逃げる肉と追う肉
俺は裏庭に駐車していた
子供たちを押さえてくれてるシスターふたりに、俺は運転席から手を振る。
「ちょっとオークを仕留めてきます。午後には肉を焼きましょう」
「はい、ありがとうございます。でも気を付けてくださいね、美味しいとは聞いてますが……実際に食べたことがある人はあまりいません」
それは当然、危険だからだ。
エルミも、ドワーフの爺ちゃんマドフさんも保存用の燻製肉をちょびっと食べただけだという。中年ドワーフのコーエルさんは、何度かオークに殺されそうになったことはあるが食べたことはない。
年に何度か、軍隊や冒険者たちが魔物の討伐に出て、運良くオークを仕留めたとしても、肉が亜人に下げ渡されることなどないのだとか。町の亜人たちも囮や牽制役や人足として駆り出されるというのに。ひでえな。
「楽しみじゃ」
マドフ爺ちゃんには、助手席の屋根に設置したブレン軽機関銃の銃手を頼む。コーエルさんは弾倉交換のサポートだ。ちなみにブレンガンは会館の二階に簡易銃座を組んでしまったので、俺の持ってた最初の一挺を使っている。
「エルミは
「わかったニャ」
オークは三メートル級の筋肉の塊、となれば拳銃弾で倒すのは無理だろう。目玉でも撃てば脳まで届くかも知れんが、エルミたちの説明によると身体に比べて頭は小さく目も頰肉に埋もれているというから無理ゲー感ハンパない。まあ、接近するゴブリンを倒してくれれば御の字だ。
「ヘイゼル、俺たちが出たら裏庭の扉には
「はい。こちらはお任せください。エルミちゃんも、気を付けて」
「心配ないニャ。“まがじん”いっぱい増えたから、ゴブリンを百は倒せるニャ」
ネコ耳娘は、けっこうノリノリである。
追加でステン
エルミが自分や亜人たちを虐げてきた町の住人を心配するような、お人好しなのは知ってた。でもそれとは別に、魔物を蹂躙する快感に目覚めたのか、彼女のトリガーハッピーな面が見え始めていた。
いままで攻撃能力がなかったことで、ずいぶん溜め込んでいたものがあったのかも知れない。
「そのまま通りの正面、骨のところで右ニャ」
エルミの道案内で、俺はモーリスを前進させる。
「エルミ、オークは
「
え、そんな巨大な人型の魔物、誰が解体すんの? 俺は無理だぞ、魚くらいしか
高台になった俺たちの拠点から緩い坂を下ると、前夜に俺たちが倒したフォレストウルフの死骸が重なってるのが見えた。早くも骨になり始めているのは、ゴブリンか他の魔物か獣が食い荒らしたのだろうか。
「ファングラットが出てるニャ」
トラックが近付く音を聞いて、子猫サイズの生き物がワラワラと逃げてくのが見えた。
「ラットって、ネズミか」
「ネズミの魔物ニャ。毒の牙を持ってて、小さな子供だと死んじゃうのニャ」
「え」
なにそれ。こっちのネズミは
中年ドワーフのコーエルさんによれば、魔物じゃないふつうのネズミは別にいるのだそうな。
「ファングラットの毒は厄介だぞ。大人は動けなくなるくらいだけどな、なんせ数が多いから、その間に生きたまま食い尽くされる」
この世界、俺のなかで“嫌な死に方ランキング”の変動がすげえ。
あまり関わらんでおこうと、道で出てきたラットやゴブリンを構わず
「そこを左に折れると
中門というのが何なのかは、俺でも見てすぐわかった。亜人たちの住む山側区画と、人間の住む麓側区画を分け、出入りを制限するためのものだ。物理的な障害はごく簡易的な柵があるだけだが、立哨がいるであろう詰所があって、明らかに排他的な感じがある。
この町の人間、いちいち細かく胸くそ悪いな。
「ミーチャ、いっぺん止めてくれんか」
銃座のマドフ爺ちゃんの指示で、俺はモーリスを停車させた。
中門とやらの先は人間の居住区。二、三階建の家屋が多くて見通しが利かない。車の機動力と軽機関銃の火力を活かすなら、開けた場所で戦うのが望ましい。路地に入ると、図体の大きなモーリスはターンするのにも手こずる。
「何か来るニャ」
「何かって、オークか?」
「オーク
爺ちゃんもブレンガンを構えて気配を読んでいる様子。助手席のエルミも後部座席のコーエルさんも、前後左右の窓から周囲を警戒している。
重い足音と地響きの後、弾かれたように大量の悲鳴が上がって、建物の陰から十数名の人間が駆け出してきた。
「「「「ひゃあああぁッ!」」」」
「……オークって、あれかよ」
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