ケツに着いた火

「スーリャ、本隊到着までの猶予は、どのくらいかわかる?」


「王国軍の先例だと二日から五日、正確なところは先遣隊の連中を捕まえて聞くしかないにゃ」


 わざわざ手間を掛けてまで欲しい情報はない。最低でも二日あれば逃げ切れるか。


「ヘイゼル、王国軍の到着前に脱出する」


「マドフさん、コーエルさん。冒険者のみなさんを乗せて、先に出てもらえますか。わたしたちは装甲車輌で殿軍しんがりにつきます」


「了解じゃ」


「わかった」


「「守りは任せて!」」


 爺ちゃんとコーエルさんは運転席に乗り込み、ひょいひょいと銃座に上がった若手ドワーフのオクルとラクルはブレン軽機関銃を前にご満悦の表情だ。


「みんな、早く乗って! 撤収する! 孤児院のみんなは、あの大きな方の車だ!」


「「「はーい!」」」


 孤児院組は状況を理解しているのかいないのか、あんまり緊迫感がないけれども、パニックで泣かれたりするよりよっぽど良い。俺たちの庇護に安心感を持ってもらえてるってことなんだろう。


「ミーチャ」


 見張りに立っていたエルフ組のひとりが、二階の窓際で俺を呼ぶ。

 自己紹介は受けたけど、彼らは美男美女揃いでイマイチ見分けがつかない。俺を呼んだのはリーダー格の少しだけゴツいイケメンだ。名前は……イーハだったか。


「少し早いが撤収するぞ。冒険者は二台あるモーリスに分乗してくれ」


 リー・エンフィールド小銃で武装した男女六人は、俺のコメントにも銃を構えた姿勢のまま動かない。警戒した表情を見る限り、従う気がないという感じではない。


「撤収は了解した。だが少しだけ問題がある、見ろ」


 イーハの指差す先で、煙が上がっていた。町の南西ふもと側、緩い高台になっている領主館の辺りだ。視界には入っているが、三百メートルはあって状況までは視認できない。


「見ろと言われても、煙が上がってることしかわからん」


 俺が首を傾げると、エルフたちは怪訝そうな顔をする。いや、あの距離が見えてるのかよ。


「そうか、ミーチャも身体能力そういうところは人間なのだな。すまない」


 苦笑された。なんだと思ってたんだ、逆に訊きたいわ。


「町の住民たちが領主館に押し寄せている。町に入った連中の扇動を受けたのか自発的にか、踏み込んで荒らし回っているようだな」


「好きにするといいんじゃないか? もう必要なものは回収したし、残されたものは焼こうが壊そうが知ったことじゃない」


 王都からの討伐部隊が到着するというのに火事場泥棒なんてしてる場合じゃないとは思うが、彼らに取り得る選択肢はない。逃げるにも戦うにも悔い改めるにも、もう遅いし苦境の打破も不可能だ。


「館を焼いたのは、目を引くためのごまかしだろう。左手で赤い煙が上がっているのはわかるか。少し離れた位置の、細い煙だ」


「ああ……うん、なんとなく」


「あの赤い煙は、遠方に情報を送る王国軍の連絡手段だ」


「ああ、狼煙のろしね。内容は、わからない?」


「赤い煙は非常時の招集だ。本隊を呼んでいるのか先遣隊の集合を命じているのかわからんが、おそらく警戒対象は我々だろう。何かを見つけたか聞いたかしたんじゃないかと思う」


「左、距離四半哩!」


「応!」


 周囲で小銃を構えていたエルフたちが散発的に射撃を開始した。窓から外を見ても、俺には何を撃っているのかわからん。被弾箇所で青白い光が瞬いて、ようやく理解できた。


「魔導師か?」


「ああ。隠蔽魔法だな。もう目をつけられたようだ」


「イーハ、ひとり倒した。もうひとりは後退したが、おそらく追ってくるな」


「よし、行くぞ!」


 エルフたちは射撃を止めて撤収に入った。一斉に階段を降りてゆく彼らに置いてかれそうになって焦る。


「おい、あんたらはこっちだ!」


 裏庭に停車したベージュのモーリス二号からドワーフの銃手が手を振る。オリーブドラブのモーリス一号を先行させて、彼らはエルフを待っていたらしい。

 その後方ではサラセンがアイドリング状態で待機していた。車体後部のハッチ前でエルミがステンガンを構えて周囲の警戒をしてくれていた。


「ミーチャ、なんか変な感じがするのニャ」


「王国軍の斥候に目を付けられたみたいだな。乗ってくれ、すぐ出る」


 後部から乗り込んで分厚いハッチを閉める。車内は子供と小柄な女性ばかりとはいえ、少々手狭だ。エルミとヘイゼル、それに俺を含むと二十名近い上に荷物まであるからな。

 車体前方中央の運転席ではヘイゼルが暖気をしていてくれていた。窮屈な姿勢でアクセルペダルを踏んでいるのだが、中腰で足をピーンと伸ばして空気椅子みたいになってる。


「ありがとう、ヘイゼルは前部銃座ヴィッカース、エルミは後部銃座ブレンを頼む」


「了解です」


「わかったニャ!」


「みんな、どこかに掴まってな。小さい子はシスターに掴まって」


 クラッチを踏んでゴリゴリのシフトレバーを入れ、裏庭を飛び出していったモーリス二号車を追う。

 先行するモーリスの向かう先を見て気付いたんだが、東に向かうとしても一旦は王都に向かう南西ふもと側の道を南下しなくちゃいけないのか。

 獣道しかない北東やま側に分け入ってもしょうがないから、考えてみれば当然なんだけど。


「おい、これ北上してむかってくる討伐軍本隊とカチ合ったりしないだろうな?」


「そのときはそのときですよ、ミーチャさん」


 銃座の丸椅子で足をプラプラさせて、ヘイゼルが笑う。


「そして“そのとき”はきっと、思ってるより早いです」

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