蜂の巣

 抱っこ偵察機は一瞬で離陸すると、そのまま坂の下まで飛んでゆく。低空飛行を維持したまま集落上空を旋回、ルートを変えて二周ほどしてすぐに戻ってきた。すげー速い。あちこちで騒ぐ声は聞こえてきたが、具体的な行動に出る様子はない。おそらく飛行速度が速すぎて、エルミとマチルダの姿をちゃんと視認できていないのだろう。


「お待たせニャー」

「どうでした?」

「王国軍ダが、陣に青イ旗を掲げていタ。侯爵領軍だナ」

「見えた分だけで馬が二十、馬車が七台、兵隊は五十くらいニャ」


 彼女らの見たところによれば騎兵も歩兵も装備は革鎧程度で、約半数は非武装の輜重兵。どうやらアーエルに向かう補給部隊のようだ。長距離行軍の末、目的地まであと一歩のところまで来ていたところか。


「こちらが飛び立つまでに攻撃してくるかな」

「半々とイうところダ。臨戦態勢デはなイが……」

「警戒は、してるのニャ」


 ヘリの始動音を聞いたら流石に向かってくるか。


「ヘイゼル、汎用ヘリリンクスって飛び立つまで最低どのくらい?」

「点検確認を最低限で切り上げて、五分以内には、なんとか」


 こちらが何もしなければ、敵は余裕で到達するな。


装輪装甲車サラセンをギリギリまで残して、離陸直前に収納は可能?」

「大丈夫です」

前部銃座ヴィッカースには俺が着く。マチルダ、後部銃座ブレンを頼む」

「うム、任セろ」


 前後の銃座を集落に向けやすいよう、車体を斜めに移動させる。銃座に上がって見ると、建物の陰からこちらを窺っている人影が見え隠れしていた。サラセンの車体が稜線上に見えているからだろう。なにかザワザワしてる感じが伝わってくる。

 なぜか対応が遅れていた物見櫓からも、ようやく警鐘が鳴り始めた。


「ヘイゼル、頼む!」

「了解です」


 サラセンの後方にリンクス汎用ヘリコプターが置かれ、俺とマチルダ以外の乗員を乗り移らせる。

 エンジンが始動され、ターボシャフト・エンジンが甲高い音で回り始めると、集落で多くの兵士たちがこちらに敵意を向け始めた。

 騎兵が馬を引き出し、遮蔽の陰で走り出すタイミングを図っているのが見えた。すぐに向かってこないのは、俺たちの素性がわからないか、逆にもう報告を受けて警戒しているかだ。


「ミーチャ! 歩兵が回り込ンでくルぞ!」

「了解!」


 騎兵は街道を真っ直ぐ突っ込んでくるしかないが、歩兵はその間に茂みや藪に隠れながらこちらに接近してくるわけだ。騎兵突撃の隙を作るのが目的か、例の“魔導爆裂球”を抱えているのか。

 俺のいる位置からは、まだ歩兵の姿は見えない。


「南東、六十メートル二百フートに歩兵集団ニャ!」


 サマルたちをヘリに誘導していたエルミが、こちらの支援に戻ってきてくれた。サラセンの陰から短機関銃ステンガンを短く発射して、あちこちに銃弾を送り込んでいる。リンクスやサラセンの死角をカバーしてくれるのは助かる。

 マチルダが街道の先にいる騎兵に向けて、ブレンガンを撃ち始めた。俺も南東方向にヴィッカースを掃射する。敵は視認できないままだが、接近させないための牽制になれば良い。


「ミーチャさん、行けます!」


 ヘイゼルの声を聞いて、俺は銃座から降りる。用は済んだ。


「マチルダ、エルミ! 撤収するぞ!」

「応!」

「はいニャー!」


 俺たちがヘリに向かうと、ヘイゼルが操縦席から無人のサラセン装甲車を収納する。


「いいぞ、行ってくれ!」


 三人が乗り込むと同時に、ローターの回転が上がって機体が浮かび上がった。左外部銃座ドアガンに俺、右側の銃座にはマチルダが着く。


「つかまってください!」


 離陸と同時にヘイゼルは機体を前方に傾け、すぐに高度と速度を上げる。地上で放たれた矢がいくつか弧を描いて飛んでくるが、飛行するヘリコプターに有効な攻撃にはならない。

 幸か不幸か、ドアガンで射撃できそうな位置に敵はいなかった。この機体、あまりにも射角が狭すぎる。

 他の乗員が怖がるといけないので、念のためドアを閉めることにした。


「「な、なななな……」」


 その判断は遅かったようだ。隣を見ると、老メイドとメイド見習いの子供たちが青褪めた顔で寄り添いながら震えていた。


「落ち着ケ、もう大丈夫ダ」

「「だいじょぶじゃないですぅー⁉︎」」


 マチルダは首を傾げるけれども。こっちのひとたちは空を飛んだ経験なんてないし、たぶん想像したことすらない。いきなり上空数百メートルまで連れ去られたら、パニック状態になってもおかしくない。


「ななななななんなんですか、これ……」

「すごい音、してるし! すっごい、ヘンな臭いも!」


 特に見習いの子たちの怯え方がすごい。彼女らの疑問に、なんと説明していいのかわからん。なるべく安心できる感じで伝われればベストなんだけどな。助け舟を求めてマチルダに視線をやったが、知らんとばかりに肩を竦められた。

 そんじゃエルミと思って振り返ると、なにやら顎に指を当てて考えているっぽい猫耳ガールの姿があった。頼りにして良いのか良くないのか判断に困るところだけれども。俺の視線に気付いた彼女は自信たっぷりに頷いてメイドさんたちに向き直る。


「これは、ニャ!」


 全力で放り投げやがった!

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