(閑話)現実からの大脱走

「今後あの狭い道を行き来するなら、モーターサイクルの方が良いかもしれませんね」


 ああ、サーエルバンとゲミュートリッヒの間の道ね。たしかに、図体のデカいモーリスだと少しだけ気を使う。上りはともかく、下りが怖い。何度も往復すると、たぶんブレーキが持たない。


「ミーチャさん、運転の経験は?」


「学生時代に乗ってた。バイクなんて在庫あるのか?」


「第二次世界大戦時の偵察連絡用モーターサイクルはかなり多いですよ。主にBSAのM20ですが……あまり、お薦めはしません」


「状態が良くない?」


「いえ。信頼性と耐久性はあります。整備もしやすいように出来ています。ただ、現代の基準でいうと重くて最低地上高クリアランスが低く不安定ですね。舗装路で走る分には問題ないと思いますが、こちらに舗装された道などないですから」


 悪路を走り回る性能ではないと。そのあたり、自動車と違って性能差が如実に出るからな。

 転ぶと怪我したり死んだりって状況なら、ある程度の性能は欲しい。トップスピードはともかく、軽さと安定性くらいは。聞くと装備重量は二百キロを超えるそうで、見た目はオンロード用のクラシックバイクだ。


「スティーブ・マックィーンの真似は無理?」


「そのまま鉄条網バーブワイヤに突っ込みますね。あの映画でジャンプしてた車輛は、高性能なエンジンを積んだ戦後のトライアンフTR6です」


 そうなのね。まあ、映画は映画だ。


「オフロード用のモーターサイクルで、“アームストロングMT500”というのがあります。八十年代に英国アームストロングCCM社で生産されたもので、後にハーレー・ダビッドソンに生産設備を売却されました」


「へえ」


 知らない。ヘイゼルが凹むので言わないけど。ハーレーのオフローダーなんて、スポーツスターのダートトラッカーしか知らない。たぶん、いまの話に出たのとは違う。


「こちらです」


 DSDの光るプレートで画像を見せてもらったが、見たことないバイクだ。軍用らしい緑色に塗られた、エラく古臭いディテールのオフローダー。渋好みというかなんというか……正直ちょっとダサい。バイクに興味ないイラストレーターが描いたオフロードバイクって感じだ。

 値段は程度の良いもので約二十八万円二千ポンドくらい。そこそこ安い……のか?


「エンジンはオーストリアの名門ロータックス製がベースになっています。質実剛健な実用性と耐久性が取り柄ですね」


 それは、わかる。見栄えなんてどうでもいいのも理解する。

 空冷シングルピストンでSOHCの481cc、低速重視の出力特性だろうから三十馬力程度なのは許容範囲だ。ギアは五速で車重は百六十キロ。タンク容量十三リットル。良くも悪くもない。

 ただ、リアが二本サスというあたりで俺なんかの世代には少しだけ二の足を踏む。


「ふたりしか乗れないな。急ぐとしたら、実質ひとりか」

「エルミちゃんだけ乗せてもらえれば、わたしは一時的に実体化解除します」

「そんなんできるの⁉」

「ええ。非常時の対処に少しだけ時間が掛かりますが」


 実体化の解除と再実体化には、それぞれ十五秒ほど必要なのだとか。緊急事態には対応できないかもな。

 でも、十五秒なら俺とエルミでもどうにか持ち堪えられるはず。

 未経験な乗馬にチャレンジするよりは現実と判断して、ヘイゼルにバイクの調達を頼んだ。

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