44
アレスはオークの背中から剣を抜くと俺に声をかけてくる。
「キール、大丈夫?」
「……ああ、助かったよ」
俺は礼を言った後、急いで倒れた文官に駆け寄る。そしてそっと文官の目を閉じてやった。
「ご苦労だった。安らかに眠ってくれ……」
俺はそう呟きながら周りに倒れてる者達も含めて祈りを捧げる。そして祈り終わるとアレスを見た。
「……何でこんなことになったかわかるか?」
「多分、勇者が現れるのを向こうも察知して阻止しに来たんだと思う」
アレスはそう答えてきたが俺は首を横に振る。
「加護がついたばかりじゃ、たいしたことなんてできないだろう?」
「でも、勇者の加護は特別だって」
「だから、魔物の大軍を送り込んだと?」
「魔王がね……」
「くっ……」
アレスの言葉で腑に落ちた俺は歯軋りする。そんな俺にアレスは懐中時計を見せてくる。
「もう少しで勇者の加護を持った者が現れる。それまで耐えられれば」
「その候補者達はどこにいるんだ?」
「宝具がある謁見の間だよ。途中まで一緒に向かっていたから。けど途中で傷ついた騎士に呼び止められて……」
アレスは俯く。きっと騎士を看取ったのだろう。俺は心の中で騎士に黙祷した後、アレスの肩に手を置く。
「……すまなかったな」
「何言ってるの。友人を救いに行くのは当たり前だろう。それより僕達も謁見の間に行こう」
「ああ、そうだな」
俺達は頷くと広間から出て慎重に廊下を進み始める。しかし、しばらくして俺は溜め息を吐いた。魔物が暴れ回った所為で辺りは酷い有り様になっていたからだ。
「はあ、これだと外の方はもっと酷いだろうな……」
俺がそう言うとアレスも同意するように頷く。
「きっと人手不足でオルフェリア王国はしばらく機能しなくなるだろうね」
「だから、アレスや俺みたいな子供もきっと騎士見習いとして魔物退治に駆り出されるから覚悟しておいた方がいいぞ」
俺がそう言うとアレスは真顔で黙ってしまう。そして、俺に頭を下げてきた。
「……ごめん。僕は騎士にはならない」
「ならないって……。まさか、お前……」
「うん、僕はここで騎士をやるより外で魔物と戦う冒険者になりたいんだ。そうすればこういう状況が次に起きても、もっと早めに察知できたり対応出来ると思うんだよ」
「……だが、騎士と違って冒険者は危険なことを毎日のようにするんだぞ。それに怪我をしやすいし……最悪、二度と戦えなくなる可能性もある。それもわかってるのか?」
「わかってる」
アレスは真っ直ぐに俺を見てくる。それでもう止めることはできないと理解し、俺は深く溜め息を吐いた。
「やれやれ、わかったよ。じゃあ、アレスが冒険者をやれるように俺も手伝ってやるか」
俺がそう言うとアレスは驚いた表情を向けてくる。
「えっ、本当? てっきり止めるかと思ってたよ」
「仕方ないだろう。俺にはお前を止める権利はない。まあ、それに外を見れるやつはいた方がいいことは今回痛いほどわかったからな」
「ありがとうキール」
「はあ、これで兄上が国王になったら右腕はアレスじゃなくてラルニアに決定か」
「ラルニアなら大丈夫だよ。きっと僕以上の騎士になれるはずだから」
「はいはい、じゃあ冒険者アレス殿、さっさと謁見の間に行って勇者誕生をこの目で見ますか」
するとアレスは歩きながら持っていた懐中時計を見せてくる。
「明日までもう間もないけれど、いったい誰が勇者になるんだろうね?」
「バロン兄様とラルニア以外なら誰でも良いさ。俺は裏方で楽したいからな」
「……君ってこんな時でもブレないね」
「まあな。しかし魔王ってのが現れただけでこんなに厄介になるのか……」
俺は周り見ながら溜め息を吐くと、アレスが笑顔で背中を叩いてきた。
「勇者さえ誕生すれば絶対なんとかなるよ! それにほら、謁見の間に着いたよ!」
「はあ。お前の話を聞いていたら凄い遠回りした感じがしたよ……」
