岐路
「騎兵? 正面から?」
「はい。見えませんか」
見えん。騎兵どころか影も形も。
いま見えているのは、ふたつ目の丘までだ。あの丘の向こうとかじゃないだろうな。東に折れる道で大軍が待ち構えているとしたら厄介だ。
「彼我の距離は……一・四マイルといったところです」
「何キロ?」
「約二・二五」
「見えるか!」
地平線に向けて緩やかに波打つ道は見えていても、そんな遥か彼方にいるとしても視認できるわけがない。二キロ超って、ほぼ地平線じゃねえか。
「どうされますか」
「どうもしない。相手の射程に入るまでにモーリスが分岐点を抜けられれば良い。あとは俺たちが……」
「ミーチャさん」
潜められたヘイゼルの声に気付いて振り返ると孤児院組が涙目で震えていた。子供たちを宥めようと必死なシスターふたりも顔は青褪めている。
「あ、ごめん。わかんないよな、この乗り物は丈夫で……」
「「「きゃああああぁ……ッ!」」」
悲鳴を上げた子供らが指差す先に視線を戻すと、山なりで飛んできた何かが車体を掠め派手に土を撒き散らした。
「お?」
余所見してる場合じゃなかったようだ。危ない状況ならヘイゼルが警告してくれると思って気を抜いてた。
「すまん」
「問題ありませんよ。超長距離の攻撃魔法です。土魔法の砲弾を風魔法で飛ばしている
「魔法って、二キロ以上先から届くのか」
「ええ、届くだけなら。減衰がひどいので威嚇以上の意味はありませんね。狙いだけなら悪くない腕ですが……」
ヘイゼルがヴィッカース重機関銃を短く二連射すると、空中にある魔法の砲弾が弾けて火花を散らす。
「そのくらいの
「助かる。可能なら事前に防いでくれ」
俺はサラセンを加速させる。この際、乗り心地は二の次だ。敵が見える前に曲がり角まで到達してやる。
ふたつ目の丘を登り、頂上まできたところで停車する。少し傾斜のある坂の先に大岩があった。犬に似てるかといわれるとリアクションに困るが、そこはどうでもいい。
岩の陰に、東へと伸びる道がある。それ以外のことはスルーだ。
「爺ちゃんたちに、先行するように伝えてくれ」
「了解です」
後部座席の孤児院組に少しでも安心感を与えようと、岩陰に車体後部を隠す形で停車。銃座からはヘイゼルが身振りで伝えているのが見えた。
「そのままー! 行ってくださーい!」
二台のモーリスC8が分岐を通過した。南側から迫っているらしい騎兵の姿は未だに見えん。最初の攻撃を凌いで以降、敵からの追撃はなかった。
「距離は詰めてきてる?」
「いえ、一キロ半ほどのところで足を止めました。こちらの武装と防御が難物とわかったのかもしれません」
「エルミ!」
「はいニャ?」
「これから俺たちも東に向かう。後ろから追ってくる敵がいたら教えてくれ。攻撃魔法が来る可能性もある」
車体を回して分かれ道に向かおうとしている俺を、エルミとヘイゼルが不思議そうに見る。銃座から車内を覗き込むほどのこと、いったか?
「教えるのは、わかったニャ。でもこの……“さらせん”なら、騎兵が持てるくらいの武器じゃ効かないのニャ」
「エルミちゃんの言う通りですね。タイヤ以外なら攻城兵器でも耐えられますから」
さいですか。俺はともかく、孤児院組がホッとしたみたいなので良かった。
「あいつらの討伐対象はエーデルバーデンだろ? こっちへの追撃はあると思うか?」
「理屈で言えばノー、ですが……こちらの権力者や支配層は理屈で動かないです。上は王から下は末端兵士まで、自分の権威や暴力の及ばない相手には執拗に向かってきます」
「十中八九、追われるって感じか」
溜め息まじりな俺の笑いに合わせて、ヘイゼルは楽しそうに笑った。
「残り
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます