サムデイ・サムバディ

「ミーチャさん、あからさまに湿度が下がって来ましたね」

「……うわ、ホントだ。向こう、ちょい晴れて来た」


 水龍が近付くと気候が荒れる。ということは、いなくなると好転するのだ。そいつを水平発射迫撃砲PIATで吹っ飛ばしたことで災厄の種が消え、さっきまでの黒雲が嘘のように流れ去ってゆく。早くも雨風は収まって、遠くには晴れ間が見え始めていた。


「最初に聞いたときは半信半疑だったけどな」

「わたしも情報として知ってはいましたが、ここまでとは思いませんでしたね」


 こちらとしては当然、天気は良い方がいい。ずぶ濡れで毛並みがペッチョリしてた獣人のひとたちも、少しずつボリューム感が出始めていた。逆に子供たちは危機が去ったことで安心したのか、水たまりでザブザブ遊び始めて親御さんたちに怒られてる。

 水龍の脅威がなくなって、みんな坂の途中の避難地点から集落のある平地側に戻ってきていた。崩落穴が広がる可能性はあるので、成人男性以外は地面が比較的しっかりした森の際に集まってくれている。


「よーしッ、いいぞー!」

「みーちゃーさん、おねがいー」


 地下の水面でワイヤーの固定を確認した獣人男性たちが、こちらに手を振る。


「あいよー」


 手を振り返した俺は、次の合図を待つためランドローバーの運転席に向かう。

 ヘイゼルに出してもらった機材で即席のやぐらを組み、滑車で引き上げようという算段だ。沈みそうな水龍の死骸にワイヤーを繋ぐところまでは、獣人男性チームの尽力で無事に済ませた。ここからはランドローバーの活躍となるわけだが、ただ引っ張れば良いというもんでもない。

 ヘイゼルの推定によれば、水龍は全長十八メートル、体重は二、三十トンほど。多少の誤差はあっても十五トンを切ることはないというから、装輪装甲車サラセンより重い。そんな代物を無理に引き上げれば、櫓ごと崩落して終了だ。本格的な建設用重機や機材の使用は論外。購入可能な機材で代案はなく、考えたのは失敗してもコストとリスクとダメージの少ない方法。それが簡易櫓と半人力・半ランドローバーなわけだ。


英国的調達機能DSDで収納して、後で出す方法も考えたのですが」

他所よそのひとらに見られるとマズい?」

「あまり見られたい能力ではないですね。それに、あまり破損の大きい生き物の死体は、ゴミと判別される可能性があります」


 ああ、あったね。前にゴブリンの耳をヘイゼルに預かってもらおうと思ったら、受け取り拒否されたんだっけ。

 いや、あれは単に汚らしいからだったか。


「水龍のダメージ、思ったより大きかったもんな。さすが対戦車兵器ってとこか」

お褒めいただきアイム・ソー光栄です・フラッタード♪」


 水面まで全身が引き上げられたところで、男性陣が水龍の死骸を確認し始めた。彼らが気にしているのは、損傷程度。水龍の爪や牙や骨など全身が超高価で取り引きされる貴重な素材らしいのだ。


「高く売れそうか?」

「おう! 龍鱗うろこの恩恵だな。首から下は綺麗なもんだ」

「なあ、みーちゃーさん。ホントに、もらって良いのか?」

「いいよ。被害に遭った分くらいは、がんばって回収してくれ」

「「「おぉ……♪」」」


 水龍も死んだ後は宝の山だが、生きた状態では暴れ回り被害を与える災厄だ。今回は運良く人的被害こそなかったものの、村の家や畑などの物的被害がひどい。今後ここで暮らしていくとしたら、復旧までの当座資金が必要になる。なので、ヘイゼルと話して水龍の死骸は村に寄付することにした。俺たちは、さほど必要としてないしな。


「素材としても凄いが、あの肉は恐ろしく美味いぞ。アイルヘルンで手に入る肉のなかでは、間違いなく一番美味い」

「へえ、そんなに。食べたことあんの?」


 みんな目がキラキラしてるのに興味を抱いて尋ねてみたが、即座に首を振られた。


水龍みずちなんて、食べられた話しか聞かない」

「ダメじゃん。それじゃ美味いかどうかなんて誰もわかんないだろ」

淡水蠕蛇ウェルワーム無足亜龍ピュトン有翼龍ワイバーン。龍に近い生き物は、どれも美味い」

「……へえ」

「それに強くて大きい生き物ほど、“体内魔素オド”が滋味になって美味い」

「そう。だから、みずちは絶対に美味い」


 おお。なんか、それなりに筋が通ってるロジカル。魔力が味に貢献してるかどうか俺には実感がないけど、少なくともこちらの――魔力を持ち魔力風味を感知できる――ひとたちにとっては、凄まじいばかりに効能が高い食材なわけだ。

 そら仕留めました、めでたしめでたし、では終わらんわな。


 村の大人たちが、引き上げくらいは自分たちでやらせて欲しいと言い出したのだ。俺たちが水龍を倒したのは彼らを助けるためだと思われてる。あながち間違いでもないが、倒したのはサーエルバンとマカの交易路に出現した障害を排除するためだ。彼らだけのためではない。

