賢人会議

 俺たちが初めて参加することになった、“賢人会議”。円卓に着いた領主は七名。アイルヘルンに自治領は十二あって、辺境の六領は委任状を出して欠席するのが定例だったそうな。なので、出席者は基本的にいつもの面子。


「……どういうことだ」

「素性も知れん相手を“賢人会議”に入れるとは、半獣どもは何を考えている」


 だが、今回は辺境のひとつゲミュートリッヒが参加。その代表者がヘイゼルだったことで周囲はざわめいていた。主にエルフの中年男と、その腰巾着っぽい男が。


「ゲミュートリッヒは領主代行を交代した。そちらのヘイゼルに対外的政務を預ける」


 少し離れた傍聴者オブザーバー席で、ティカ隊長が手を振る。俺もその隣にいるが、誰も視線を向けてこない。


「……お前は、何者だ」


 いきり立ったエルフの男が、真っ赤な顔でヘイゼルを睨み付けている。消去法で考えて学術都市タキステナの新領主なのだろうが、死んだオルークファと比べると経験も度量も知性も足りないようだ。


「ヘイゼルと申します。以後お見知り置きを」

「名前などどうでも良い! お前は何者かと訊いている!」

「それこそ、どうでもいいことです」


 静かに発せられた声に、場の空気は凍る。

 他の面子は警戒しつつも、静観の構え。矢面に立つのはエルフの男、ただひとりだ。


「ゲミュートリッヒは、テロリストとの交渉はしません」

「てろ、なに?」

「こちらに危害を加える者は、殺します。危害を加える可能性のある者にも、消えてもらいます」

「なッ、それは……タキステナに対する宣戦布告と受け取るぞ!」


 ヘイゼルは笑って、エルフの男に首を傾げる。


「通じませんでしたか? そう言っているのですよ」

「「!」」


 何人かの領主が息を呑んで殺気を放つ。

 ピリピリした空気を気にも留めず、ツインテメイドは優雅な仕草で窓の外を指した。


「あちらをご覧ください」


 鉱山都市マカの中心にある領主館。その窓からは、稼働中の鉱山が連なって見える。

 彼女が指したのは、その先。切り崩され掘り尽くされた廃坑のひとつに、物見櫓のようなものが建っている。かつてマカの防衛線だった砦の一部だ。いまは領地が拡大したため、特に用途もないまま置かれている。


「……?」

「なんだ、何が言いたい」


 それが、領主たちの見ている前で爆散した。


「「「‼︎」」」


 あまりの光景に、満ちていた殺気が霧散する。

 振り返った領主たちの視線はヘイゼルに向かうが、そこに敵意はない。純粋な、警戒だけ。


「ある日、どこかで」


 ヘイゼルは静かに話し始める。


「我々の敵に、不幸なが、起きるかも知れません」

「き、貴様ッ! タキステナの領主館を襲ったのは、自分たちだと公言したようなものだぞ!」

「強者が力を隠すとでも?」


 素っ気無い返答に、エルフの男が固まる。

 政治の場で、準備のない者は脆く、交渉材料を持たない者は弱い。英国的悪夢の代弁者であるヘイゼルを前にして、お飾りの新領主はあまりにも脆弱だった。


「小娘が、己を強者とほざくか」


 獣人の男が、笑いながら牙を剝く。“獣人自治領カーサエルデ”の領主、人狼マハラだ。

 俺なら派手に失禁しそうな迫力だけれども。相手がヘイゼルでは、あまり意味はない。


「強者なのは、わたしではありません。です。王国軍を殲滅し、聖国の都を叩き潰したのも。……、我がゲミュートリッヒを害した虫けらを、吹き払ったのも」


 埃でも払うような手つきを見せて、ヘイゼルは笑った。


「……ッ!」

「さて、を始めましょうか」


 ヘイゼルの合図で、隅に控えていたドワーフのメイドが領主たちの前に紙を配る。

 それを見た各領主の表情は様々だった。ある者は顔を強張らせ、ある者は怪訝そうに目を泳がせた。


「ゲミュートリッヒはタキステナに対して、無条件降伏と、賠償金の支払いを要求します」

「ふ、ふざけるな! しかも金貨、千枚だと⁉︎ 領主を殺され領地を破壊されて、金を払う者がどこにいる!」

「どうするかは、そちらの自由です、もちろん」

「そんな、要求を、う、受け入れるとでも……」


 しどろもどろのエルフに対して、ヘイゼルは笑顔のまま頷く。


「でしたら、が続くだけです」


 青褪め汗だくで浅い息のエルフは、既に交渉当事者として機能していない。そんなタキステナ新領主を、ヘイゼルは華麗にスルーした。降伏であれ継戦であれ、いますぐこの場で決める必要はないのだ。

 少なくとも、こちらにその必要はない。


 ヘイゼルが手を上げると、今度はメイドたちが領主たちの前に小さな樽と壺を配る。


「新入りの領主代行として、みなさまへの手土産です」


 いきなり話題が飛んで、困惑する領主たち。ヘイゼルはその隙に奥深くまで踏み込んでくる。


「そちらが、ゲミュートリッヒの塩と砂糖。そして、ゲミュートリッヒからの技術移転により、マカで生産されることになった火酒です」


 厳密には、そのモデルなのだけれども。領主たちの何人かは、小樽を見てゴクリと喉を鳴らす。エインケル翁かサーベイさんからウィスキーについては聞いていたのかもしれない。

 塩と砂糖も、現時点で生産はしていない。タキステナの強みを潰すのが目的だろう。ヘイゼルは剣を突きつける前に、鎧を剥いだ。

 タキステナ領主は茫然自失で、自分の前に贈り物がないことに気付いてすらいない。


「友好関係を築けば、幸せになれます。ゲミュートリッヒは、片務や搾取を望みません。利益や恩恵であれ、被害や損益であれ、受けるなら双方で分け合います」


 領主たちの間で視線が交わされる。

 マカ領主エインケル爺ちゃんだけは、ずっと面白がっている笑みを隠そうともしていない。爺ちゃんの視線を受けて、ヘイゼルが初めて本心からの微笑みを浮かべる。


「さあ」


 ヘイゼルは、円卓を指で叩いた。いまが掛け金提示ベットの時間だと告げるように。


我が敵か否かをショウ・ザ明らかにせよ・フラッグ

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