俺はそう言いながらも安堵した。これでもう安心だと思ったから。だが勢いよく謁見の間の扉を開けた後、固まってしまう。
なぜなら、玉座の手前に黒焦げになった何かが大量に積み重なってあったから。しかも側に鎧を着た紫の肌に額に長い角を生やした男が立っていたからだ。
俺は思わず一歩踏み出してしまう。あれが気になってしまったから。だが、すぐに踏みとどまる。魔族の男が俺達に気づき高圧的な目で睨んできたからだ。
「なんだ、まだゴミがいたのか。豚共は本当に役に立たないな……。だが、こうやってゴミ共を蹂躙するのは楽しいものだ。さすがは魔王様だな。くふふふふふふ」
魔族の男は醜悪な表情をする。その姿を見たアレスは恐怖の表情を浮かべ後ずさる。
しかし、俺は別の恐怖感に襲われていた。
「……こ、ここにいた……人達を……どう……した?」
俺は魔族の男に言葉に詰まりながらも聞いてしまう。すると魔族の男は笑みを浮かべた。
「くふふ、目の前に見えないのか? この黒いゴミの山が」
「……くっ」
俺は血が滲むほど拳を握りしめた。
……やっぱりか。
本当は理解していた。でも認めたくなかった。だが魔族の男の言葉で現実に引き戻される。
俺は黒く積み重なった遺体の周りに落ちている武器を見る。知った者達のものだった。
父上、母上、レイア様、兄上……
俺は魔族の男を睨んでいるとアレスが声をかけてきた。
「キール、国王様達は……」
「……わかってる」
俺は感情が溢れ出しそうになるのを必死に抑える。今、ここで取り乱すわけにはいかないからだ。
俺は魔族の男に気づかれないよう、玉座の後ろ側の台座の上で浮いてる宝具を見る。
まだ勇者は生まれる可能性がある。なら、正義感もあるし勇気もあり他者を思いやれるこいつで間違いないだろう。
だから、落ち着いてやれ。
怒るな。
泣くな。
慌てるな。
冷静になれ。
俺は深く息を吐いた後に隣りにいるアレスを横目で見る。そして叫んだ。
「アレス、逃げるぞ!」
「えっ⁉︎」
俺はアレスの腕を掴み謁見の間を飛び出す。すると後ろの方で魔族の男の怒鳴り声が聞こえてきた。
「ちっ、ゴミがこの上位魔族のゲラン様の手を煩わせやがって!」
もちろん俺達は気にせず廊下を走り続ける。なぜなら、もう少し走れば逃げ切れる可能性があるからだ。
王族しか知らない隠し通路。アレスさえ逃がせば……
そう思いながら俺は走り続けていると後ろからゲランと名乗った魔族が魔法を唱える声が聞こえた。
「暗黒領域より我に黒き炎の力を与えたまえ……ダークファイア・ボム!」
ゲランが持つ杖から黒い炎の塊がこっちに飛んでくる。しかし黒い炎の塊は何故か俺達の上を通過していった。
正直、助かったと思ったがすぐにそれは勘違いだという事を理解する。黒い炎の塊は俺達の少し先の天井にあたり爆発したからだ。
「ゴミはゴミらしく潰れちまいな!」
ゲランがそう言うと同時に天井に亀裂が起き、ついには瓦礫になって俺達に降り注ぐ。その時、俺は咄嗟に手でガードする。だが記憶はそこまでだった。
◇
気づくと辺りは真っ暗闇だった。おそらく気を失っていたのだろう。俺は身体を動かす。すぐに痛みを感じ顔を歪めた。
痛みはあるという事は生きてるということか……。だが、瓦礫の下で動けない状態じゃな……
俺は溜め息を吐く。
「失敗したな……」
俺はつい口に出してしまうと物音と共に弱々しい声が聞こえてきた。
「……キール」
「アレス? お前生きてたのか!」
「……僕より君の方は大丈夫?」
「身体中が痛くて動かせないが今すぐ死ぬことはなさそうだよ……」
「そっか、良かった……」
「もう少しで隠し通路に行けたんだが、すまない……」
「……気にしないでよ。それより、この国はどうなるのかな……」
アレスの言葉に俺は唇を噛み締める。認めたくはないがゲランの実力は圧倒的だったからだ。だからこれからどうなるか理解してしまう。
