這い寄る過去

「行って」


 ミーチャとヘイゼルに声を掛け、ナルエルは階段に向かう。エントランスから両側に向けて大きく弧を描く装飾過多の造作は、訪れた者への示威が主目的。そして、侵入者を感知する魔珠を隠すためでもある。花と風を象ったであろう彫刻のあちこちに散りばめられた小型の魔珠は、いまも上層階の連中にナルエルの姿を映し出しているはずだ。


「さあ、タキステナの暗部たち。“薙ぎ倒しモウダン”が来たよ」


 ナルエルはわざと足音を立て、殴打用棍棒メイスを床に打ち付けながら歩く。正々堂々と正面から向かってくるもよし。隠れて背後から騙し討ちを狙うならそれもよし。


「……ふッ!」


 二階に着いたところで、柱の影から手槍が突き出される。隠蔽魔法で身を隠し、魔力で身体強化を掛けた必殺の一撃。しかも三人がかりの波状攻撃だ。ナルエルは軽く頭を振って穂先を躱すと、相手の脚をメイスで振り抜く。折れて砕けた膝を軸に半回転した先頭の男は、後続の槍を身に受けながら振り飛ばされる。

 そのままクルクルと回転しながら踊り場まで落ち、歪にひしゃげた姿で転がった。床で首をへし折られ、二本の槍で胸と腹を貫かれている。


「ま、待」


 手槍をぎ取られた残るふたりは、メイスの打突で胸を抉られ絶命した。崩れ落ちる男たちを見て、息を呑む気配があった。彼らに言い聞かせるように、ナルエルは声を上げる。


「いちど殺意を見せたのなら、最後まで戦うべき。降伏は無意味。命乞いは逆効果」


 言いながら、メイスで床を突く。これが魔術短杖ワンドならば、打ち消すために魔力特性を探るか、魔力切れを待つのもひとつの方法だけれども。ナルエルの持っている棒は、単なる鍛造鋼の塊だ。床の揺れと響きで、敵はその事実を知る。

 そして理解する。自分たちは、あの金属の棒で撲殺されるのだと。

 魔導師の多くは、戦いを妄想でしか知らない。対峙を前に敵の手を読み合い、策を練り、罠を張る。鑑定で実力を測り、高度な魔法術式を互いに繰り出しながら、攻めて守っての駆け引きを行う。そんなお遊戯的な果たし合いでの死なら、想像していた者もいるだろう。

 だが、これが現実だ。攻撃魔法の攻防はない。剣や槍を打ち合わせることもない。彼らにとっては武器ですらない鉄の棒で。殴られて家畜のように死ぬのだ。

 

「挟み撃ちにしろ」


 それを口に出してどうするというのだろう。ナルエルは踏み込んで、メイスを端に握り替える。軸の長さいっぱいまで使って思い切り突き込むと、間合いを読み誤った敵が頭蓋を割られて吹っ飛んだ。

 引き戻す動きで逆側に握り直し、背後の敵にも一撃を加える。胸板に叩き付けられた鋼鉄の塊は呆気なく骨を砕き内臓を捻り潰した。逃げるか留まるか躊躇していた集団に躍り掛かると、短く握ったメイスで振り払う。

 四名が身構える間もなく首を折られ、痙攣しながら事切れた。みな剣やワンドを持ってはいるが、魔力も魔圧も凡庸な魔導師。おそらく荒事に慣れない研究職だろう。


「残りは……七?」


 上階から感じられる魔力の反応が、揺らぎながら動き出していた。


◇ ◇


 五人をメイスで叩きのめし、最上階の廊下を進む。最後のふたりは、奥の部屋にいる。反応のひとつは極端に強く、もうひとつは極端に弱い。そして弱い方には、どこかで接した記憶があった。


「どうぞ。扉は開いているよ」


 嘲笑うような声が、室内からナルエルを誘う。扉を開けると、エルフの老人が大きな文机に向かってこちらを見ていた。

 弱い方の気配の主だ。強い方の気配は消えた。どこかに隠れているのだろうが、見たところ隠れられそうな場所はない。

 部屋のなかにはムッと生臭いような臭気が漂っていた。薬品臭と腐敗臭と加熱臭と体臭。研究室で大勢が泊まり込みを続けているとこうなる。饐えた臭いは食い残しの飯か実験素材か。換気できない実験や研究だと最悪だったな。学内の食堂からは、何度も出入りを禁止させられた。

 タキステナでの日々を懐かしく感じている自分に、ナルエルは少し驚く。


「ああ、これはこれは。やはり、ナルエルくんではないか」


 老人から声を掛けられて、ナルエルは眉をひそめる。相手は面識があるようだ。どこかで見覚えはある。が、その記憶とつながらない。


「爆発魔法陣の設計者。確か名前は……」


 ナルエルは、自分が最初に受けた魔導工学講座の、指導教授だと思い出す。ただ名前は、しばらく考えても浮かんではこない。過去の自分は、不要な情報だと判断したのだろう。


「パータムだ! 貴様、相変わらず癇に障るガキだ」


 首を傾げたままのナルエルに業を煮やし、男は真っ赤になって怒鳴りつけてくる。わざわざ見せつけてきた余裕を、早々にかなぐり捨てていた。相変わらず、愚かで未熟な愚物だ。

