⑦アマトの信念

 とても安心できる声だった。そしてそこにいたのは……、


「アマト――――どうしてここに!」


 それは見慣れた茶髪の男、篠宮天祷。彼は笑いながら僕の元まで歩み寄ってくる。


「ほぉ、ずいぶんと暗い顔して。……どうせ神様に何か言われたんだろうな」


 本当に、的確に答えを付いてくる。


「…………うん、ボロクソに言われちゃった」

「……そうか、あまり気にするなよ。気にしたらそれはそれで相手の思う壺だからな」


 相手の思う壺、なのは本当だと思う。……けれど、


「……僕、必要ないのかな」


 力なく、アマトには聞こえない程度の声の大きさで呟いた。

 ところが、


「ちょっと聞いてくれないか」


 アマトは小さく笑いながら、僕の頭をポンと撫でた。掌自体は大きくないけど、とても安心できる温もりを感じる。


「三日前の神様の心境は、今とは違うんだろうよ。何ていうか、もっと余裕があったってか、ゲームを楽しむ余裕があったというか……」

「……今はどんな風に変わったの?」

「――――構ってほしいんだろうな、神様は俺に」

「構ってほしい?」


 アマトは一息入れて、そして続きを話していく。


「俺が片瀬と初めて接触した時、俺は動かないと言ったし、そういった動作をした。けども神様が片瀬を操作して俺に接触を図らせた。これは神様の構ってほしいっつー気持ちの表れなのかもな」

「……けど、それだけじゃ何とも……」

「ああ、だから俺はちょっとずつ神様に揺さぶりをかけたんだ。そしたら思いのほか俺の言葉に食いついてくる。特に『普通の女の子』みたいだ、っていうワードにな。たぶん、今まで言われたことないんだろうよ、こんなこと」

「……それが、構ってほしいっていう気持ちと関係あるの?」


「これまでに散々『ラブゲーム』を仕掛けていたが、怖がられていたか気味悪がられていたか、はたまた呆れられていたかで、『普通の女の子』として構ってもらえなかったんだろう。だから、俺がそう言うと心が揺らぐ。要はそういうことだ、理屈は簡単だろ?」

「そういえば、今日のアマトは片瀬さんや委員長さんばかりに構ってたよね?」

「ああ、神様と話す機会はぐっと減らした。昼の時間だって片瀬と二人きりだったし。それも神様の動向を伺うためにワザとやったんだ。結果はビンゴ、明らかに神様の心は揺らいでるだろ?」


 彼はスラスラと述べた。


「詳しくは全く分からないけど、神様はひょっとしたら心の内に問題を抱えてる。だから表面的にはクールに取り繕っていても、その中身はブレやすい。イーさんにボロクソ言ったのもそうだ。心に余裕はなんてもうほとんどない」


 彼は断言してのけた。一切の迷いなく、結論を信じてやまない目をしていた。


「……すごいね、アマトは。僕なんてそこまで絶対に分からないよ。やっぱり、アマト一人でも十分立ち向かえるはずなんじゃ…………」


 心の余裕がなくなったって、神様が僕に言ったことは紛いもなく正論なのだろう。だって、こうやって実力を思い知らされているのだから。

 だけれども、アマトは掌に込める力を大きくして、


「イーさんには誰にも負けない――――『正義の心』があると思う」

「…………正義の心?」

「ああ、今回だってそうだろ? あの神様が勝つことが許せないだろ? 誰かを傷つけることが許せないんじゃないのか? イーさんならそう思うはずだろ?」

「うん、許せないよ。片瀬さんだって委員長さんだって、嫌な思いをしてほしくない」


 アマトは優しく僕を見守るように笑ってくれた。僕も神様にボロクソ言われたことを忘れて、彼に釣られて笑った。


「――――ゲーム攻略のための糸口が二つある」

「……教えて。僕も力になりたい」


 アマトは嬉しそうに笑ってくれた。


「一つは前川空だ。委員長は全部知ってる」

「……どういうこと?」

「言葉通りだぞ。神様っていうことは伏せてるけど、女に脅されて恋愛ゲームをされてるって言ってある。だから、委員長と協力して神様を上手く出し抜きたい」

「もう一つは―――『恋愛目録』だよね?」

「そうだな、あの『恋愛目録』に何かしらの攻略ヒントが隠されているだろうな」


 そう、神様の『恋愛目録』。予想するに、過去のラブゲームの内容が記載されているのであろう。それが『ラブゲーム』攻略の、最大の糸口。

 アマトはそっと僕の頭から手を放した。


「とにかく、このゲームを終わらせよう」


 その言葉は、とても力強い。心強い。


「――――――つまんねぇ展開に決着ケリを付けるぞ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る