アンヘイテッド・イントリーグ

 我らが天才魔道具技師ナルエル先生は、わずか五日ほどで機材の用意と生産を完了させた。

 出発のため汎用ヘリリンクスの飛行前点検と機材積み込みをしていた俺たちに、ティカ隊長が声を掛けてきた。


「ミーチャ、ヘイゼルもだ。取り込み中に悪いんだが」

「おう、隊長どうした?」


 なんか、こう……対処に困っているような顔だ。ティカ隊長は若いが即断即決で処理能力も高く、割り切りもできるし腹も据わっている。こんな顔をするのは珍しい。


「タキステナ領主から連絡が入った。というよりも、ゲミュートリッヒへの懇願がな」

「懇願? なにを?」

「タキステナに浸透した一部の不穏分子によって、サーエルバン及びゲミュートリヒに多大な被害を与えたことへの謝罪と、恭順の表明。そして、について情報提供と協力の用意があると」


 ヘイゼルは動かないままだが、ナルエルとレイラが反応してしまった。

 ティカ隊長に隠そうとまでは思っていなかったんだが。まだ調査段階なので今回の飛行も、単に北部の偵察としか伝えてない。


「それと関係があるのか?」


 苦笑する俺を見て察したのだろう。隊長は、ヘリに積まれた機材を見て言う。

 後部座席の背後に、短めの魔術短杖ワンドサイズに揃えられた円筒が色分けされて二種類、五十本ほど置かれている。


「わからん。けど俺の印象だと、そうみたいだな」

「わたしも同感です。この件そのものは、おそらくタキステナとは……少なくとも新領主とは無関係ですが。わたしたちが災害の情報を得たのは、魔導技術院にあった資料からです。同じ結論に至った可能性はあります」


 魔薬フェンティルを生産するタキステナの魔導技術院を壊滅させたことは、当然ながら保安の責任者であるティカ隊長にも話してあった。

 俺たちは、ティカ隊長にかいつまんで追加情報を伝える。北部に向かう目的が、害鳥ローカスト・バードの異常発生の調査だということ。それが現実になったとしてゲミュートリッヒに被害はないだろうが、レイラの故郷である農の里エルヴァラは壊滅的打撃を受けるだろうということ。


「仮にゲミュートリッヒが無傷でも、アイルヘルンの食糧生産が破綻するな」

「ティカさんのおっしゃる通りです。そのために調査と、予防のための対策を考えています」


 ヘイゼルが、円筒を指す。

 ヘイゼルとの共同研究により、ナルエルが開発した“雷霆らいてい”の新型。正式名称はないし、彼女たちは命名する気もなさそう。

 ひとつは、鳥の感覚器を狂わせる電磁波発生型。もうひとつは、その防御網を潜り抜けた群れに警告と痛みを与える広域電撃散布型。周囲の外在魔素マナを取り込んで電気に変換するため、長期にわたって機能を維持することが可能だと言う。


「当事者であるミーチャたちに確認する前だったが、タキステナ領主ハーマイアには、わたしの独断で“気遣い無用”と伝えてある」

「ありがとうございます。素晴らしい対処です」


 ヘイゼルの称賛に、ティカ隊長は呆れ顔で首を振った。


「信用できん相手に干渉されたくはないだろうと思っただけだ」


 気遣い無用との返答。その政治的メッセージは、“謝罪と降伏は受け入れてやるから関わるな”だ。学術都市の領主には伝わっただろう。

 間違いなく従うとは思う。問題があるとすれば、ハーマイアに自領内での統率・強制力がなさそうなこと。領外となれば、なおさらだ。


「提供したいという情報は、おそらくローカスト・バードの個体数急増と群飛型への変異でしょう。加えて、それに対する人為的関与」

「ヘイゼルの読み通りだ。それがタキステナの内部勢力じぶんたちではないと、しきりに訴えていた」


 王国と聖国の残党による企みではないか、というハーマイアの主張はヘイゼルの予想とも合致する。

 それ自体は、まあいい。ただ、いまや死に体の王国に、アイルヘルンと敵対する余裕はない。国体ごと滅びつつある聖国は言うまでもない。

 俺の疑問に、ティカ隊長は簡潔に答える。


「だからこそ、じゃないか? あたしたちを逆恨みして、死なば諸共と考える連中がいたとしてもおかしくはないだろ」


 たしかに、おかしくはないが。

 飢饉をもたらす鳥を送り込む、などという計画は成功すれば災厄クラスの被害を与えるものの、復讐の手段としては即効性も確実性も低い。手間も時間も掛かる。実行には知識も人手も資金も必要になる。

 なんでいま、そんな手段を? というのが正直なところだ。


「……もう手札がない、ということか」


 ティカ隊長との会話で、なんとなく見えてきた。

 俺にわかったくらいなので、当然ヘイゼルにもわかっている。もしくは、最初からわかっていたかだ。


「おそらく、そうなんでしょうね。ティカさんの言う通りです。生き延びることを諦めて、死なば諸共。最終目的を恐怖による報復テロリズムに切り替えた」

「それは、わしらの責任じゃの」


 ヘリの陰からヒョイと顔を出したのは、マカ領主のエインケル翁。マカとサーエルバンとゲミュートリッヒを中継する転移魔法陣があるとはいえ、この重鎮はフットワークが軽いというか、なんというか。ろくな護衛もつけず、いつも脈絡なくあちこちに顔を出す。

 今回は好奇心やら私情やらで訪れたのではないようだ。ペシペシと機体を叩きながら、その顔は珍しく曇っていた。


「アイルヘルンに保護された、唯一の王位継承権者クレイメア王女ですか」

「そうじゃの。こちらからの最後通牒が、奴らの尻に火をつけてしまったようじゃ」


 ヘイゼルの言葉に、エインケル翁が頷く。


「災厄の害鳥を送り込もうとしとるのは、反王家の派閥貴族じゃな。“新生貴族議会”を名乗っておった連中の残党が、アーエルを占拠して臨時王宮と称しておる」

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