88


 どうやら転移魔法陣は雑な作りだったらしい。俺が飛んだ場所よりかなり離れた位置にサリエラの気配を感じたから。


 やれやれ。


 溜め息を吐きながら森の中を歩き出す。しかしすぐに走り出した。気配からサリエラが誰かと交戦しているのがわかったからだ。


 しかも仲間も向かっているか……


 俺は更に走る速度を上げる。そしてなんとかぎりぎり間に合うことができた。


「サリエラ!」


 叫びながら両手斧を振り上げている男に最大の威圧をしながら斬りかかる。すると男は驚いた後、反撃せずに下がっていった。どうやら冷静な判断ができる人物らしい。仲間がやられていてもだ。


 厄介だな。


 倒れているダークエルフを一瞥した後、再びサリエラに声をかける。


「大丈夫か?」

「らいじょぶですっ」


 サリエラは涙で顔を濡らしながら返事をしてくる。相当怖かったのだろう。だから安心できるよう優しく言葉をかけた。


「さっさと終わらせてやるから休んでいろ」

「ひっく、キリクさあん……」

「やれやれ」


 溜め息を吐くとダークエルフ二人組に剣先を向ける。もちろん二人組は怯むどころか笑みを浮かべる。しかも男の方が興味深気に声をかけてきたのだ。


「貴様何者だ?」

「ただの冒険者だ」

「ただの冒険者があんな威圧を出せるわけなかろう……。だが、面白い。次は屈せずにこのデボットが倒してやろう」


 デボットと名乗ったダークエルフはそう言うと両手斧を振り回しながら向かってきた。俺はすぐさまサリエラを引き寄せる。そしてポケットから小型の筒状の物を取り出し地面に叩きつけた。直後、俺達を中心に直径十メートル程の魔法陣が地面に現れる。


「な、なんだ⁉︎」


 デボットは危険を感じとったのか後ろに下がろうする。しかし、もう遅かった。地面から勢いよくクリスタル状の蔦が生え身体に絡み付いたから。


「くそっ! 身動きが取れん!」


 デボットは必死に身体に巻きついたクリスタル状の蔦を取り払おうとする。俺はその隙に一気に距離を詰めデボットの右腕目掛けて剣を振ろした。


「ぐわああああっーー!」

「とどめだ」


 絶叫をあげているデボットに剣先を向ける。しかし俺は踏み込むのをやめ後ろに下がった。デボットを拘束していたクリスタル状の蔦が粉々になってしまったから。

 それに落ちたデボットの右腕が黒くなり萎れていたからだ。まあ、すぐにその原因はわかった。刃先に刻まれたロゼリア文明文字が微かに青色に光っていたから。


 この剣の効果か。そうなると……


 デボットに視線を向ける。今は蹲り黒くなり萎れた右肩付近を呻き声を上げながら押さえていた。


 ボリスもなかなか危険な武器を作ったな。いや、一番危険なのはあいつか……


 グラドラスのニヤけた笑みを思いだし顔を顰めていると、ダークエルフの女が声をかけてくる。


「あなた凄いわ。それに今まで見たことないぐらい真っ黒い闇を持ってるじゃないの。しかも今も成長してる。堕ちたらとんでもない良い男になりそう!」


 そして惚けた表情を向けてきたのだ。俺は思わず後退りそうになった。デボットより面倒臭そうな相手だと思ったからだ。


 それにあの女の言葉……


 俺は自分の胸に意識を向けるていると女が急に怒った表情に変わる。そして隣りで呻いているデボットを蹴り上げたのだ。


「うっさいわね! いつまで叫んでるのよ! たく、あんたが死んだら捕まえた二人を誰が抱えて持ってくのよ!」

「……うぐっ、すまんカタリナ」

「全く。これ以上は計画に支障が出るから帰るわよ」


 そう言うとダークエルフの女……カタリナは俺を舐める様に見つめた後、デボットを連れ無言で森の中へと消えていった。

 思わず大きく息を吐く。もう隠し手がなくあのまま戦闘になっていたら勝てない可能性もあったから。

 だから安堵していると後ろからサリエラが服を掴んでくる。そして頭を下げてきたのだ。

 

「キリクさん、不注意で飛ばされてしまいすみませんでした……」

「謝ることはない。俺もあの魔法陣には気づかなかったからな」

「それでも、それでも……キリクさんが……うう……うわーーん‼︎」


 サリエラは泣きながらしがみついてくる。その姿に拳を握りしめてしまった。自分自身に腹が立ったのだ。

 あの時、孤児院に入るのをやめていればと。判断力のなさでサリエラを危険な目に合わせてしまったから。


 それに転移魔法陣を踏むミスまで。全く落ちたものだな。


 俺は口元を歪める。サリエラに何かあったらと思った瞬間、頭が真っ白になってしまったなんて言い訳にしかならないから。冒険者にとってそれは死に直結することがあるからだ。


 だから……


 俺は大きく息を吐くと気持ちを切り替えた。次はしっかりやらないと守れるものも守れなくなるから。俺はもうただの加護無しだからだ。心の中で自分自身に喝を入れる。

 そしてデボットに使った筒型の魔導具に視線を向けた。力がない俺でも格上と戦うために魔王のダンジョンにあったクリスタル状の蔦の壁からヒントを得て作ったものだ。

 だだ、すぐに腰に下げた剣に意識を向けてしまう。魔石いらずで斬った後に生命力と魔力を吸い取る剣。間違いなく宝具に匹敵するもの。 霊薬のなくなった今の俺に一番必要な武器だからだ。


