無理やりスローライフ

サヴァ・ビアン

「ふぉおおおぉーッ⁉︎」


 のどかな朝食の席で、いきなり奇声を発したエルミに、俺は思わず身構える。

 振り返った先にあったのは、缶詰とフォークを持って目を輝かせているネコ耳娘。

 見たところ、特に危機的状況は感じられない。


「どうしたエルミ。何かの非常事態かと思ったぞ」


「非常事態なのニャ! これは、絶対おかしいのニャ!」


「……え。なん……その、サバ缶が?」


 ヘイゼルが大量に調達した食料のなかには、魚の缶詰がいっぱいあった。ツナ、サーモン、タラコッドニシンヘリングイワシサーディン、そしてサバマッケレル

 円筒形の缶から平べったい缶、美味しそうなのも、そうでもないのも、色々だ。


 基本的には調理用素材だけれども、もちろんそのままでも食べられる。何がおかしいのかは不明だが、エルミがプルプルしながら指した缶の中身は、なんというか……見た感じキャットフードっぽかった。

 もしかして猫缶を食わされてご不満なのかとも思ったが、表記を見る限り人間用だ。そもそも、この世界の住人は猫缶なんぞ知らんだろう。


「ウマすぎるニャ!」


「え」


「こんなに美味いのは、おかしいのニャ! これは絶対、美味しくなる薬が入ってるのニャ!」


 なんだ、美味しくなる薬って。逆に興味あるわ。

 まあいい。どうやら誰も本気で心配はしていなかったようで、ジタバタ身悶えるエルミを微笑ましい感じで眺めながらそれぞれに食事を続けている。


「エルミ、サカナ好きなのか」


「スキなのニャ……♪ とくに、この……読めないけど、背中がシマシマのサカナの絵が描いてるのが、いままで食べたなかでいちばん美味しいのニャ♪」


 うっとりした顔で、ぱくぱくとフォークを口に運んでいる。四百グラムとかある缶詰を、ひとりで開けそうな勢いだ。食べるのは全く構わないけど、ビスケットやクラッカーには目もくれずサバ缶だけをひたすら食べてる。前いた世界の炭水化物制限ローカーボなひとみたいだ。


「それは“サバ”ね。ヘイゼルの国の文字で、“マッケレル”って書いてる」


「“まっけれる”……ウチ覚えたニャ! 今度から、欲しいものを訊かれたら“まっけれる”って言うニャ!」


 そんなにか。やっぱりネコ系だからか? でも他の猫科獣人のみなさんは、そんなにサバ缶限定で特殊な喜び方はしていなかったみたいだけど。

 人間組も含めて、全般に喜んで食べていたものの、特定のものに執着を持っていた様子はない。

 甘いものには、女性陣が揃って目を輝かせてはいたが。


「ミーチャは好きなもの、なかったのニャ?」


「う〜ん……なんだろな。美味しかったのは、あの袋が紫のチョコくらいか」


 イギリスから調達した食料だけあって、お菓子はどれも美味かった。キャドバリーとかマクビティとか。

 ぞんざいなティーバッグのお茶も、けっこうイケた。缶詰やレーションも不味いとは思わなかったが、正直この食生活がずっと続くのは少し辛い。早めに籠城生活から脱して、ナチュラルなスローライフを目指したいところだ。


「ヘイゼルさんから小麦の粉をいただいたので、午後にはパンを焼きましょうか」


 年配のシスター・ルーエが、若いシスター・オークルに話しているのを聞いてホッとする。

 非常食や携行食じゃない食事を取れるなら、籠城生活にも少しは希望が持てそうだ。フリーズドライや缶詰の野菜類はあったし、シチューでも作れば……


「なあエルミ」


「ニャ?」


 サバ缶を食べ終わったネコ耳娘は、幸せそうな顔で俺を見る。


「この辺で、美味しい肉って何の肉?」


「鳥かニャ? でも食べて美味しい鳥は、また山に戻らないといないのニャ」


 無理だな。少なくともいまは。


「町の北側で羊を飼ってるお爺ちゃんがいたけど……山に近いから、たぶん魔物に食べられてるニャ」


 羊が? お爺ちゃんが? と思ったが訊くのはやめておいた。


「両方ともニャ。山側のダンジョンが溢れてゴブリンとオークが……」


 こっちは訊かなかったのに、エルミさんは自主的に教えてくれた。そこまで話して、ふと動きを止める。


「オークなのニャ」


「え? オークが、なに?」


「すーっごく、美味しいらしいのニャ」

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