膺懲の始まり
アイルヘルンはもちろん、王国にも身分や社会制度としての奴隷制はない。“隷従の首飾り”を装着されて意思を奪われる存在のことだ。アイルヘルンでも犯罪者の刑罰として行われることはあるようだが、法制度外の悪習でしかない。
ヘイゼルが言っているのは要するに、王国軍が獣人を捕まえて首輪を掛けたということだ。
彼女が読み取った兵士の記憶によれば、いま捕まっている獣人は四名。用途は水汲みや穴掘り、荷運びなどの労働。憂さ晴らしのサンドバッグと、マカから攻撃を受けたときの肉壁。
「それを行ったのは、どっちだ?」
自分でも言葉が足りない自覚はあったが、有能メイドは的確に意を汲んでくれた。
「砦に布陣する勢力、という意味では反国王派です。ですが王家も、その支持派閥も、亜人に対する迫害と蔑視は変わりません。似たような状況は、両派閥で行われています」
「そっか」
衛兵隊との話し合いが終わったらしく、ティカ隊長が戻ってきた。目と目で通じ合っていた俺とヘイゼルを見るとギョッとした表情になる。
「どうしたミーチャ。ヘイゼルもだが、えらく不穏な顔をしているぞ」
自分でも冷静さを欠いているのがわかった。すぐに言葉が出ない。俺たちが頭を冷やすより先に、ナルエルがティカ隊長を振り返った。
「簡単に言うと、ふたりは王国を滅ぼすと決めた」
ナルエルが極論でまとめると、苦労人の隊長は何かを諦めたような呆れ顔で首を振る。
「それが既定事項なのは、前に聞いた。あたしが知りたいのは、いつ、どこで、誰と、どう行うかだけだ」
「とりあえず、西の砦はいますぐ潰す」
ランドローバーに戻った俺とヘイゼルに、少し遅れてティカ隊長とナルエルも付き合ってくれた。
「すまん」
「獣人が奴隷にされてるんだって? だったら、あたしも付き合うよ」
「当然、わたしも」
「ありがとうございます。ふたりがいてくれたら心強いです」
マカの衛兵隊には情報共有を済ませたらしく、しばらくは王国軍への警戒を続けてもらうことになった。門前の死体は、すでに衛兵隊が回収を始めている。
来た道を南に戻ると、道中に転がっていたはずの死体は消えていた。野良ゴブリンが片付けてくれたようだ。
「ヘイゼル、
「砦の周囲は入り組んだ岩場のようですから、着陸できませんね。攻撃は可能ですが、獣人たちを巻き込みます」
「了解。そんじゃ隊長、ナルエルも、このまま車で向かうぞ」
「わかった」
「任せて」
速度を上げて街道を南下し、マカの小門前を通過する。警戒が伝えられたのか門は閉じられていて、門衛の姿はなかった。
「……なあ、ミーチャとヘイゼルは、普通の人間なんだよな?」
「「たぶん」」
ティカ隊長の質問に、奇しくも返答が重なる。ヘイゼルもそうだが俺も正直、この世界の基準で普通の人間だという確信を持てない。魔力ゼロというだけでなく、異世界人で知識と能力と常識の偏りがひどい。
俺たちの返答に隊長は楽しそうに笑い、ナルエルはなるほどと納得する。なるほどじゃねえ。
「いや、悪いな笑って。ありがたいとは思うし頼りにもしてるが、アンタたちがそれほど亜人に肩入れしてくれる理由がわからなくてさ」
「俺もわからん。種族で態度を変えるつもりはないけどな。なんでか人間とは、上手くいったことがあまりない。それだけだ」
いままで交流を持った人間って、シスターと孤児たちに八百屋のタパルさん夫妻……あとはサーベイさんとレイラくらいか。割合でいうと、エラい少ない。
「右奥に物見台。こちらを視認した」
「そのようだな」
ナルエルの報告に、後部銃座に腰掛けたティカ隊長が短く同意する。
「攻撃してくるか?」
「弓や攻撃魔法を使うには見通しが悪い。砦の手前で迎撃に出てくるはず」
ナルエルの読みは正しい。マカの南西側は一帯が岩山だ。地形に沿って延びている街道も左右は崖か岩壁で、入り組んだ地形が視界を塞いでいる。
「あと
ヘイゼルの指示でランドローバー を減速させる。装甲車両があればよかったんだけど、みんなゲミュートリッヒに置いてきてしまった。
「左手奥の岩の上にふたりいるな。あっちは任せろ」
「お願いします。道の先にいる方は、わたしが」
重機関銃が発砲されて、遠くの岩が砕ける。岩陰にいた兵士も一緒に粉砕されて転げ落ちていった。
「すごい」
ナルエルが感心した声を上げる。ティカ隊長の技術というよりも、M2の威力だろう。モソモソと呟いている独り言によれば、砲と銃との軌道や弾種の違いと運用を分ける発想……俺にはイマイチわからんけど兵器設計のカルチャーギャップに食い付いているようだ。
「ナルエル、考え事は後にしろ」
「うん。わかってる」
ヘイゼルが汎用機関銃で街道脇の岩場を掃射する。跳弾と破片で傷付けられた兵士が数名、姿を見せたところで血飛沫を上げた。
「前方
「任せて」
直上から降ってきた人影を、ナルエルは
打突音も風切り音も、明らかに手加減しているのがわかった。ランドローバーを停車させた俺は、
「さっそく送り込まれましたね」
ネコ獣人の男の子がふたり、目を回して転がっていた。
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