 だから作った魔導具よりも役に立つだろう。

 いや、役に立ってもらわないと困る。

 でないと……


 俺はサリエラの頭を撫でるために手を持ち上げる。しかし、すぐにおろした。燃える町や城、そして沢山の人々が頭にチラついたから。あの日の記憶を思い出したからだ。


 やれやれ


 魔王バーランドとの戦い以降、あの光景がチラつく様になったのだ。

 そして離れた場所に小さかった俺が佇んで淀んだ瞳で見つめてくるのである。決して忘れるなと……。


「わかってるさ……」


 そう呟くと俺は天を仰ぐ。そしてゆっくりと目を瞑るのだった。



 あの後、サリエラの精霊の力を借り無事に孤児院へと戻ることができた。今は鉄獅子を含む冒険者達と一緒に周りを調べたり負傷者を馬車に運ぶ手伝いをしているところだ。


「もういいだろう。これ以上は何もでない」


 ランドの言葉に皆頷く。本当は誰一人納得していなかったが。何せ孤児院からもサリエラに倒されたダークエルフからも何も得られなかったから。他のアジトからも何も出なかったと報告があったからだ。


「蜥蜴の尻尾切りね」


 ルイの言葉にランドは頷く。


「そうだが、とりあえずは東側のアジトは一掃出来たわけだから良しとするしかないだろう」

「まあ、そうなんだけれどせめて南側の魔王との繋がりがわかればねえ」

「ダークエルフがいただけでは南側の魔王が関係あるとは言い切れんだろう」

「でも魔王はもう南側にしかいないわよ」


 ルイの言葉にランドは腕を組む。


「やはり南側へ確かめに行くしかないか。キリクはどうする?」

「依頼話がある。それを聞いてからだな」


 肩をすくめるとランドは苦笑して頷く。


「わかった。では再び組めるのを楽しみにしている」


 そして皆を連れて引き上げていった。サリエラが声をかけてくる。


「国王陛下はどんな話をするのでしょうね」

「碌でもないことだろう」


 前回のことを考えそう答えるとサリエラは不安気な顔を向けてきた。


「もし、そうなら断って下さいね。私が代わりにいきますから」


 もちろん俺は首を横に振る。


「俺の心配はしなくていい。むしろ自分の心配をしろ」


 何せサリエラにこそ無理はさせられないからだ。


 それに……


 ダークエルフ達を思い出す。そしてカタリナに言われた言葉も。


 だからこそ離れなければ。


 俺は何か言ってくるサリエラを無視し歩き始める。そしてこれからの事を考えるのだった。



 レオスハルト王国領での穢れた血縁者の一斉掃除は消化不良気味で終了した。

 だからなのか参加した冒険者は引き続き南側に向かうことに決めたらしい。一斉掃除に参加するために。

 まあ、何人かは情報が得られるかもとダークエルフ達に攫われたバナールとダッツを捜索しているようだが。

 もちろん俺は参加はしていない。見つかっても碌な会話ができないと確信しているから。二人がダークエルフや闇人に落ちていなくても。


 それにこいつがいるからな……


 俺は鼻歌混じりに出かける準備をするサリエラを見つめる。力不足を痛感したらしく、あれから様々な鍛錬を精力的にする様になっているのだ。そして今日も。

 

「キリクさん、ルイさんに魔法を習ってきますね」

「ああ、しっかり習ってこい」

「キリクさんはちゃんとここにいて下さいよ」


 サリエラは微笑む。付け足すとあの日以降、俺に対して度が過ぎるほど心配症にもなっているのだ。


「過保護だな……。心配しなくても当面、安全な冒険者ギルドで調べものだ」

「もう、本当に心配してるんですからね!」


 サリエラは駆け寄ってきて睨んでくる。しかし俺は本を読んだまま出口を指差した。


「ルイが待ってるから早く行った方がいい」

「むう、最近また距離があいたような気が……」


 サリエラは不満そうな表情をしたが、すぐに溜息を吐くとぶつぶつ言いながら去っていった。俺はサリエラの去った方向を一瞥する。それから本をしまい、かわりに収納鞄から禍々しい一冊の黒い本……ネクロスの書を取り出した。

 最近のサリエラの態度でいない時しか読めないのだ。何せこんな物騒な本を読んでいたら心配して鍛錬に行かなくなるから。


 だから冒険者ギルドの資料室にわざわざ来ているんだがな……


 溜め息を吐きながら早速ネクロスの書を開く。何も書かれてない白紙のページに次々文字や絵が浮き出てきた。

 これは読む者が知りたい死に関しての情報が浮き出ているのだ。もちろん俺が知りたいのはヨトスの存在である。まず、本当に死の領域から呼び出されたのかを。

 そして調べた結果、本当だとわかった。ただし死んだままこの世界に現れ、長くこちらにいられない事も。

 だから今頃は焦っていることだろう。呼び出した魔王バーランドが死んだから。約束がはたされないからだ。


 復活の儀式……

 

 ネクロスの書の一文に目を止める。きっと呼び出された後、これを餌に手伝わされていたはずである。中央への道作りをさせられるために。


 だが進軍パーティーに見事に阻止されてしまった。

 いや、ヨトスはまだこちら側にいるか……


 それに、あの狡猾と言われる魔王が何もせずに死んだとは思えないのだ。きっとまだ何かを企んでいるはずと。だから何か情報が得られないだろうかとネクロスの書で調べているのだが。


「全く見つからない……」


 そう上手くはいかなかったのだ。ところどころ解読できない文章があったから。だから、その後は何も情報が得られずに時間だけが過ぎてしまったのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る