ばかり吐いていた。

 生理が嫌いな女性はむしろ一般的、好きな方が少数派だ。

 だけど私は、頭が痛いとか、イライラするとか、気持ち悪いとか、そういうのが嫌なのではない。


 Hに参加できないのが1番嫌だ。


 入浴後、寝室に行くと、親友3人と大好きな彼は裸で行為に及んでいて、私だけ服を着たまま傍観者。

 キスとか、そのくらいはするけど、粘膜と粘膜がピッタリとくっつく、あの密着感にはほど遠い。


「(はぁ……3人ともトロンとした顔して、仕事のストレスも人間関係も、何もかも忘れられて、羨ましい……)」


 本来ならば私もそんな顔して、何も考えられなくなるくらい夢中になってるはずなのに。


「(風流さんも気持ち良さそうな、でも感じるの我慢して苦しそうな顔して、それ女の子が1番嬉しいやつですよ)」


 本当は私が、風流さんにそんな顔させてあげたかった。

 私が参加しなくても、風流さんは気持ちよさそうに喘いで、身を捩らせてしまう。

 私じゃなくても彼は感じるし、果ててしまう。


「(ああ、寝取られ本の被害者サイドって、こんな気持ちなんだ。なかなか精神的にくるなぁ……)」


 すぐ隣では、親友と彼が上の口と下の口両方で、愛を確かめ合っている。

 すると私だけ愛されていないような、そんな気になってしまう。


「(お願いです。風流さん。私以外の女で射精しないでください)」


 そう願うものの、親友の膣から引き抜かれた男性器には、精液の入ったコンドームが装着されていた。


「纏ちゃんさぁ、服くらい脱ぎなよ。雰囲気だけでも参加した気にならないと、辛いだけだよ?」


「もう事後ですけど何か……みたいな顔でいれば……私も生理の日はそうしてる……」


「意地張ってないで、ほら、脱いで脱いで」


「別にいいじゃないですか。どうせ私はHしないんですから、このままで問題ないじゃないですか!」


「……ならいいけど」

「……。」

「……そっか」




 ***




 1時間ほど経過した。

 行為が終わった。

 行為が終わったのだ!

 ようやく行為が終わったのだ!


「風流さーん!」


 声音で私のウキウキ感が伝わるだろう。

 ようやく私の番がきたのだ。

 行為の快楽からか、放心状態の彼の隣にするりと潜り込み、整った顔を覗き込む。

 しかし、反応がない。


「あれ? 風流さん?」


 ゆさゆさと優しく揺さぶってみるが、聴こえてくるのは呼吸音のみ。

 これは間違いなく寝ている。

 アフターケアも放棄して、セックスしたら即爆睡。見事なクズ男ムーブだ。


「ごめん纏ちゃん。調子に乗ってヤリ過ぎちゃったみたいで、疲れて寝ちゃったみたい」


「ごめん……流様が余りにも可愛いから……つい……おとそうとしちゃった……」


「とりあえず、フゥくんの体拭いてあげよっか」


 祈さんの言葉に同意して、3人はティッシュ箱に手を伸ばす。

 しかし私は、冷静ではいられなかった。

 風流さんを起こそうと、加減を忘れて揺さぶる。


「むうううっ! なんで私だけキスしただけで満足しないといけないんですか! 他の3人はキスしてからセックスまでして、風流さんにいっぱい体触ってもらってたのに! 私だけ一回のキスで我慢しろなんて、それは無いですよ!」


「っ! ちょっと、纏ちゃん!」


「ごめん……私たちが悪かったから……流様は悪くない……」


「なんなら私たちが纏ちゃんを満足させるから、ね? フゥくん起きちゃうよ」


「うるさい! 友達に慰めてもらうなんて虚しいだけですよ! さっきまで思う存分楽しんでたくせに! 私を止めないでください!」


「「「うう……」」」


 邪魔者3人は黙らせた。

 あとは風流さんを起こすだけだ。

 別にHな事をして欲しいわけじゃない。

 ただ楽しく会話して、私を愛してくれているんだと思えれば、それだけでいいんだ。


 しかし、ここで私は躊躇ってしまう。


 ピロートークも無しに、行為を終えて即爆睡する男はマナー違反だ。

 しかし、疲れて眠ってしまった彼を、ピロートークがしたいという理由で起こす女も非常識ではないだろうか。

 いつもセックス後のアフターケアまでかかさない風流さんだ。望んでこうなったはずがない。


「ううぅぅぅっ……! もう知りません!」


 明日起きたら文句を言ってやる。

 そう心に決めてふて寝した。

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