ダンジョンズ&ドラスティックス

 鍛冶工房に寄って、モーリスC8を持ち出す。軍用濃緑色オリーブドラブの一号車は整備中だったので、サンドベージュの二号車。一号車より古くて使い込まれていてベコベコ、操作系もあちこちヘタッてユルい感じがする。

 でもなぜか、俺は二号車の方が好きだ。アフリカ戦線で戦った猛者っていうイメージからかな。

 モーリスの後席にエルミとマチルダ。ヘイゼルは助手席だけど、車載機銃は外してあるので珍しく単なるパッセンジャーだ。

 通りを正門に向かうと、衛兵詰所で立哨たちばんしていた衛兵サカフが手を振ってきた。


「おおミーチャたち、お揃いでお出掛けっすか?」

「ダンジョンだよダンジョン。ドキドキのクエスト初挑戦だ!」


 ヤケクソ気味に笑う俺を、クマ獣人の衛兵は呆れ顔で見る。


「ワイバーンを単身で射殺いころしたミーチャに、もう冒険ドキドキなんて残ってないっすよ」

「ほっとけ」


 正直に言えば、俺はスリルもエキサイティングも要らんのだ。のんべんだらりと昼行灯のような暮らしをしていきたい。本日のダンジョン行は自分のためではなくガールズの引率みたいなものだ。

 俺は上りの山道を運転しながら、このなかでブッチギリに経験豊富かつランクが高いエルミ先生にダンジョン攻略の注意時事項を聞く。


「最初のうちは、いつでも出口に戻れるようにするニャ」

「え」

「ダンジョンで迷ったら、すぐ死んじゃうのニャ。強くても弱くても狭い場所で魔物に囲まれたら終わりニャ」

「エルミちゃん、それはパーティでも同じなんですか?」


 ヘイゼルの疑問は俺たち共通の疑問でもある。どうも先ほどからエルミ先生は、低階層への日帰り単独アタックを想定しているように聞こえるのだ。


「パーティ? ダンジョンで他人を信じちゃダメなのニャ」

「「エルミ?」」

「誰にも見つからないように隠れながらサッて入って、殺して、持てるだけ採取して、逃げるニャ」


 たしかに君は色々と辛い過去があったかもしれんけど、その知識はあんま参考にならないっぽいぞ?

 深く頷いているのはマチルダくらいだ。こっちはこっちで闇が深そうだから、あまり触れたくない。


「今回の獲物は、マーダーキャサワリな。誰か、倒したことあるか?」

「ないニャ」


 ないのかよ。エルミが知らないんじゃどうにもならん、と思ったけれども。そもそも彼女がいた王国には棲息していないらしい。

 ヘイゼルの――過去に殺した相手から手当たり次第にピックアップした――知識によれば、マーダーキャサワリはアイルヘルンでも一部のダンジョン内でしか確認されていない。


「体高が平均百五十二センチ五フィートほど、最大で百八十四センチ六フィート半以上になります」

「ダチョウ……よりは少し小さいな。エミューくらいか」

「体重はエミューを超えますね。四十一キロ九十ポンドから五十九キロ百三十ポンド


 現地単位に換算して説明するとエルミが溜め息まじりで首を振った。


「ウチより大きいのニャ」

「体重も、ワタシとエルミを合わせタくらイあル」

「ふたりでぶつかれば勝てるのニャ?」


 なんかよくわからん話になってるぞ君ら。なんでマーダーキャサワリと格闘戦する流れなんだ。撃てよ。


 ヘイゼル情報によれば、その殺人ヒクイドリ。前回見たときはワイバーンにあっさり喰い殺されてたから弱いんじゃないかと誤解しそうになったけど、とんでもない。

 動きが早く凶暴で狡猾、身体を覆った分厚い羽毛は短弓の鏃を弾き、太い脚は長剣でも歯が立たない強靭な鱗で覆われている。藪に紛れて身を隠し、突進してきて鋭く巨大な蹴爪で蹴り殺す。くちばしで突き殺す。そして殺した獲物を貪り喰うという……

 ほとんど猛獣じゃねえか。デカいだけに下手な猛禽類より怖えぇよ。


「エイルヘルンの冒険者たちの間では、ダンジョンで遠雷のような音が聞こえたら逃げろというのが定説だそうです」

「遠雷って?」

「興奮状態のマーダーキャサワリが立てる威嚇音ですね。音が聞こえる距離だと、襲ってくるまで数秒しかないとか」

「帰りたくなってきた……」

「ミーチャ、着いたのニャ〜♪」


 いつの間にやら車は、ダンジョン入り口のある辺りに到着してしまっていた。

 山の頂上にある開口部ではなく、山の中腹にある方だ。山頂のは入ってすぐにワイバーン生息域なのでナシ。そろそろダンジョンの自己修復機能で塞がり始めているだろうしな。

 中腹の開口部は幅五メートル、高さ一メートル半ほどの岩の割れ目。ここは大きさも状態も変わっていない。奥から流れてくる風と生き物のざわめきが感じられて、ちょっと怯む。


「なあヘイゼル、ダンジョン内に車は出せないかな」

「出すことは可能ですが、地盤が崩落する危険がありますね。それ以上に、車輌ほどの大きさは異物として大型の魔物を呼ぶ可能性が高いです」


 具体的に言えば、ワイバーンね。たしかに、そうかもな。安全策として機能しないなら車は仕舞って生身で行くしかない。


「エルミ、マチルダ。武器はそれで良いのか?」

「良いのニャ!」

「良いのダ!」


 ふたりお揃いの短機関銃ステンガンと弾薬ポーチ。幸せそうに寄り添って、不安な様子など微塵もない。どんだけの信頼関係なんだ。拳銃弾で倒せない敵でも、彼らなら逃げられるし飛べるし魔法も使えるしな。

 むしろ不安材料は俺か。俺だろうな、どう考えても。


「ミーチャさん、不安でしたら対戦車ライフルボーイズATRでも装備されますか?」

「ムチャ言うな」


 兵士でもない運動不足のオッサンが、あんなもん持って歩けねえよ。あれ体感だと二十キロ近いじゃん。

 となると、ブレン軽機関銃か。たしか弾薬込みで十キロちょい。これも持ち歩きたくない重量だが、もっと軽い銃はボルトアクション小銃リー・エンフィールドか拳銃弾の短機関銃ステンガンくらい。

 いまなら大口径自動小銃FALあたりの調達は可能だけど、慣れない武器で本番に挑むのはナシだ。


「どう考えても、ここはブレンガンしかないな」

おっしゃる通りアブソリュートリー!」


 ダンジョン入り口を通過した後でブレン軽機関銃を受け取った俺は、エルミたちとお揃いのP37弾薬ポーチをサスペンダーで身に着ける。三十発装填の弾倉を計四本。銃に装着したものと合わせて百五十発。

 これで倒せない状況なら逃げるしかないだろ。


野ウサギのラン・ライクように逃げ・ア・ヘア猟犬のようにハント・ライク・狩り立てるア・ハウンズ

「……なんて?」


 英国的なことわざかジョークか、ツインテメイドは妙なフレーズを呟いた。

 言葉の意味は拾えたものの、論旨はイマイチ不明確なまま。キョトンとした感じの俺を見て、彼女はエンフィールド・リボルバーを構えて笑った。


英国的アノマラス・自己矛盾オブ・ブリテン

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