 思えば最初からそうだった。基礎を教えてやると言われて提示された魔法陣の間違いを指摘すると、激昂した挙句に墓穴を掘って転落したのだ。

 それは“魔力を動力に変換する魔法陣”と言いつつ、驚くことに動力源としてよりも爆発物としての方が効率的だった。起爆の引き金になってるのが安全装置、というのも冗談として気が利いている。


「准教授に降格されたとは聞いた。元の教授には戻れなかったのね」

「自分ほどの逸材が、愚かなタキステナの学徒を導くことに意味がないと悟ったのだ!」


 それで魔導技術院に入り込むというのは納得が行くような行かないような微妙なところだ。いずれにせよパータムはまたも道を踏み外し、またも自爆への道筋を自分で作り出したのだ。

 今度はおそらく、最期の失策として。


「ここまでの戦闘で、一度も魔法を使っていないな。君は優秀な魔道具師かもしれんが、魔法行使には消極的だったからね」

「……それが?」

「誰にも弱点があるということだ」


 老人の勝ち誇った顔を見て、笑い出しそうになる。現実が見えてない。事実すら認識しない。こいつらが受け入れるのは、自分の願望に合った夢想だけ。

 タキステナの魔導師は、みんなそうだ。ことエルフとなると、さらにひどい。


「弱点、か」


 たしかにナルエルは魔法行使に消極的だった。魔力量も魔圧も高い方だし、術式の知識も豊富だ。なので魔法を使えないことはないのだが、好きではない。嫌いと言っても良い。魔法というのは、中身の見えない箱だ。その運用は生体内の魔力か外部供給用の魔珠に頼り、その行使は多くが他人の構築した術式や魔法陣だ。その不確実性、その不均質性、その不安定性がナルエルにはどうにも信頼し切れなかった。


「この部屋は、最新鋭の魔道具で守られている。君に出来るのは、無様に足掻き、殺されることだけだ」

「魔道具ね」


 壁と床と天井に、いくつもの魔道具が配置されているのはわかっていた。老人は机の下で何か構えているが、おそらく起動装置か魔力注入用の魔珠だろう。


「壁に火魔法の射出装置、床に土魔法の拘束装置、天井に氷魔法の防御装置」

「なッ……」

「わかって当然。部屋の隅にある闇魔法の隠蔽装置以外は、わたしの設計したもの」


 オルークファに端金はしたがねで奪われ、設計者としての権利を盗まれたものだ。

 おまけに余計な設計変更を加えたようで、起動から反応までの遅れがひどい。火魔法の射出を感じてから避けても、悠々と躱すことができた。床の拘束魔道具に至っては、反応前わざわざ効果範囲を示すように光る愚鈍さだ。

 踏み込んで起動してから、下がって枠外に出る。これで終わりだ。拘束系は消費魔力が大き過ぎて再使用できないというのに。どれほど低級のダンジョンでも、ここまで出来損ないの罠はない。


「そんな、馬鹿な……!」

「馬鹿ほどそう言う」


 部屋の隅から飛び出してきた剣をメイスで弾き、頭を下げて踏み込む。術者が隠蔽領域から離れたことで、強力な魔力が膨れ上がった。殺気を剝き出しにした敵は、見覚えのない女。三十前後に見えるが、エルフであれば実年齢はその数倍か。どうでもいいと、ナルエルは薄く笑った。


「この、半獣が……ッ!」


 素早く剣を切り返した女の顔前に、振りかぶった姿勢のままメイスをポイと放り出す。武器を手放したナルエルを見て一瞬だけ、女の動きが鈍る。それは致命的な隙だ。


「がッ」


 渾身の力で拳を叩き込むと、女の歯が折れ顎が砕ける感触が伝わってくる。振り抜かれた勢いで吹っ飛んだ女は、壁の魔道具にぶつかって射出された炎に包まれる。悲鳴を上げながら必死に転がるものの、魔法の火は消えない。肉と髪の焼ける臭いが部屋に立ち込め、家具に延焼して煙が上がり始める。

 パータムは恐怖に身を強張らせて、汗だくの顔をあちこちに向ける。逃げ場を探しているのだろうが、それは自ら籠城を選んだ時点で捨ててしまった選択肢だ。


「あなたから学んだことが、ひとつだけある」


 ナルエルはメイスを拾い上げ、肩に担ぐと老人に歩み寄る。


「馬鹿は、ものを考えないと思っていた。考えようとしないから馬鹿なのだと。でも、そうじゃなかった」

「よせ、やめろ……!」


「馬鹿はものを考える。驚くほど馬鹿なことを、驚くほどたくさん」

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