屍鬼を屠る

「は?」


 アマノラさんは怪訝そうな顔で俺たちを見て、隣のエルミたちに目をやる。最初はなにかの冗談だと思っていたみたいだけど、誰も否定しないのに気付いて脱力した。


「……エラいとこに来ちゃった……」


 空飛ぶふたりに助けられた時点で、もう自分の常識は通じないことを理解したのかもしれない。

 通りの真ん中に置かれた25ポンド砲しろものが何らかの武器だとわかったようで、すでに何かを諦めたような呆れ笑いを浮かべる。


「見ろ、向こうから殺されに来た」


 ティカ隊長が指した先、東側の山でかすかに動くものが見えた。俺以外のひとたちにはアンデッドとやらが視認できているんだろう。すぐにヘイゼルとドワーフ砲兵隊が狙いを合わせ始める。

 いま気付いたけど、ナルエルが爺ちゃんたちに混じっていた。動きも手際も体格も、最初からそこにいたみたいに馴染んでるな。


「ちょッ……なんで、逃げ……え?」

「アマノラさん、とりあえず落ち着いて。大丈夫だから」


 町の住人たちは大砲から離れた位置で見物しているし、衛兵隊長も静観の構え。町の外壁にはエルフの射手が上がってるし、物見櫓でも警報を鳴らす用意はしてる。万一の備えはされているのだけれども。

 慌てふためいているのはアマノラさんだけだ。


「通常射程は千二百メートル四分の三哩、となると山の上まではギリギリじゃな。ヘイゼル嬢ちゃん、三号で良いか?」

「はい。目標は、龍と思われるアンデッド。最初は二発で様子を見ましょう」

「了解じゃ。装填開始、弾種・榴弾! 装薬3号!」

「弾種・榴弾ッ! 装薬3号ッ!」

「応ッ!」


 技術屋さん同士のよくわからん話ジャーゴンが交わされた後で、砲身が回され照準が付けられる。

 ターゲットは龍か。興味はあるけど、俺にはモヤッとした黒いものが山肌で蠢いていることしかわからない。せめて双眼鏡でもあればいいんだが、たぶんランドローバーのなかに置きっぱなしだ。


「装填よしッ!」

「照準……よしッ!」


 ヘイゼルが挙げた手を、東の山に向けて振り下ろす。


発射ファイアッ!」


 轟音とともに撃ち上げられた砲弾が、弧を描いて飛んでゆく。

 見ていた町の住人たちから、おおっと歓声が上がった。山の上で爆煙が弾け、少し遅れて炸裂音が届く。ヘイゼルの表情を見る限り当たったみたいだけど、倒せたのかまではわからない。照準調整と第二射の準備をしている砲兵隊の邪魔をするのも悪いので、いまは黙っておこう。

 息を呑む音に振り返ると、アマノラさんがあんぐりと口を開けていた。


「……ど」

「ど?」

「どう、なってるんですか、あれ⁉︎ おかしいでしょ、ドラゴンが、ドーンて⁉︎ 横のクマも、バーン、バラバラって⁉︎」


 あら、なんか驚きで知能指数が下がってる感じ。

 でもアマノラさんの身振り手振りから察するに、被弾したアンデッドは周りの数体を巻き込んで爆散したらしいことがわかった。


「照準、左七、仰角四!」

「左七ぁ、仰角四ッ!」

「応ッ!」


 俺たちが話しているうちに、ヘイゼルとドワーフ砲兵たちは三発目の照準に入っている。


「照準よしッ!」

発射ファイアッ!」


 今度は少し左に離れた場所で爆煙が上がった。そこに何があってどうなったのか、俺には見えないけど。


「死んだな」


 苦笑しながら呟いたティカ隊長が、俺の視線に気付いて首を振った。


死霊術師ネクロマンサーだろう。魔力光が見えた。何をしようとしたのか知らんが、自ら死に急いだな」


◇ ◇


 マチルダとエルミが戦果の確認に飛んで、残骸の一部を持って戻ってきてくれた。

 彼らの報告によれば、アンデッドは全部で六体。ロックベアという岩のような硬い皮膚を持ったクマが二体。ドラゴノボアが三体と、小型で飛ばない龍、レッサードラゴンが一体だ。


「拾えた魔珠は、これくらいなのニャ」

「ほトんどは砕けていタ。それと、これダな」


 エルミが黒いソフトボールみたいな球をティカ隊長に手渡し、そこにマチルダが焦げた棒を乗せる。


「これは……」

魔術短杖ワンドの半分なのニャ」

「それ岩樫ロックオーク……?」


 声がした方を見ると、タオルを首から下げたツナギ姿のナルエルだった。

 砲兵としての仕事を終えたせいか、満足げな顔をしている。


「ナルエル、これに心当たりがあるのか?」


 ナルエルによれば、魔導師というのは基本的に流派で杖の素材を揃えるそうだ。素材が変わると魔力の通し方が変わり、扱い方も変わって、結果にバラつきが出るから。軍人や軍属や研究者は、特にその傾向が強い。


「魔圧の向上に振り切った岩樫の杖なんて、使うのはタキステナの魔導技術院くらい」

「もしかして、お前のいたところか?」

「違う」


 ちょっとだけ嫌な顔をして、ナルエルは首を振った。


「そこは領主お抱えの研究施設。学生は立ち入り禁止」

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