(閑話)神童は死に、神は微笑う

“当然の結果じゃ”


 タキステナに届いたマカ領主エインケルからの手紙は、前置き代わりにそう書いてあった。

 入学早々に愚かで無意味で何の価値もない騒動に巻き込まれたことを、ごく簡単に記した結果がこれだ。走り書きの文字は揺れていて、書いた老爺が面白がってることが手に取るようにわかる。目の前にいて指差しながら笑っている顔が目に浮かぶようだ。

 こちらも好きこのんで報告したわけじゃない。定期報告が、学資援助の条件だからだ。


「わたしが愚かだった。こんなところに来たのは間違いだった。学資は必ず返すから、退学させてもらいたい」


 前に送った報告で書いた申し出に対しては、だくでもいなでもなく。


“愚かなことくらい知っとった。その選択の間違いもわかっとった”


 と書いてあった。だったら何か言うべきなのではないのかと、身勝手な憤りが湧いてくる。

 そんな意見を出されたところで、聞き入れる気など微塵もなかったくせに。


“お前は、他人の気持ちを汲めん。世の習いにも沿えん。誰もが信じるを飲めん。口を開くたびに敵ばかり拵えるだけで友も作れん。世間知らずで高慢ちきで、小利口なだけの穀潰し。偏屈な出来損ないの自惚れ屋じゃ”


 いきなりズラズラと並べ立てられる罵倒の文句。

 なぜか不思議と腹は立たない。事実なのもあるが、なんとなくそれはエインケル自身が言われてきたことなんだと思ったから。


“それでもお前に賭けたのは、自分と同じ目をしとったから。なにか面白いことを、起こしてくれよる気がしたからじゃ”


 同類だと思われたことを知って、胸の内がわずかに熱を持つ。

 かつて世界の頂点にまで登り詰めながら、世にいて鎚を捨てた伝説の鍛冶師に。


“もう、くだらん夢想は捨てよ。他人に期待し与えられるのを待っとるうちは、永遠に何も得られん”


 エインケルの言葉が、すっと腑に落ちた。自分自身を。その内にある感情を、理解した。

 わたしは、甘えていたのだ。最高学府に入れば、理解し合える同胞と巡り合えるのではないかと。

 求めていたのは友ではないのに。そんなものは存在しないと、わかっていたはずなのに。


“お前もドワーフの血を引く者なら、血が沸き立つような夢を見よ。それ以外に何も要らんと思えるほどの我欲に溺れよ。臓腑が捻じ切れそうな熱狂に焦がれよ。ただ己が内奥ないおうにある理想を追い、まだ見ぬ真理だけを求めよ”


 叱咤とも激励ともつかない文章の下に、エインケルは短く書き加えていた。


“いつか、お前は自分の価値を、己自身で見出す。それが、お前の、生まれてきた意味じゃ”


 結局、わたしはタキステナに留まった。エインケルの挑発に乗ることにした。

 わたしは決めた。叡智の殿堂とやらの階段を、頂点まで登ってゆくと。目の前を塞ぐ壁を壊し、手足を縛る枷を砕き、閉ざされた全ての扉を蹴り開けると。

 高みから見下ろしているつもりの愚物ども。惰眠を貪る俗物ども。見ているがいい。思い知るがいい。


 これは、わたしの。


 戦争だ。

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