 地面に開いた崩落穴は大勢が乗ると広がりそうなので、とりあえず穴の縁までは車で引っ張り上げることにした。そこから先はお任せしよう。


「もうちょっと前!」

「いいぞ、そのまま……よーし!」


 水龍の引き上げは、なんとか成功した。念のため崩落につながりそうな車輌は地盤のしっかりした坂のところまで移動させた。櫓と滑車は特に用途がないので置いていく。

 村の男たちが水龍の解体と素材の剥ぎ取りを行ってゆく横で、女性陣が食肉の切り分けと調理の準備を進めていた。


「すごいな。対応が早い」

「保冷設備がない環境ですから。食肉の処理は時間との戦いなんでしょう。すごく良い肉となれば尚更です」

「なるほど」


 これから復興に向けての力を蓄えるため、炉を組んで肉を焼き鍋を作って景気付けの宴会を開くことになった。村のひとたちに懇願されて、俺たちも祝宴に加わる。


「みーちゃー、さん」


 避難のときは大活躍だったらしいアリエが、恥ずかしそうに近付いてくる。ずぶ濡れだった毛並みもフサフサのフワフワで可愛らしい子犬感になっていた。彼女に手を引かれているのは、小さな弟のキリエ。この子は、もっと子犬っぽい。身体に比べて手足が大きな感じとか、目がクリクリして好奇心旺盛な感じとか。


「おう、弟も目が覚めたか」

「うん! ありがと、みーちゃーしゃん!」

「みーちゃーさん、いなかったら。きっとダメでした」

「いや。アリエとキリエが、よく頑張った結果だよ」


 村の大人たちがアリエをサーエルバンに送り出したとき、どうやら伝令のつもりではなかったようなのだ。お前たちだけでも生き延びろと逃したはずのアリエが俺たちを連れ帰ってきたことに、村の大人たちは驚いていた。

 結果的にはそれが、村の者たちを救った。そう説明して、みんなでアリエを褒め称える。戸惑い顔で固まっていた子犬娘は、みんなが立ち去った後で視線を不安そうに泳がせる。目が合ったので笑いかけてみるが、なぜか表情は冴えない。


「……よかった」

「ああ、良かったな。お手柄だったな、アリエ」

「……わたし、たち」

「ん?」


 アリエは俯いて、弟キリエを胸元に抱き寄せる。


「見捨てられたんじゃ、なかったんだ」

「いや、何でそんな話になる?」


 ポソポソと話し始めたアリエによれば、“片付いたら、すぐ迎えに行く”という言葉は彼女のトラウマになっているようなのだ。両親を魔物に殺されたとき、そう言い残して岩場の陰に置いてかれたから。

 二日ほど後に村の大人たちが探しにきて、両親の遺体と衰弱したアリエたち姉弟を発見。その後は村のひとたちによって育てられたが、両親の最期の言葉は彼女の心に暗い影を差していた。

 自分たちは、置き去りにされたのだと。役に立たない、要らない子だから。


「典型的な、“犠牲者に対するサバイバーズ生存者の罪悪感・ギルト”ですね。自分だけが生き残ってしまったという自責の念は、早めに止めないと自殺行為に走りがちです」

「……ちょっと待った。“片付いたら迎えにいく”って……俺それ言っちゃった気がする」

「はい。ミーチャさん言ってましたね。彼女たちをサーエルバンに預けようとしたとき」


 聞けば村からサーエルバンに送り出されたときも、村の大人たちから同じように宥められたのだとか。聡いアリエも、それがみんなの本心じゃないことは分かった。その後に俺たちと最初に会ったときにもトラウマワードを言われて、ついに気持ちが決壊したわけだ。

 いや、時系列順に並べれば俺のせいみたいな流れになるけれども。無理よ察するのなんて。その時点では、そんなん知らんもん!


「……あのな、アリエ」


 俺の声に彼女は顔を上げるが、目を合わさず曖昧に笑うだけだ。小さい子の愛想笑いとか、ホント痛々しくてイヤ。


「なんて顔してんだ。ほら、見ろよ」

「え」


 早くもバーベキュー大会みたいになってる森の際を、笑顔で肉を焼いているひとたちを、アリエに指し示す。

 そして一語ずつ、ゆっくりハッキリと、わかりやすく彼女に伝えた。


「あのひとたちは、、救った。村は、、守ったんだよ」

「……ち、がう。それは、みーちゃー、さんが……」

「お前と会わなきゃ、知らなかった。ここには来なかったし、水龍も倒さない。村は消えてた。たぶん彼らも、もしかしたらキリエもだ」


 ビクッと身を強張らせるアリエ。やべえ言葉の選択を誤ったか。底辺這いつくばってきた社畜だけあって、デリカシー方面の能力はゼロだな。

 救いを求めて振り返ると、有能ツインテメイドが引き取ってくれた。泣きそうな顔のアリエを、ヘイゼルが弟ごと抱き締める。


「でも、そうはならなかったんですよ」

「……」

「あなたが、頑張って走ったから。あなたが、必死に訴えたから。わたしたちは、ここにいる。みんなも、あそこで笑っていられるんです」


 ふたりの耳元で囁く声が、子犬姉弟を落ち着かせる。そういうのは、俺にはできん。いろんな意味で。


「あなたは、よくがんばりました。胸を張ってください」

「……ねーちゃ」


 ヘイゼルの腕のなかで、小さなキリエがアリエに抱きつく。


「あぃがとね」


 子犬な弟の無垢なひと言は、俺たちの言葉よりよほど効いたようだ。ボロボロと泣き始めたアリエを、キリエが慰め始めた。

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