ふたつ目の町へ
サラセンを走らせていると、周囲の茂みや藪の陰でなにかが逃げていった。姿は見えないので、それが何なのかはわからない。
俺が前に開いた窓からキョロキョロと首を伸ばしていると、隣で床に座っていたサーベイ氏が腰を上げて茂みを見た。
「ああ、あれはブッシュビータだヨ」
「
「そだヨ、草木の奥でガサガサ動くから、誰でも気になるんだヨ。でも近付くと、襲ってくるヨ」
「それは、恐ろしい生き物?」
「王国にいたんなら、見たことがあると思うヨ。向こうでは、ファングラットって呼ばれてるネ」
「うへぁ……あれすか」
小さめの猫くらいあるネズミ。牙に毒があって、麻痺したところを襲われるという。
ある意味で、かなり恐ろしい。生きたままネズミに食い尽くされるなんて、嫌な死に方ランキングのトップクラスだ。
「この乗り物を害する力はないから、気にしないで良いヨ」
「そうします」
じっさい、走る装輪装甲車に危害を加えられる生き物など、ドラゴンくらいしかいない。そんなもん見たことないし、いるのかも知らんけど。
乗ってるみんなも安心感を共有してる感じで、穏やかな顔で話していたり寝ていたり。屋根からは人狼の護衛三人がキャイキャイとはしゃぐ声が聞こえてくる。
前後の銃座から頭を出してるエルミやヘイゼルと、なにやら情報交換しているようだ。
「いまさらだけど、ゴブリンの
俺はふと思い出して、傍のサーベイ氏に尋ねる。
小柄で小太りで福々しい顔の商人は、困った顔で首を振った。
「アイルヘルンでは、討伐依頼以外の野良ゴブリンは買い取りが渋いんだヨ。銅貨のために時間を食うくらいなら、町に帰った後でわたしがお礼に上乗せするヨ」
なるほど。素材の買い取りも地域差があるのか。
手持ち無沙汰な感じで足をプラプラさせていたヘイゼルが、車内のサーベイ氏に声を掛けてきた。
「サーベイさんは、ご商売の帰りだったんですか? それとも、どこかに行く途中でした?」
「行く途中だヨ。商売じゃなく、王国で問題が起きたと聞いてネ。付き合いのある領主に面会を求めようとしてたんだけど、出かけてすぐに逃げ戻る羽目になったヨ。馬車も馬もダメになったから、しばらくは動けないネ……」
その後もヘイゼルは、情報通らしいサーベイ氏から王国とエイルヘルンの現状をリサーチしている。
運転しながら聞いている限り、どうやら二国間に正式な国交はなく両国を行き来する商人や冒険者の個人的な接触だけが黙認されている状態らしい。
「黙認……というのは、潜在的には敵対しているんですか?」
「為政者同士には接点もないし、敵対するほど知識も関心もないヨ。でも、王国からの棄民や難民が二割くらいを占めるからネ。他の周辺国も含めて、アイルヘルンに対しては、持たざる者ほど色んな思いがあるみたいなんだヨ」
「むしろ平民や庶民の方が気にしている、ということですか」
「わたしが接してきたなかでは、そう感じたヨ。自分たちが捨てたものの集まりが、自分たちよりも発展して、強くなろうとしてる。それは、怖いんじゃないかと思うヨ」
「……なるほど。例えて言うならば、合衆国を見るブリテンの視点でしょうか」
「知らん。やめろ、ツッコみにくい」
それにしてもサーベイさんって、変わった喋り方だな。
俺は自動翻訳されてる感じなので会話に問題はないものの、イントネーションがぎこちない印象はある。
どこかの訛りなのか?
「ミーチャ殿は、どこか遠方のご出身みたいだネ?」
「……ああ、はい。そうすね。エラい遠くから飛ばされてきました」
「わたしもだヨ。いまはアイルヘルン中西部のサーエルバンに居を構えているけどネ。生まれは大陸の北の外れ、名も無い辺境地だヨ」
俺の頭に浮かんだ疑問に気付いて、自分から自然に答えてくれたのに気付いた。
商人としての勘なのか人間的な能力なのかは知らんけど、なんとなく聡いひとなんだなとわかった。
「わたしの一族は、代々ひどく背が低くてネ。嘘か本当か、先祖はノームの血を引いてるとかいう噂があるくらいだヨ」
「ノーム? ……って妖精?」
「そうだヨ。もちろん、わたしは先祖の大ボラだと思ってるヨ。罪のない法螺で、自分の欠点を美点に変える。そんな先祖の血を引くわたしは……」
「ん?」
「自分が商人に向いてると思ったんだヨ」
自分のジョークに自分で大笑いするサーベイ氏に、思わず釣られて笑ってしまう。
丸々した顔でよく笑う彼は、屈託がなくて開け広げで、ひとを惹きつける魅力があった。
接しているだけで、なんとなくアイルヘルンでは王国よりも良いことが待っていると思えるくらいの。
「ミーチャさん、見えてきましたよ。左手奥の物見櫓がある辺りが、ゲミュートリッヒです」
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