塔の少女

 そのまま吹き抜けを進み、警戒しながら奥の扉を通る。妙に手の込んだ植物園のような場所を通過すると、塔の入り口が見えてきた。監獄ではなく貴賓室なのだという体裁を守るためなのか、入り口は華奢な扉で警備の者もいない。セキュリティ系の魔道具くらいは設置してる可能性はあるが、俺には見てもわからない。


「ええと……」


 上空を見渡すと、月明かりに照らされて小さく飛行する抱っこ歩兵支援COIN機が見えた。これから塔に入るとジェスチャーで伝える。翼を振って了解の合図があった。


 ドアはロックされている。妙に装飾的な蝶番を撃ってみたが、基礎構造は堅牢で拳銃弾ではビクともしない。

 詰んだな。別邸に戻って鍵を持っているであろう男を……

 しまった。それ、最初に殺したハイコフ侯爵って奴だ。くそっ、侯爵領軍ってば宰相派閥の主戦力じゃねえか。公爵に次ぐ実務の最上位だ。懐を探る程度のことは、しとくべきだった。


「ぬぉぅッ⁉︎」


 別邸に戻り掛けた俺の背後で、塔の入り口ドアが弾けて傾き、倒れた。少し遅れて対戦車ライフルの銃声が聞こえてきた。障壁発生装置オブスタクルの効果圏外から、たぶんヘイゼルが撃ってくれたんだろう。


「サンキュー」


 見えているのかどうかわからんが、手を振って再び塔に向かう。

 扉の残骸を除けて塔の内部に踏み込むと、妙な感じがした。複数の人間が息を潜めているような。そらそうか。厄介だが、想定の範囲内だ。

 俺はステンガンを構えながら、塔の内部に伸びた螺旋階段を登る。飛び出してきた男たちを射殺。倒れ込んだのは料理用ナイフを持った平服の男。護衛や警備の偽装にしては、体格も装備も貧弱だ。


「死にたくなければ、床に伏せてろ! 向かってくれば殺す!」


 罪悪感対策の言い訳エクスキューズだ。結果は、正直どうでもいい。

 慎重に駆け上がるなかで、相手の対応はふたつに分かれた。飛び出しては撃たれる相手と、床に伏せたまま見て見ぬふりをする相手と。

 七階まで登るうちに殺した相手は三人。見逃したのはその倍にはなる。おかしな話だが、後者ほど戦闘職っぽいタイプが多い。どういう心情なのかは知らん。勝てない相手の見極めが、できるかどうかの差か。

 貴賓室らしき最上階の部屋は、華奢な造りのドアで守られていた。飾りこそ多いが、頑丈そうには見えない。案の定、今度は拳銃弾一発で蝶番が吹っ飛んだ。


「全員、動くな!」


 だだっ広い室内に入って、周囲に銃を向ける。向かってくる者はいない。隠れている気配も感じられないが、こればっかりは俺には荷が重い。居室は無人。


「いないわよ、あたし以外には誰もね」


 踏み込もうとした寝室のドアが開き、小柄な人影が出てきた。ステンガンを向け掛けて止める。


「クレイメア王女殿下、忠臣からの依頼でお迎えにあがりました」

「茶番は結構よ。王女は死んだ」

「ん?」

「あたしはソファル。アーエル領主ノマンの孫娘、でしょ?」


 俺を見る顔は笑みを浮かべていたが、その目には憤怒に近い怒りが籠もっていた。


「ああ、残念だけどノマン氏は……」

「死んだようね。アーエル陥落の報は、こちらにも届いているわ」

「そこまで知っているのか。こちらの受けていた情報は、少し遅れてるな」


 ソファルはフンと鼻を鳴らす。

 最初から喧嘩腰には見えるけれども、俺個人に対してではない。救出に対してという風でもない。


「傾いた御輿から、別の御輿に載せ替えられるのが不満か?」

「まさか。傀儡になる覚悟なら、最初からある。目的に近付けるなら、飼い主が誰だろうと構わないわ」


 王権再興が目的なら、滅びつつある王国よりも、アイルヘルンの方が成功の可能性は高い。だが自分が替え玉だと自覚しているとしたらどうか。


「目的?」

「亜人の誇りと権利を守る」


 なるほど。わかりやすくはある。そのために、自ら傀儡役を買って出るか。その入れ込みようは、少し危うい感じがする。


「それと、もうひとつ。言ってみれば、これが最大の目的ね」


 牙のような犬歯を剥いて、ソファルは笑った。


「あたしみたいな半人狼の混じり者が、王国の頂点に立つっていうのが面白いんじゃない」

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