「オルフェリア王国は終わりだろう……」
そう答えるとアレスの溜め息が聞こえた。
「……だよね。父さんもおそらく勝てないだろうなあ。それなら君に聞いて欲しいことがあるんだ」
「いいけど俺への愚痴は勘弁してくれよ」
「ふふ……相変わらずだね。聞いてもらいたのは僕のわがままだよ」
「わがまま?」
「……うん、もし生き残れた場合、君には冒険者になって欲しいんだ。そして、この国みたいに犠牲者が出ない世の中にして欲しいんだよ」
「それは俺なんかよりお前の方ができるだろう……」
「……いいや。君こそ相応しい。だって、キールは冷静沈着だし状況判断も迅速にできる。さっきだってパニックだった僕をすぐに掴んで逃げてくれたじゃないか。もし逃げないであそこにいたら僕達は今頃黒焦げになってたよ」
「だが、今は瓦礫の下だ。今すぐ死ぬか、後で死ぬかってだけだろう。だから俺は冒険者にはなれないよ……」
「……大丈夫だよ。後、少しで加護が現れる」
「そうか、勇者の加護か! それならアレスに現れるだろうからさっさとこの瓦礫をどけてくれよ」
俺は思わず笑みを浮かべながら言う。だが、アレスは力なく答えてきた。
「……無理だよ。僕はもう駄目そうだから」
俺は思わずアレスの声がする方に顔を向ける。
「……何を言ってるんだ?」
「……身体の感覚がもうないんだよ」
「なっ⁉︎ おい、アレス、大丈夫なのか⁉︎」
「……僕の事はいいから。キール、いいかい、勇者の加護が現れたら戦わずに逃げるんだ」
「何、言ってんだ! 俺に勇者の加護なんて出るわけないだろ!」
「……出るさ。なんだか……今ならわかるん……だよ……」
アレスの声は喋るごとに弱々しくなっていく。俺は焦ってアレスの方に身体を動かす。
「おい、アレスしっかりしろ!」
「……約束……して。僕の……代わりに……冒険者……に……そして……世界を見てきて……」
「わかった! わかったからいかないでくれ‼︎」
「……本音……は、君と……一緒に……冒険し……」
「アレス? おい、アレス!」
俺の声にアレスは全く反応しなくなった。俺はこの状況が受け入れられずにしばらく呆然とする。
しかし、徐々に理解する。アレスも死んでしまったと。途端に俺の中で疑問が生まれてしまう。なぜ、どうして勇者をこの国で誕生させようとしたんだと。
この国で勇者が生まれなきゃ父上も母上もレイア様もバロン兄様もアレスも国の皆もいなくならなかったじゃないかと。
だが、同時に思ってしまうのだ。じゃあ他の国がこうなってもいいのかと。
「クソッ! クソッ! どうしてこんな加護を!」
でも、わかっていた。魔王が現れたからだと。だから、誰かがならなくてはならないのだと。
「うっ、うっ、うう……」
俺は今まで抑えていた感情をもう止めることができず泣きだした。いつもなら優しく声をかけてくれる人達がいる。
でも、もうここにはいないのだ。だが、ある人達の姿が浮かび上がった。
……姉上、アリシア。
そして、これから魔王がするであろうことを想像する。
それだけはさせない……。絶対にだ。
そう思った時、誰かに頬を優しく撫でられた。それはとても心地よく、俺の心を落ち着かせていく。
更に誰かの額が俺の額に当たる。色々な情報が流れこんできた。
そして、複数の手が俺の肩や背中に置かれる。身体中の痛みがとれ力がみなぎって来るのがわかった。
俺は自分の上に積み重なっている瓦礫を吹き飛ばして立ち上がる。そして近くのカーテンを引きちぎりアレスの遺体にかけた。
「アレス……。どうやら逃げる必要はなさそうだ。だから行ってくる」
そう言うと俺は謁見の間に向かって歩きだすのだった。
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